群馬県と新潟県の県境に跨る谷川岳(たにがわだけ)に登りました。
太平洋側と日本海側と分かつ中央分水嶺に属する山で、急峻な地形と目まぐるしく変化する天候により、遭難者の数が郡を抜いて多い山です。
とは言っても、この山が魔の山だったのは昔の話しで、現代では標高1,319m地点の天神平までロープウェイで行くことが出来るため、比較的簡単に登ることが出来ます。
そう、簡単に登れるはずだったんです・・・
2015年8月8日に旅す。
今回は魔の山なる物々しい二つ名を持つ山、谷川岳へと登って来ました。
上越国境と呼ばれる豪雪地帯にある谷川岳は、非常に厳しい気象条件下にある山です。標高2,000メートルに満たない山であるにも拘らず、稜線には3,000メートル級の山に匹敵するような高山植物帯が広がっています。
新幹線を使えば首都圏からのアクセスも良好で、数多くの登山者が訪れる非常に人気の高い山です。
谷川岳があるのはここです。
妖怪出口ユキで有名な関越トンネルの真上にあります。
「トンネルを抜けたら雪国だった」を地で行く関越トンネルですが、それはこのトンネルが日本の中央分水嶺を貫いているからです。
トンネルを抜けた先は日本海気候に属しており、日本有数どころか世界でも指折りの豪雪地帯として知られています。
魔の山などと言いつつも、現代においては標高1,319m地点の天神平までロープウェイで行くことが可能です。これを使えば山頂までの標高差は600メートル程度しかなく、比較的に簡単に山頂に立つことができます。
と言うことで、割と楽観的な気分で谷川岳へと向かったのですが・・・魔の山はそんな私の慢心を決して見逃しはしなかったのです。。
1.谷川岳登山 アプローチ編 ロープウェイの運休による波乱の幕開け
7時 JR大宮駅
谷川岳への日帰り登山を可能としてくれる魔法の乗り物、新幹線で現地へと向かいます。MAX谷川号に乗り込み、上毛高原駅を目指します。
この2階建て新幹線MAX号は「乗り降りしにくい」「図体がでかくてスピードがでない」「車内販売のカートが往来しにくい」など多くのケチがついて早々と東北新幹線から追い出されました。
今では新幹線の墓場の異名をもつここ上越新幹線で、最後の余生を送っております。特に誰からも惜しまれること無く、2020年までに全車両が廃車になる計画だそうです。
上毛高原駅に到着しました。ここで谷川岳ロープウェイ行きのバスに乗ります。
ここで運転手さんより衝撃の発言がありました。
曰く「先週の集中豪雨の影響で谷川岳ロープウェイは運休中です。」と
・・・
・・・・・マジっすかっ!
まったく、現地までのアクセス手段を周到に下調べしておきながら、肝心なロープウェイの運行情報を全くチェックしていないとは、我ながら計画性が無さすぎますな。
しかしながら、既に新幹線の切符代という大規模な投資を済ませてしまっている私に、撤退の2文字はありえません。
そんな訳で、慌ててザックから山と高原地図を引っ張り出し、計画を練り直しました。ロープウェイを使用したお手軽登山計画から一転、日本3大急登の一つに数えられている西黒尾根を登るガチ登山への予定変更です。
バスは上越線の水上駅を経由しつつ、およそ1時間かけて谷川岳ロープウェイ駅へと向かいます。
9時 谷川岳ロープウェイ駅に到着しました。取る物も取り敢えず、帰りのバス時間をチェックします。
最終便は16時56分。
ロープウェイを使用する当初の計画では何の問題もありませんでしたが、西黒尾根を往復するとなるとコースタイム的に余り余裕はありません。
谷川岳案内図がありました。茶色い部分が危険地帯だそうです。
ほとんど全部じゃないですか。流石は魔の山、入り口から脅しをかけてきますねえ。
この山の遭難死者数は累計で800名を超えており、ギネスブック公認ダントツぶっちぎりの世界ワースト1です。谷川岳単独で、ヒマラヤ8千メートル峰で亡くなった人の総数よりも多いのだとか。
とは言っても、それは一ノ倉沢を中心とした岩壁が、かつてロッククライミングのメッカだったからです。一般登山道である西黒尾根は、そこまで危険なルートではありません。
2.雪渓の残る沢沿いを登る厳剛新道
