群馬県と新潟県の境界付近に連なる、谷川岳馬蹄形縦走(たにがわだけばていけいじゅうそう)と呼ばれているルートを歩いて来ました。
清水峠を経由して湯檜曽川を挟んで向かい合う谷川岳と白毛門をつなげて縦走する行程です。名前の通り馬蹄形に稜線が連なっており、一周してスタート地点に戻ってくるコースになっています。世界でも有数の豪雪地帯である上越国境にあることから、稜線上には森林限界を超えた笹原が広がり、浸食の作用による起伏の激しい尾根道が続きます。
清水峠の避難小屋に1泊して、厳しと評判の縦走路を歩いて来ました。
2024年10月25~26日に旅す。
上越国境
それは登山を趣味として嗜む者を引き付けてやまない、甘美なる魅惑に満ちた山域です。当地は日本のみならず世界的に見ても有数の豪雪地帯であり、その過酷な気象条件によって非常に起伏の激しい尾根が連なります。
この上越国境地帯を巡る主要な縦走コースが2つ存在します。一つが平標山から谷川岳に至る区間を繋げる谷川主脈縦走と呼ばれるコースです。こちらについては過去に一度歩いています。
そしてもう一つが今回の舞台である谷川岳馬蹄形縦走コースです。谷川主脈縦走から引き続く形で谷川岳から北上して清水峠まで行き、そこからは南下して朝日岳を経由し白毛門まで至ります。名前の通りに馬蹄形を描くルートです。
非常に起伏の激しい尾根が連続する険路であり、技術面ではなく要求される体力度的に難易度が高いルートと見なされています。
世の中にはこのルートを日帰りで踏破する豪脚の登山者も存在するようですが、週末ゆるふわハイカーである私は無理はせずに、清水峠にある白崩避難小屋で一泊して歩いて来ました。白毛門側から登って谷川岳を目指す反時計回りの行程です。
時計回りにしなかった理由は極めて単純に、登りではなく下山時にロープウェイを使って楽がしたかったからです。はい。
前評判通りの険しき道程にだいぶヘロヘロになりつつも、当初計画の通りに1泊2日で谷川岳馬蹄形縦走を歩き通してきた記録です。苦難を乗り越えた先にどんな景色が待っているのか、見に行きましょう。
コース
土合橋バス停よりスタートして、白毛門をへて朝日岳へ登頂します。そこから清水峠まで下って白崩避難小屋で1泊します。
翌日は武能岳、茂倉岳および一ノ倉岳を経て谷川岳を目指します。下山は天神平へ下り、ロープウェイを使ってラクラク下山します。
特にこれと言ったひねりも無い、谷川岳馬蹄形縦走としては極めて一般的と言える行程です。
1.谷川岳馬蹄形縦走 アプローチ編 平日でも大混雑する秋の谷川岳
10月25日 6時31分 JR東京駅
谷川岳は東京発だとそこそこ遠い群馬県と新潟県の境界上にある山ですが、公共交通機関による日帰りのアプロ―チも十分に可能な山です。そう、新幹線ならね。なお当然ながら、運賃はそれなりにかかります。
上毛高原駅に着いたら、脇目も触れずに真っすぐにバス停へと向かいましょう。と言うのも、紅葉シーズン中の谷川岳ロープウェイ行きのバスは、それはもう尋常では無く混むからです。悠長にトイレになど寄っていると、最悪満員で乗り逃します。
本日は平日の金曜日なのですが、それでも案の定、出発するまでにバスは超満員状態となりました。恐るべし秋の谷川岳。
8時48分 土合橋バス停に到着しました。終点の一つ手前のバス停です。ここで下車したのは私一人だけで、超満員のバス車内から降りるだけで一苦労しました。もっと扉の近くに立っていれば良かった。
登山口付近の木々はまだ緑一色ですが、頭上に見えている稜線上は良い感じに紅葉しています。これは期待できそうです。
登山口は駐車スペースからさらに少し奥へ進んだ場所にあります。登山届の投函ポストもあるので、まだ提出していない人はここで出して行きましょう。
ここからスタートするのは自身にとって2度目の事です。前回訪問は6月下旬の暑い日で、日帰りで朝日岳まで往復しようと画策するも、あまりの暑さに途中で水が底をついてしまい、白毛門までで撤退する結果となりました。
秋の訪問となる今回は、流石に前回ほど暑さに苦しむことにはならないだろうと思いますが、一体どうなるでしょうか。
登山口の脇に馬蹄形縦走路の案内図が掲げられています。標準コースタイムを積算すると、およそ17時間程の行程となります。
歩いた経験のある人々が口々に辛いかったと言う感想を口にするこのルート。果たし無事に歩き通すことはできるのでしょうか。張り切って行ってみましょう。
2.胸を突く急登が続く、白毛門までの登り
