
福島県桧枝岐村にある燧ヶ岳(ひうちがたけ)に登りました。
尾瀬ヶ原湿原のすぐ脇に立つ火山です。至仏山と共に尾瀬を象徴する山であり、同時に東北地方の最高峰でもあります。冬には豪雪地帯となることから森林限界高度は低く、山頂の一帯は展望の開けたハイマツ帯となっています。
テントを担ぎ1泊2日の行程で、夏の遥かな尾瀬を満喫してきました。
2025年7月18~19日に旅す。
夏が来れば思い出す~♪
前々から行きたいと言い続けていた夏の尾瀬に、ようやく訪問してきました。過去に何度か計画を立てながらも、自身の休暇と晴天がうまい具合にかみ合ってくれず、ずっと訪問できずにいた我が悲願の山域です。

尾瀬の本格的な夏山シーズンが始まるのは7月に入ってからなのですが、お花の最盛期が時期的にちょうど梅雨の終わりと重なってしまうため、なかなかスカッと快晴にはなってくれず、何気にお天気の気難しい山域であると言えます。

初日に尾瀬ヶ原湿原を散策しつつ見晴キャンプ場でテント泊し、翌日に燧ヶ岳に登る1泊2日の行程で歩きます。燧ヶ岳は頑張れば日帰りで登れないこともない山ではありますが、無理せず1泊して登った方が断然幸せになれるかと思います。

2日間ともに天気は上々で、訪問のタイミングとしてもほぼ完ぺきな会心の山行となりました。夏の遥かな尾瀬を満喫してきた記録です。ちょっと長くなりますが、お付き合い頂ければ幸いです。

コース

初日は鳩待峠からスタートして山の鼻から尾瀬ヶ原湿原を散策します。竜宮では無く、ニッコウキスゲが咲いている東電小屋を経由して見晴キャンプ場でテント泊します。
2日目は見晴らし新道を登り燧ヶ岳へ。下山はもと来た道を戻らずに、桧枝岐村の御池ロッジ方面へと下ります。公共交通機関利用の強みを生かした、尾瀬を横断する工程です。
1.燧ヶ岳登山 アプローチ編 遥かに遠い遥かな尾瀬への旅路
7月18日 6時30分 JR東京駅
公共交機関を利用した尾瀬への訪問というと、豊富に存在する直通の高速バスを利用する人が多数派であろうかと思います。そんな中、今回はあえて新幹線と路線バスの組み合わせで尾瀬を目指します。

尾瀬に行く交通手段としては最も速くもなければ安くもない方法ですが、ギリギリまで天気を見極めたかったがために、事前予約が必要ないアプローチ手段を採用した次第です。
何しろ相手は過去に何度も天気が振るわなかったことが理由で、計画を立ててはキャンセルすることを繰り返してきた山域です。今回は満を持したかったのです。
7時50分 上毛高原駅に到着しました。ホームに降り立つなり、むわっとした生暖かい空気が出迎えてくれました。今日も暑くなりそうです。

尾瀬ヶ原まで行けば気温自体は多少は涼しいのでしょうが、何しろ日差しを遮るものが何もない場所ゆえに、暑さには相当苦しめられることになりそうです。
バス停に既に大行列が出来上がっていて面くらましたが、これは谷川岳ロープウェイ行きのバスを待っている人たちの行列でした。谷川岳は相も変わらずの大人気です。

夏の谷川岳は暑さ的に相当過酷というか、およそ夏に登るのにはあまり適していない山だと思うのですが、そんなことは意に介さない人は意外と多いのですね。
尾瀬方面へ向かう大清水行きのバスの方も、谷川岳ロープウェイ行きほどではありませんがそこそこの盛況ぶりです。何とかギリギリ座席にはありつけました。

目的地の尾瀬戸倉までは2時間近い長丁場となるため、立って行くのはなかなかつらいものがあると思います。駅に着いたら、速やかに並んでおきましょう。
10時2分 錆が浮いているおんぼろバスに長々と揺られて、尾瀬戸倉に到着しました。ここから鳩待峠行きのシャトルバスに乗り換えます。鳩待峠ではなく尾瀬沼へ行きたい場合には、ここではなく終点の大清水まで乗ってください。

以前は路線バスを降りてすぐ目の前にシャトルバスの乗り場があったのですが、現在はこの橋を渡った対岸にある尾瀬第1駐車場の脇に移ったとのことで、ちょっと歩きます。

駐車所の脇に券売所の小屋が建っていました。路線バスに乗ってくる人よりも、駐車場に車を停めていわゆるパークアンドライドをする人の方が多数派だから、わざわざ場所を変えたのでしょうかね。

鳩待峠まで運賃は1,300円なり。以前乗った時は確か1,000円ちょうどでした。ありとあらゆるものが値上げしておりますなあ。

シャトルバスと称していますが、実態としては乗り合いタクシーのような運行がされており、時刻表の時間前であっても人数がそろい次第出発してくれます。
10時45分 鳩待峠バス発着所に到着しました。自宅最寄り駅から実に5時間以上をかけて、ようやく尾瀬の入り口に立つことができました。何度来てもやはり尾瀬は遠い。