登山口までしばらくは舗装道路を歩きます。まだ山道に入ってすらいないと言うのに、早くも汗が噴出してきました。すさまじい蒸し暑さです。
一刻も速く、少しは涼しいであろう稜線へと辿り着きたい。
西黒尾根の入り口まで歩いて来ました。ちなみにここから登った場合は・・・
なので本日は、ここよりもう少し先に進んだ場所にある厳剛新道から登ってみようかと思います。
この道も最終的には西黒尾根に取り付くことになるのですが、少し大回りしている分だけ多少は傾斜がゆるいんじゃないかなーと淡い期待をいだいた次第です。
マチガ沢という不思議な名称の沢です。越後から清水峠を越えてきた昔の旅人がここで、「ああ、町が見える」と言ったことが名前の由来だそうです。
今では樹林に覆われており、街の明かりが見えそうにありません。当時はどんな光景だったのでしょうか。
厳剛新道入り口に到着しました。厳つくてカッコイイ名前ですね。名前からして既に「やったるでー」感が漂っていて素敵です。
水上営林署の竹花巌氏と川中剛氏によって開かれた新道であることから、ご両人の名前を一文字づつとって付けられた名称です。
目指す谷川山頂はガスの中です。
ここは天候がコロコロ変わることで知られた上越国境の山。そのうち晴れてくれるだろうと期待して登山開始です。
厳剛新道は沢沿いの道です。8月初旬だというのにまだ雪渓が残っていました。
始まって早々いきなりの急登で、体内の水分が容赦なく奪われていきます。水足りるかな・・・
激しい水音と共に雪溶け水が流れ落ちています。
8月に入ってもなお、まだこれだけの雪が残っているという事実が、この山の冬の積雪量の多さを物語っています。
ちなみに、秋に厳剛新道へ訪れるとこんな素晴らしき紅葉に出会うことが出来ます。
谷川岳のベストシーズンはやはり秋ですかね。夏は物凄く暑いしですし。
振り返ると谷を挟んだ向かいに白毛門(しらがもん)(1,720m)と朝日岳(1,945m)が見えました。
あちらから清水峠を経由して谷川岳へぐるりと回りこむコースは、谷川岳馬蹄形縦走と呼ばれています。かなりハードな行程であるようですが、いつか挑戦してみたいところです。
ガスが晴れて、山頂のオキの耳が見えました。なんと言うか、ほとんど絶壁ですね。
昔のクライマーたちは、現在の水準からすれば驚くほど貧弱な装備で、この絶壁に果敢に挑戦していたわけです。そりゃあ、大勢が命を落としもするでしょう。
少しは斜度が緩いかと期待して訪れた厳剛新道でしたが、結論から言うと西黒尾根から登るのと大差はありません。特に難易度は高くありませんが、途中にクサリ場が複数個所存在します。
クサリ場が苦手な人は、素直にロープウェイを使用して天神尾根を歩きましょう。
11時 西黒尾根ガレ沢の頭に到着しました。西黒尾根ルート本線との合流地点です。ここまで急登続きで既にぐったりです。
谷を挟んで向かいに天神平のロープウェイ駅が見ます。本当はあそこから登るはずだったのに。
この時点で標高はまだ1,500メートルほどです。にもかかわらず森林限界を突破しました。この山の気象の厳しさの程が窺えます。
背後には、通称ラクダの背と呼ばれている西黒尾根上の小ピークがあります。たしかにラクダのコブっぽい外観です。
3.谷川岳登山 登頂編 日本三大急登の西黒尾根を登り、魔の山の頂へ
ここからは岩の稜線歩きです。とても2,000メートル未満の山とは思えない光景が広がります。
稜線に出れば少しは涼しいかと期待していたのですが、そよとも風が吹かず凄まじい蒸し暑さです。これは完全に当てが外れましたな。
身も蓋もないことを言うようですが、谷川岳は真夏に登るべき山ではありません。標高はさほどないため、基本的には灼熱地獄となります。
谷底から、次々と新手のガスが立ち上って来ます。湿度が100%近くある証拠です。
谷川岳は蛇紋岩でできた山です。青っぽい光沢のある岩で、水に濡れると非常に滑ります。
幸いなことに、今日はカンカン照りで岩肌はドライな状態でした。
尾根道は両脇ともに大きく切れ落ちており、バランスを崩すと危険です。
厳しい岩稜帯には数多くの高山植物が花を咲かせていました。これはミヤマシャジン。