この入口に架かる橋は、前回訪問時にも既にだいぶ傷んでいる感がありましたが、さらに老朽化が進んでいました。踏板が腐って穴が空いている個所があるので、そこを踏まないように注意しつつ渡ります。
少しだけ平坦な道を歩きますが、本当に僅かな距離だけです。ウォーミングアップする間もなくすぐに急登が始まるので、覚悟しておいてください。
と言う事で早速始まりました。この後はもう白毛門の山頂に至るまで、ノンストップの急登が延々と続きます。最初から気合を入れてください。白毛門に慈悲は一切ありません。
白毛門までは過去に一度詳細にレポートしている道なので、今回は軽めにサラッと流します。
登り始めて早々に、木の根が露出した細尾根となりました。登る分には気にもなりませんが、反対向きに下るときは蹴っ躓かないように注意を要します。
疲労が溜まっている状態でこの白毛門からの下りを歩くのは危なそうだと思ったのも、今回私が時計回りではなく反時計回りを選択した理由の一つです。
向かいに谷川岳が見えています。今頃あちらは、大勢の登山者が詰めかけて大混雑していることでしょう。それに比べて、我らが白毛門のなんと静かな事だろうか。
全体的にまだ緑の葉が目立ちますが、日当たりの良い場所ではしっかりと紅葉していました。それでも、向かいの谷川岳の山肌を見る限りでは、やはり今年の紅葉はハズレであるようです。夏が暑すぎたんでしょうね。
現在地はまだ標高1,500メートルにも満たない場所ですが、早々と森林限界を超えて頭上が開けました。とても10月末のものとは思えない陽射しの強さで、暑くなってまいりましたぞ。結局は今回も暑さに苦しめられる展開なのか…
岩場も登場します。ちょい岩場ではなく、しっかりと手も使わないと登れません。幸いにも谷川岳のような蛇紋岩ではなく、表面にざらつきがある岩であるため、特に難しくはありません
岩の上に立つと、背後の展望が大きく開けました。眼下に利根川源流の一つである湯檜曽川が刻んだ峡谷が広がっています。
11時25分 松ノ木沢の頭まで登って来ました。白毛門の手前にある尾根上の小ピークです。確か以前訪れた時には木製の標柱が立っていたような記憶がありますが、失われていました。
山頂の下にあるこの特長的な2つの岩は、ジジ岩とババ岩と呼ばれています。積雪期には白髪を生やした人の頭のように見えるのだとか。それがまるで門柱のように2つ並んでいる姿が、白毛門と言う山名の由来になっています。
うーむ。これは一度積雪期にも登って、自分の目で確かめてみる必要がありそうです。また一つ宿題を増やしてしまった。
ここからはさらに急登の度合いが増します。谷川岳の西黒尾根は日本3大急登の1つなどと言われていますが、白毛門の方が全然キツイと思います。
急登であるが故に、短時間でグイグイと標高が上がっていきます。頭上に見上げる高さにあったジジ岩とババ岩が、いつに間にか視線と同じ高さになっていました。
白毛門は馬蹄形縦走路の前座的な存在でしかないのですが、早くもバテてきましたぞ。思っていたよりも気温がずっと高い事もまた、疲労に拍車をかけます。
良い感じに息も絶え絶えになりつつ、なんとか山頂の直下まで登って来ました。ここまで登って来て初めて、白毛門の次なるピークである朝日岳が姿を見せました。
山頂までもうあと一息と言う最後の最後になって、道がかなり細くなっている個所があります。落ちたらタダでは済まない高さなので慎重に参りましょう。
最後の難関を無事に乗り越えると、山頂が現れました。見るからに眺めが良さそうな頂で、期待が高まります。
12時35分 白毛門に登頂しました。小屋泊装備で多少荷物が重いとは言え、酷暑に散々苦しめられた前回訪問時を僅かに上回る時間を要しました。
これが寄る年波と言うやつなのか。もう私は、無理が出来る年齢ではないんです…
谷を挟んだ真向いに谷川岳が立っています。明日あの場所から反対向きに白毛門の姿を眺める時には、きっと今よりもさらに疲労困憊してグッタリしているんだろうな…
明日のゴール予定地点である天神平も良く見えています。すぐ近くにあるようにも見えますが、これから北にぐるっと大回りすることになるため、まだまだ先は長いです。
東側には、群馬県の最奥部に連なる、利根川源流域の山々を一望できます。正面に見えいるのは至仏山(2,228m)で、その左後方には燧ヶ岳(2,356m)の姿も見えています。
北側には朝日岳へと稜線が続いています。単純な標高差で言うともう200メートル少々しか残っていないのですが、しかしそう簡単には行かないのは一目瞭然です。結構激しくアップダウンしておりますなあ。
3.近そうに見えて意外に遠い朝日岳への道程
13時5分 長めに休憩して、多少は疲労が取れたような取れていない様な微妙な調子ですが、とにかく前進を再開します。白毛門を出発してしばらくは、一時の安息の様な平坦な尾根が続きます。
所々にこうして紅葉はしているのですが、やはり危惧していた通り全体の色付き加減はイマイチです。馬蹄形縦走を歩くにあたっては、なによりも紅葉を一番の楽しみにしていたのだけれどな。
安息の時間は長くは続きません。お待ちかねの急登が再開しました。ここからが本日の第2ラウンドの開幕です。気合を入れなおしていきましょう。
朝日岳に取り付く前に、まずはこの前座の笠ヶ岳を乗り越える必要があります。一面の笹に覆われていますが、しっかりと刈払いはされていて特に藪っぽくはありません。
背後から見た白毛門です。こちら側から見る分には至って普通の山で、反対方向から歩いてきた人は、よもこの裏に西黒尾根以上の急登が潜んでいるとは思わないことでしょう。
14時 笠ヶ岳まで登って来ました。すぐそこのように見えて、意外と時間がかかりました。
このペースだと、清水峠に到着する前に陽が沈んでヘッドライトが確定してしまいそうです。この先で少しでもペースを上げらると良いのですが。
ここまで歩いて来て初めて、清水峠とその先の新潟県が視界に入ります。新潟県側は完全に雲の下に隠れており、見事な雲海が広がっていました。
朝日岳の手前に名も無き小ピークがいくつも連なっています。この笠ヶ岳から朝日岳に至る区間は、標高差がそれほどない割にコ―スタイムがやたらと重たいのが気になっていましたが、なるほどこの光景を見えて納得しました。
上越国境地帯の稜線上で良く目にする、かまぼこ型の避難小屋がありました。内部は非常にせまく、まさに緊急避難するための最低限のスペースしかありません。
谷川岳馬蹄形縦走をする際に、宿泊地をどこにするのかと言うのはなかなか悩ましいテーマです。候補になりえそうなのは清水峠の白崩避難小屋か、蓬峠の蓬ヒュッテ。もしくは茂倉避難小屋辺りでしょうか。
かまぼこ型の避難小屋は居住性に難ありなので、本当の緊急事態以外に泊まることはオススメしません。
避難小屋を過ぎると、再びモリモリと標高を上げます。今見えているこのピークには、国土地理院地図上には名称の記載がありませんが、烏帽子岳と言う名であるらしい。
思っていた以上に小刻みなアップダウンを繰り返します。ぬかるんでいる個所もあって、見た目以上に歩きづらい道です。道自体が細くて谷側に斜めになっている個所も多くあります。
前回訪問した時は結果として白毛門にだけ登った訳なのですが、当初は日帰りで朝日岳までを往復する計画でした。しかし実際に歩いてみた感想としては、日帰りは相当厳しいと言うか、自分の足ではそもそも不可能だと感じました。
小刻みなアップダウンと道の悪さにより、一向にペースが上がらない苦しい展開です。身軽でバランス感覚の良い人にとっては、なんと言う事はない道なのかもしれませんが。
ようやく朝日岳の本体を正面に捉えました。白毛門から見えていた朝日岳だと思っていたピークは、実はその手前にある烏帽子岳であったようです。
朝日岳なのに朝日ではなく夕日に照らされ始める時間になってしまいました。秋の日はつるべ落としとはよく言ったもので、10月の下旬ともなると本当に陽が短くなりました。
雲海に覆われている新潟県側と同様に、背後の群馬県側も雲に覆われつつありました。とは言っても、ここは天気がコロコロと変わることで知られた上越国境の山です。むしろこの時間までよく持ちこたえてくれました。
思いの他苦戦を強いられましたが、何とか山頂まで登って来ました。
15時30分 朝日岳に登頂しました。同名の山がそれこそ日本全国にありそうなものですが、谷川連峰の朝日岳はどこから登るにしても遠く、かなりの防御力を持つ山でした。
山頂からは、これまでは全く見えていなかった新潟県の山々が一望できます。同定を始めるとキリがないので割愛しますが、奥只見エリアの山々までもが良く言えています。
遠くにピョコっと頭を出しているこの2つの山は、越後駒ヶ岳(2,003m)と中ノ岳(2,085m)かな。中ノ岳はだいぶ以前から登りたい山リストに入ってるので、いつか登り行かなければなりません。