これはクルマユリです。わりと多くの山で目にする、定番の高山植物です。
金属を多く含む蛇紋岩には、一部の植物の育成を阻害する作用があります。そのため、蛇紋岩でできた山には多くの固有種や、独自の生態系が形成されやすいのだそうです。
谷川岳の他に、尾瀬の至仏山や岩手の早池峰山なども蛇紋岩でできた山です。
見上げると首が痛くなるような角度の登山道が立ちはだかります。伊達に日本3大急登を名乗っておりませんな。なかなか容赦のない道です。
先ほどから頭上は、雲っては晴れるを目まぐるしく繰り返しています。この大気の安定しなさ加減もまた、谷川岳が魔の山と恐れられる理由の一つです。
頂上に近づくにつれて、どんどん絶壁感が増して行きます。太古の時代の氷河が作り出した荒々しき地形です。
汗だくになりながら必死に登るうちに、ようやく西黒尾根の終わりが見えてきました。
山頂が見えました。谷川岳は二つのピークを持つ双耳峰です。手間がトマの耳で、奥がオキの耳と呼ばれています。
ちなみにトマは手前、オキは奥ががそれぞれ訛ったのが、名称の由来だそうです。
山頂にいる人影も視認でます。ここまで来れば、もうあとひと踏ん張りです。
谷向かいにあった天神尾根と合流します。ロープウェイを使った場合はこちらから登ってくることになります。
道標が頭上高くにありました。冬になるとあの高さまで雪に埋もれてしまうのでしょう。
谷川岳肩の小屋の脇を通過します。ここは普段、休憩する登山者でごった返す場所ですが、ロープウェイ運休の影響でこの日は閑散としていました。
12時25分 谷川岳トマの耳に登頂しました。登山開始から3時間25分をかけての登頂です。いやはやとにかく暑かった。
もう一方のピークであるオキの耳が良く見えました。トマの耳からは片道10分少々の距離です。
もう既にあまり時間に余裕はありませんが、せっかくここまで来たのでオキの耳のピークも踏んで行きましょう。
12時40分 谷川岳オキの耳に登頂しました。ちなみに、谷川岳の最高地点はこちらになります。
先ほどまで居たトマの耳がガスに巻かれて幻想的な風景を作り出していました。
こちらは仙ノ倉山へと続く谷川連邦の主稜線です。谷川連邦縦走はいつか挑戦してみたい宿願の一つです。
トマの耳がガスの中から出現しました。見ている前で目まぐるしく雲の様子が変化していきます。
4.谷川岳登山 下山編 脱水症状が忍び寄る中、命かからがらの下山
ロープウェイを使えないことを考えると時間にあまり余裕がありません。名残惜しかったけれど、僅かな山頂滞在時間で帰途につきます。
登山者を見慣れているのか、登山道上に陣取って逃げもしない鳥。ちょっとそこを通らせて欲しいのだけれどな。
このあたりから、足が攣りそうな感覚に襲われて大幅にペースダウンしました。
これは後になってから知ったことですが、山の中で足が攣りそうになるのは、脱水症状寸前の危険な状態です。
水は大量に摂取しておりましたが、真夏の炎天下で大量に汗をかいたことにより、塩分が失われ電解質不足状態に陥っていたようです。
鎖にぶら下がってる最中に足が攣りかけた日には、死と言う言葉が一瞬脳裏に過ぎりました。
あらためて、ここが魔の山であることを思い知らされたのでした。
ガレ場から水滴が滴り出ていたので、ここで水を補充しました。もっとも、不足していたのは水分ではなく塩分だったので、水だけ飲んでも無意味だったのですが。
このあとも、攣りそうになる足を騙し騙ししながら、何とかロープウェイ駅まで帰り着きました。時間にあまり余裕が無くなっていたので、写真が一切残っておりません。
バスの最終便には何とか間に合い、上毛高原駅へ戻って着ました。下山後にロープウェイ駅の自販機で買って飲んだポカリスエット(もどき)が効いたのか、足が攣りそうになる症状は治まりました。
行きと同様に上越新幹線に乗って帰途に着きます。
なお、全く持ってケシカラヌことに、上毛高原駅では駅弁が販売されていませんでした。
まあ車内販売で買えばいいかと思いきや、2階建てMAX号ではカートの往来が面倒だと言う理由で車内販売がありません。わざわざ専用の昇降機まで備えているくせに!