反対方向のここまで歩て来た道程です。朝日岳側から見ると、地図に名前の記載すらないような扱いの烏帽子岳の存在感が何気に凄い。そもそも、こんなヤツが間に居るだなんて話は聞いていません。
雲に飲まれかけていますが、谷川岳の二つの耳も良く見えています。白毛門に居た時には目の前にあったわけなのですが、こうして見ると、既に結構な距離を歩いて来ました。
4.暗闇が迫る中、清水峠へと下る
日没までの残り時間が、もうだいぶ少なくなってきております。先を急ぎましょう。朝日岳からさらに北上して、馬蹄形の頂点部分にあたる清水峠を目指します。
朝日岳山頂の周辺には湿原が広がっており、木道が整備されていました。現在地はまだ群馬県内なのですが、周囲の雰囲気はもう完全に新潟県の山のようです。
ここから宝川温泉に下るルートも存在しますが、荒れ気味でかなり難路であるとのことです。とてもエスケープにはなりえないので、下山に使用することは推奨しません。
まるで雲が湧き出て来ているかのように、尾根を乗り越えて流れていました。目には見えない大気のせめぎ合いが繰り広げられているのでしょう。
上越国境の稜線が桶のフチの様な状態となっており、新潟側で発生した雲が群馬県側に溢れ出して来ています。この様子だと、宿泊地の清水峠はガスの中かな。
県境のラインまで歩て来ました。このまま北上を続けると尾根は巻機山まで繋がっていますが、おおよそ一般向けとは言えない道なき尾根を行く難路です。ここから清水峠方面へと進路を転じます。
尾根の先に巻機山らしきシルエットの山が確かに見えています。藪が相当酷いと言う話なので、歩きたかったら残雪期の方が良いのかな。いずれにせよ、馬蹄形縦走どころではない高難易度のルートです。
ここから峠に向かって下りが始まる訳なのですが、行く先は尾根がプッツリと途切れているように見えます。これは相当な急降下なのではなかろうか。
思った通り、ジェットコースターの様な下りが始まりました。朝日岳から清水峠までは、最終的に500メートルほど標高を落とします。足元が崩れかけている個所もあるので、ここは慎重に下りましょう。焦りは禁物です。
細尾根地帯を何とか突破して、ようやく人心地がつきました。もうヘッドライト歩行になることは避けられそうにない時間になって来たので、傾斜が緩んだ所でライトをザックの底から雨蓋に移しました。
雲の中に浮かび上がっているかのこの山は、上越のマッターホルンの異名を持つ大源太山(1,598m)です。だいぶ前に一度登ったことがありますが、アスレチック要素もあって楽しい山でしたよ。
完全に周囲が暗くなったところでヘッドライトを点灯します。この先はもう、写真も撮らずに黙々と歩き続けました。傾斜が緩んで以降も、泥濘が多くて歩きづらい道でした。
登山道の頭上に送電鉄塔が現れたら、ゴールの清水峠はもう間もなくです。
17時40分 当初見込みよりもだいぶ遅くなってしまいましたが、本日の宿泊地である白崩避難小屋に到着しました。この小屋はJR東日本が整備したものらしい。
前評判によると、この小屋はかなり狭くて汚いらしい。稜線上のカマボコ避難小屋よりはいくらかマシなんでしょうが、あまり期待はせずにお邪魔しましょう。
中に入ると、なるほど確かにかなりの狭さです。中心に土間があり両脇に宿泊スペースがあります。土間と板の間の段差がかなり大きくて、よじ登るのにも難儀します。
冬の豪雪にも耐えるられるようにしたためか、かなり密閉性の高い造りの建物です。おかげで寒さは全く感じられません。
小屋の中に入るなり、扉の内側のドアノブが外れて飛んでいくというアクシデントがありました。幸いにも転がっていったドアノブはすぐに発見できて事なきを得ましたが、ここは電波も入らない場所なので、見失うと最悪閉じ込められます。
土間から宿泊スペースを見たところです。ロフト構造になっており上下2段に宿泊可能です。収容人数は一応10人と言う事になっていますが、ギチギチに詰めれば12人くらいまでは泊まれるかな。
おおよそ快適とは言い難い環境ですが、唯一無二と言える立地にあることから、紅葉シーズン中の週末はそれなりに混雑するそうです。本日は平日であるからか、他の宿泊客はおらず貸し切り状態でした。
5.緩やかな笹の稜線が続く蓬峠までの道程
明けて10月26日 5時50分
白崩避難小屋前よりおはようございます。昨日の晴天から一転して本日の天気は曇りの予報となっております。ただ、上層雲のみの高曇りの天気であるため、展望に関しては問題なさそうです。
すぐ近くに、白崩避難小屋よりもはるかに大きく立派な建物が建っているのが見えます。JR送電線監視所と呼ばれている建物で、送電線の管理保守を行うための作業小屋であるようです。
避難小屋もこれくらい立派な建物だったらよかったのにと、羨望の眼差しを向けたくなるような小洒落た外観をしています。こちらの建物は扉が施錠されており、たとえ緊急時であっても中に避難することはできません。
峠の周辺には送電鉄塔の巡視路らしき道が幾重にも張り巡らされていて、どれが登山道なのか非常に分かりにくいです。脇に外れないように、尾根を忠実になぞっていそうな道を選んで進みます。
少しの登り返した地点から背後を振り返ると、清水峠の背後に昨日登った朝日岳の姿がありました。昨日は途中からは真っ暗になって周りが見えていませんでしたが、朝日岳からはかなり大きく下っているのが良くわかります。
前方にゴールの谷川岳が姿を見せました。尾根が大きくカーブして馬蹄形を描いている様子が一目瞭然です。
すぐ隣になる大源太山の山頂部分が、薄っすらとした僅かな朝日の光に照らされていました。
谷川岳もほんのりと薄い光に照らされています。これを良いお天気だと言えるかはかなり微妙ですが、虚無に呑み込まれてはいなくてひとまずは安堵しました。
2日目の行程は、まず手始めにこの七ツ小屋山に登ります。お隣の大源太山と尾根で繋がっているピークです。
背の高い木が一切無く、尾根全体が笹に覆われています。これは新潟県の山ではよく見られる光景で、冬期の気象の過酷さが伺えます。
眼下に越後湯沢の街並みが見えています。もうあと1ヵ月もすれば、今見えている範囲の全てが雪で白一色に覆いつくされるはずです。
7時 七ツ小屋山まで歩いて来ました。馬蹄形縦走路のつま先部分に相当する場所にあり、歩行距離的にもほぼ中間地点です。
特徴的なシルエットにより一目でそれとわかる、苗場山(2,145 m)が見えています。苗場山がある三国山地は信越国境を形成しており、あの山の向こう側は長野県です。
蓬峠まで、ほぼ水平移動に近い笹の稜線が続いています。この七ツ小屋山から蓬峠の区間が、谷川馬蹄形縦走の中で一番楽に気持ちよく歩ける区間となります。
今のうちに一時の安息を楽しんでおきましょう。・・・その後にたっぷりと血反吐を吐くことになるので。
一面の笹原の中に、ポツポツと湿原になっている個所があります。以前初夏の時期に歩いた時にはブヨの大群に襲われた辺りですが、10月末ともなると流石に虫はおらず快適なものです。
土合駅などがある谷底が、低く垂れこめた雲に覆われています。ちょうど真正面に、群馬の誇り赤城山(1,828m)が見えています。
サクサクと気持ちよく歩いているうちに、あっという間に蓬峠が見えて来ました。
7時50分 蓬ヒュッテまで歩いて来ました。こちらは避難小屋ではなく、有人の営業小屋です。まだ時間が早いからなのか、人の気配はなく静まり返っていました。
谷川岳馬蹄形縦走における宿泊候補地の一つですが、土合橋スタートで初日にここまで歩いてくるのは、よほど歩くペースが早い人でないとかなり厳しいと思います。
ここから武能岳への登り返しが始まる訳なのですが、その前に水の残量がだいぶ心許なくなってきたので、水汲みをしていきます。水場は小屋から蓬新道を10分少々下った場所にあります。
もっとあっさり辿り着いたような記憶があったのですが、思いのほか大きく下ります。この蓬新道は新潟県側の土樽に至る道で、なにか問題が発生した場合のエスケープルートにもなります。
水場まで下りてくると、冷たい水が滾々と湧き出していました。夏から秋にかけての時期にも涸れることはない、信頼がおける水場となっています。
無事に水も確保できて、これで憂いなくなりました。ここからはいよいよ、谷川馬蹄形縦走における核心部へと足を踏み入れて行きます。
6.厳しい登り返しが待ち受ける谷川馬蹄形縦走の核心部、武能岳と茂倉岳
8時20分 行動を再開します。蓬ヒュッテを過ぎて以降も、もう少しの間だけ安息の様な緩やかな稜線が続きます。
湿原の向こうに朝日岳が見えています。漠然とこの辺り全体を朝日岳だと認識していた訳なのですが、山体のサイズ的に実は主峰と言えるのは烏帽子岳の方なのではないかと言う気もします。
目の前に武能岳が立ちはだかりました。これだけでも既にため息がこぼれそうな光景ですが、武能岳はただの前座に過ぎず、本当に辛いのはその背後に隠れている茂倉岳の方です。
振り返ってみた馬蹄のつま先辺りの光景です。谷川岳周辺の喧騒が嘘のように周囲には人影がなく、絶景を独り占めに出来ます。確かに辛いコースではあるのだけれど、こうしてちゃんとご褒美があります。