そんな訳で腹を空かせたまま帰宅しました。
今回の山行きは、ロープウェイの運休という想定外の自体により、予定にはない険路を登り、脱水症状寸前になるほど大量に汗をかき、しまいには温泉に寄る暇も無いほど慌しく撤収と言うなんとも情け無い終わり方をしました。
谷川岳にお出かけの際は、行きかえりの交通機関だけでなくロープウェイの運行状況も事前にしっかりとチェックしましょう。
また、夏場の登山においては、水だけでなく塩分の補充手段も十分に用意することが重要です。私はこの日の教訓から、以降はザックの中に塩レモンキャンディを常備するようになりました。
標高2,000メートルにも満たない山ながら、谷川岳の稜線上に広がる絶景は北アルプスの3,000メートル峰に引けを取りません。
首都圏在住の人にとっては、正に近くて良い山の代表と言えるでしょう。
<コースタイム>
谷川岳ロープウェイ駅(9:00)-厳剛新道入口(9:25)-西黒尾根ガレ沢の頭(11:00)-トマの耳(12:25)-オキの耳(12:40~13:00)-谷川岳肩の小屋(13:15)-西黒尾根ガレ沢の頭(14:20)-谷川岳ロープウェイ駅(16:30)
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
コメント
オオツキ様、はじめまして
谷川岳に行こうと思い、その情報収集中にこちらのブログに出会い、山行の参考にさせて頂きました。
そして、9/22に決行。ロープウェイ天神平駅からトマノ耳、オキノ耳まで行き、また天神平まで戻るという初心者コース。
実はハイキングに毛の生えたもののつもりでしたが、結構な道でした。。。その上すごい霧で、足下以外何も見えず。でも、こちらのブログの写真を思い浮かべつつ、どこかですてきな景色が見えるかも知れないと頑張りました。(何も見えずに終わりましたが)
写真が美しいこちらのブログはとても参考になりますし、山に行きたい心をそそります。いつか天気の良い日にまた谷川岳に登りたいです。
オオツキ様、これからも、頑張って下さい(^^)応援しています。
それにしても、ホント交通費はかかりますね orz
ぶうたん様
コメントいただきありがとうございます。
谷川岳は天気の機嫌が非常に気難しい山で、なかなかスカッと快晴にはなってくれません。ですが、晴れたときの展望は一級品です。是非とも、めげずに再挑戦してみて下さい。
山へ行きたい意欲の一助になれたのであれば幸いです。
めちゃおもろいな のぼりたくなりました
KOA様
コメントを頂きましてありがとうございます。
夏の西黒尾根へお越しであらば、水分塩分補給の準備は抜かりなきよう。なめてかかると、魔の山伝説の1ページに書き加えられてしまいますぞ。
横山秀夫さんのクライマーズ・ハイを読み 谷川岳を知り、こちらにたどり着きました。
登山経験のとぼしいぼくですが このブログに刺激をうけました。
行って 花や鳥にもあいたくなりました。
あべつよし様
コメントを頂きましてありがとうございます。
初めての谷川岳訪問をお考えであれば、ロープウェイを使った天神尾根コースをオススメします。天神尾根であっても、決してラクなお散歩コースなどではなく、大迫力の岸壁をはじめとする、谷川岳らしさを十分に味わうことが出来ます。
道中十分に気を付けて楽しんできて下さい。