後ばかりを振り返っていないで進みましょう。九十九折れも何もない一直線の登り返しです。こう言う道は「おう、やったるでー」と言う気分になれるので、個人的に嫌いではありません。
頂上の様に見えていた場所は偽ピークで、その先に本当の山頂がありました。そんな事よりも、その背後に見えている茂倉岳と一ノ倉岳の存在感が凄い。今からあれに登るのか。
遠目にはドッシリ構えた大柄の山のように見えていた武能岳ですが、山頂付近は横幅に厚みがなく、ハリボテのような姿をしています。
この辺りは朝日岳の姿を眺める特等席です。そして、やはり今年の紅葉はイマイチでした。曇り空だからだと言うのもあるかもしれませんが、全体的にまだ緑色のままな部分が多く、色も何となくくすんで見えます。
足元の谷を望遠で覗くとこんな状態です。なにやら小さい小屋らしきものが見えていますが、地図には特に記載がありません。あれも送電鉄塔の監視小屋か何かでしょうか。
細くなった道が崩れかけている個所もありました。よそ見していないで、真面目に足元を見て歩きましょう。
9時20分 武能岳に登頂しました。谷川連峰に属する山の中でも、歩く人の数が特に少ない山なのではなかろうか。基本的に馬蹄形縦走を歩く人くらいしか、ここまで来ることはないでしょうから。
ここまで歩いて尾根がすべて一望できます。日本の中央分水嶺を成す、圧巻の山岳光景が広がっていました。
清水峠の避難小屋が小さく見えています。比較的歩きやすい区間だったからと言うのもありますが、人間の歩く速度と言うのは意外に早いものです。
ここからがいよいよ正念場です。茂倉岳に向かって大きく登り返します。このルートを日帰りで歩いている人は、恐らくここでボッキリと心をへし折られるのではなかろうか。
登り返しが始まる前に、まずは鞍部に向かって一度しっかりと標高を落とします。
この下りはかなりの急勾配である上に、朝露でぐっしょりと湿っていて、笑ってしまうくらいに良く滑ります。ここにきて大幅なペースダウンとなりました。
だいぶ肝を冷やしましたが、何とか転ばずに鞍部まで下って来ました。そして茂倉岳はすっかりと見上げる高さになりました。
鞍部一帯の尾根は痩せており、群馬県側は鋭く切れ落ちています。普通に滑落ではなく墜落する傾斜度なので慎重に参りましょう。
真下から見上げると、思っていた以上に急勾配です。鞍部からの標高差はおよそ300メートルほどあります。いっちょう気合を入れていきましょう。
この登りがとにかくキツイ。武能岳まではまだ結構体力的に余裕があったのですが、茂倉岳への登り返しで完全にノックアウトされました。
ちなみに、今頂上のように見えている場所は、まだ山頂ではありません。このような偽ピークを3回ほど挟みます。
振り返って見た武能岳は、山頂の直下が切れ落ちて断崖絶壁なっていました。まるで薄い屏風の様なシルエットをした山です。
と言う事で、頂上のように見えていた場所まで登って来ると、すぐに次のピークが現れました。
この辺りから足元の岩が蛇紋岩に変わりました。非常に滑りやすく厄介な岩で、特に濡れている時はグリップにまったく信頼がおけなくなります。
未経験の人が想像しているよりも、3倍くらいは良く滑ります。くれぐれも甘くは見ないでください。
登っても登っても新手が現れる、タマネギのような登り返しです。山頂に着いたら休憩しようと思っていたのに、この場に崩れ落ちたくなるくらいにはしんどい。
右手に茂倉岳避難小屋が見えています。白崩避難小屋とは対極の、広くてとても綺麗だと評判の避難小屋です。
馬蹄形縦走のルートからは少し外れた場所にありますが、私が歩いているのとは反対向きの時計回り縦走する場合は、宿泊地の最有力候補となります。
ただ人気の小屋だけに、紅葉シーズン中の週末はかなり混雑するようです。
永遠に続くかと思われるような登り返しでしたが、今度こそニセモノではない本当の山頂が見えました。ラストスパートをかけていきます。
11時30分 茂倉岳に登頂しました。はー、しんどかった。私の前後に2~3人くらい他の登山者がいたのですが、みな一様に苦悶の表情を浮かべていました。この武能岳から茂倉岳の区間が、間違いなく谷川馬蹄形縦走の核心部であると思います。
ゴールの谷川岳がだいぶ近くに見えるようになりました。まだあと2回ほど登り返しが残っていますが、もうそこまで大きな標高差はありません。
遠く彼方に富士山の頭らしきものが見えています。これだけどんよりとした曇り模様の空でも、意外と遠くまで見えるものですな。
万太郎山(1,956m)を経て仙ノ倉山(2,026m)へと続く、谷川主脈の山々が正面を横切っています。3,000メートル級の山岳光景と比べても引けを取らない迫力があります。
新潟県側の景色はここで見納めとなります。今のうちに目に焼き付けておきましょう。
7.一ノ倉山を経て谷川岳を目指す最後の区間を行く
最後の仕上げに取り掛かりましょう。ここまでやってくると、周囲を歩く登山者の姿はかなり多くなりました。
北側に目を向けると、グルっと回り込んできた尾根のほぼ全容が見えました。我ながら、本当に良く歩きましたね。
いや待て、感慨にふけるのはまだ早い。家に帰るまでが谷川岳馬蹄形縦走なのですから。
谷川岳に取り付く前に、まずは一ノ倉岳を越える必要があります。ここではそれほど大きな登り返しはなく、山体的には茂倉岳と一つの山の様なものです。
12時10分 そんな訳であっさりと一ノ倉岳まで登って来ました。谷川岳からここまで日帰りで往復する人も多いらしく、山頂はかなり賑わっていました。
ここにもかまぼこ型の避難小屋があります。屈まないと入れないようなサイズで、定員はキツキツに詰めても2~3人が良いところだと思います。
白毛門の背後に至仏山と燧ヶ岳が見えています。1週してきたことにより、スタート地点の白毛門から眺めたのと同じ様な景色が見えるようになりました。
一ノ倉岳から谷川岳に至る区間は、一度しっかりと下らされます。最後にもうひと踏ん張り、頑張って歩きましょう。
一ノ倉岳からの下りもかなりの急勾配です。それでも岩肌が乾燥しているだけ、武能岳からの下りよりはまだいくらかマシです。
鞍部の一帯は水びだしてかなりぬかるんでいました。ここまで無事に歩いてきて今更コケたくはないので、慎重に行きます。
クサリ場が何ヵ所かあります。グリップにまったく信頼が置けないことにかけては定評がある邪紋岩の岩場なので、見た目よりも難易度はやや高めです。
群馬県側が鋭く切れ落ちた細尾根上の道を進みます。足を踏み外すと1,000メートルくらい墜落することになるので、注意を要します。
谷川岳が魔の山と呼ばれるようになった元凶である、一ノ倉沢の岩壁がすぐ足元にあります。日本におけるロッククライミングの聖地として、あまりにも有名な岩壁です。
白毛門がこの岸壁のちょうど真向かいにあります。確かにあちら側からは一ノ倉沢が良く見えていたっけか。
オキノ耳の直下にある、富士浅間神社の奥ノ院まで歩いて来ました。到着するなり、あまりの人の多さに面くらいました。いったい谷川岳は、どれだけ人気があるのだろうか。
13時20分 谷川岳オキノ耳に登頂しました。いやはや遠かった。しかし天神平からサクっと登って来ただけでは、この達成感は到底味わえなかったことでしょう。
スタート地点を見下ろして感無量の気分です。こうして向かいから眺めると、白毛門への登りのエグさ加減が良くわかります。
反対側には谷川主脈の山並みが連なります。これで過去に歩いた主脈縦走と軌跡がつながりました。
お隣のトマノ耳の上にも、凄い数の登山者がいるのが見えます。谷川岳が良い山であることに疑いの余地はありませんが、しかしこうも混雑するとなると流石に少々辟易します。
8.天神尾根を下りロープウェイで下山する
目標は無事に達成されました。さあ、帰りましょう。大混雑しているトマノ耳には立ち寄らずにスルーします。
肩ノ小屋の周囲も凄い人だかりです。炭酸飲料で祝杯をあげたいような気分ではありましたが、それはひとまずお預けしてこのまま下山します。
流石に今から西黒尾根を下ろうと言う気力はありません。天神平に下りてロープウェイでラクラク下山します。
下山開始して程なく、天神尾根を乗り越えるようにして雲滝が発生し始めました。長かった縦走の最後の最後に、思いがけない絶景を目にすることが出来ました。
さてこの天神尾根ルート。さも初心者向きのルートである様な顔をしていますが、実のところ易しくはありません。グリップに難ありな蛇紋岩の岩場が延々と続きます。
歩きにくいしいつも混んでいるしで、正直私は天神尾根ルートがあまり好きではありません。しかしそうは言っても、ロープウェイでラクラク下山がしたかったら、避けて通る事はできません。文句を言うのなら西黒尾根から下りなさい。
15時25分 熊穴沢避難小屋まで下って来ました。ここまで下って来ればもう急な下りはありません。
ここから天神平までは、ほぼ水平移動の道が続きます。それでも濡れていて思いっきり斜めになっている木道があったりするので、最後まで油断はできません。
ここに来てまさかの青空が顔を覗かせていました。もう少し早くに晴れてくれると嬉しかったのですがね。
後半はだいぶ端折りましたが、なんとか無事にロープウェイのある天神平まで下って来ました。
16時 天神平に到着しました。先週の週末には下りのロープウェイ待ち時間が2時間近くになったという話を耳にしていて戦々恐々としていたのですが、時間が遅めだったかったからなのか、幸いにも長蛇の行列はできていませんでした。
ロープウェイでラクラク下山します。谷川岳ロープウェイが星野リゾートに買収されて以降では、何気に今回が初めて利用となりました。
色々改悪されてやいないかと心配していたのですが、料金が高くなった事以外は何一つ変わっておらずよかったです。
17時の最終バスで撤収します。万一このバスを乗り逃してしまった場合は、頑張って土合駅まで歩きましょう。駅まで行っても電車の本数は非常に少ないですが、それでも一応終電は21時まであります。
帰りは新幹線は使わずに、水上駅から鈍行列車に揺られて帰宅の途に付きました。
2日間に渡って歩くも歩いたりの谷川岳馬蹄形縦走は、こうして無事に計画通り完遂されました。前評判通りのアップダウンの激しさでした。特に武能岳から茂倉岳の区間は・・・
体力度的には谷川岳主脈縦走とだいたい似たり寄ったりで、それほど大きな違いはありません。いずれにせよ誰もが気軽に歩けるルートでは決してなく、人を選ぶコースであることは間違いありません。
訪問のベストシーズンについても、谷川岳主脈縦走と同様です。初夏の花の季節か、あるいは秋になってから歩くのが無難です。稜線上には日影が一切ないため、夏は灼熱地獄と化します。
過酷な行程ではありますが、しかしこのルートを歩くことによってしか得ることのできないオンリーワンの体験が確かにありました。長距離歩行に自信ありの方は、腕試しならぬ足試しをしに訪れてみては如何でしょうか。
<コースタイム>
1日目
土合橋バス停(8:50)-松ノ木沢の頭(11:25)-白毛門(12:35~13:05)-笠ヶ岳(14:00)-朝日岳(15:30~15:50)-白崩避難小屋(17:40)
2日目
白崩避難小屋(5:50)-七ツ小屋山(7:00)-蓬峠(7:50)~水場往復~蓬峠(8:20)-武能岳(9:20)-茂倉岳(11:30~11:50)-一ノ倉岳(12:10)-谷川岳オキノ耳(13:20~13:45)-熊穴沢避難小屋(15:25)-天神平(16:00)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント
オオツキさん、
素晴らしい努力でした!特に、初日に山々を覆う雲の写真が気に入りました。初日は長いので、暗い中でのハイキングを避けるために、前夜は登山口の近くでキャンプしようと思います。
デイビッドさま
コメントをありがとうございます。
早朝にスタート出来れば行動時間に十分な余裕を持てるので、現地に前泊するのは良いアイデアだと思います。困難を伴うコースですが、苦労に見合うだけの体験が待っていることは保証いたします。
オオツキさん
グーグルのおすすめから見ました
馬蹄形縦走完走、お疲れさまです。素晴らしいです!
しかも公共交通機関利用での登山は、時間の余裕がないだけに価値があります。
避難小屋の中など、大変参考になります。記録のアップありがとうございました。
私はまだチャレンジする自信はありませんが、あと数年、65歳前までには完走してみたいです。
くりこまさま
コメントをありがとうございます。
とにかく体力勝負となるルートです。どちら向きに歩くにせよ、東京発だと初日に十分な行動時間を確保するのが難しいので、現地に前乗りするのも一つの手であると思います。ご健闘をお祈りします。
素晴らしかったです。とてもわかりやすく、参考になりました。去年から行きたくて、時期や宿泊地等悩んでいました。トレーニングを頑張って一年でも若いうちに実現したいと思います。
まあしいさま
コメントを頂きましてありがとうございます。
1泊2日で歩く場合の宿泊地については、快適さを重視するなら茂倉岳避難小屋。初日と2日目の歩行距離のバランスを重視するなら白崩避難小屋がオススメです。どちらにせよ週末土日は混みあうことが多いようなので、もし可能であれば平日に休みを取って行かれるのが良いかと思います。