何やらヘリが荷下ろしをしている真っ最中で、けたたましい爆音と暴風をまき散らしていました。何か工事をしているのかな。

シャトルバスの発着場は、鳩待峠からは少し下がった位置にあります。と言うことで峠に向かって舗装道路を少しだけ登ります。

鳩待峠に到着しました。峠に立つこちらの鳩待峠休憩所は、老朽化に伴い建て替え工事が進められします。先ほどのヘリは、その建築資材を運搬していたものでした。

休憩所の向かいには、星野リゾートによる「はとまちベース」なる新たな施設が建設中でした。谷川岳ロープウェイの買収といい、ここ最近は積極的に登山方面に進出しつつありますな。

まだ歩き始めてすらいないというのに、鳩待峠の名物だという花豆ソフトを頂きます。感想はなんというか、普通のバニラ味の方がおいしいかな。

誤解があるといけないので補足しておきますと、不味いと言っている訳ではありません。結局のところバニラ味が一番おいしいという、ただそれだけの話です。
本日は当初の計画では、自身が1度も歩いたことがないアヤメ平を経由して竜宮に下るつもりでいました。しかし、橋が破損していてアヤメ平から竜宮方面へは降りられないとの案内が張り出されていました。

鳩待峠から往復は出来るとのことですが、尾瀬ヶ原に降りられないとなると、本日の宿泊予定地である見晴キャンプ場へは通り抜けができません。何たるタイミングの悪さか。
2.水芭蕉の花は咲いていなかった、山の鼻までの下り
通り抜けができないものは仕方がありません。普通に山の鼻を経由して尾瀬ヶ原に降りることにします。身支度とトイレを済ませて、11時5分に行動を開始します。

尾瀬ヶ原湿原は鳩待峠よりもずっと標高が低い位置にあります。そのため鳩待峠スタートの場合、最初は下りから始まります。

尾瀬と言われて真っ先に脳裏に浮かぶのは、濡れている時に異常なまでに滑る木道です。その木道に、スリップ防止のための網目状のゴムが貼り付けられていました。なんだ、それが出来るのだったら、初めからそうしてくださいよ。

予算に限りがあるのか、全体ではなくいかにも滑りそうな場所にだけ貼り付けられています。それで大助かりです。濡れている尾瀬の木道は本当に毎度毎度、冷や汗ものですから。

尾瀬国立公園の敷地面積のおよそ4割ほどを、東京電力(TEPCO)が所有しています。木道の整備についても東電が行っており、木道にこうしてロゴがプリントされています。

もともと水力発電の電源開発を目的に取得したものでしたが、尾瀬ダムの計画が中止になり水利権を放棄した現在でも、土地は所有し続けており管理と保護を行っています。
木道の大部分は2車線化されているのですが、それでもこうして時より渋滞が発生します。夏の尾瀬は大人気ですなあ。

この下ってゆく最中に水芭蕉の群生地があるのですが、今はもうシーズンではないため1輪も咲いてはいません。水芭蕉が咲くのは雪解け直後の、5月の中旬から下旬頃にかけてです。

「水芭蕉の花が 咲いていない♪」と即興の替え歌を歌っていたら、気づかない間にすぐ後ろに人がいて笑われてしまいました。恥ずかしい・・・
水芭蕉が咲くのは夏と言うよりは春なので、夏の思い出というタイトルの歌に出てくるのはちょっと無理があると思います。
上から読んでも下から読んでも同じ川上川を渡ると、尾瀬ヶ原湿原もすぐ目の前です。なんだかんだで、鳩待峠からは200メートル近く標高を落とします。

12時 山の鼻まで歩いて来ました。尾瀬ヶ原湿原の西端に位置している場所で、何件かの山小屋とキャンプ指定地があります。燧ヶ岳ではなく至仏山に登りたい場合は、ここが拠点になります。

いずれの宿も宿泊だけではなくお食事処も兼ねています。財布を重たくしてくれば、食料品は担がずにほとんど手ぶらの状態で湿原を散策することも可能です。尾瀬は山であると同時に、観光地でもありますからね。

3.ニッコウキスゲが咲く夏の尾瀬ヶ原湿原
ここからいよいよ、尾瀬ヶ原湿原の中へと入って行きます。さあ、見せてもらおうではありませんか。夏が来ると思い出すという、遥かな尾瀬と遠い空を。

さっそくワタスゲがポツポツと咲いていますが、湿原内では時期的にもうほぼ終わりかけです。ワタスゲに関しては、明日登る予定の燧ヶ岳に期待しておきましょう。

その燧ヶ岳がさっそく正面に見えてきました。尾瀬ヶ原湿原を見下ろすようにして立っており、まさに尾瀬のシンボルとでもいうべき存在の山です。

ちなみに私が今いる現在地は群馬県ですが、燧ヶ岳があるのは福島県内です。日本百名山と東北地方最高峰という、2つのタイトルを保持している山でもあります。
池塘に浮かんでいるこちらの花は、漠然と蓮の仲間なのかな思っていたのですが、後から調べたところヒツジグサという名前でした。未(ひつじ)の刻(午後2時)ごろに咲くことからついた名前です。

背後を振り返ると、至仏山(2,228m)の姿がありました。こちらは群馬県内にある山です。湿原を挟んで燧ヶ岳と至仏山の2つの山が相対しているこの姿こそが、尾瀬を尾瀬たらしめている景観と言えます。

尾瀬名物の歩荷(ボッカ)さんが歩いています。なんでも100キロくらいの荷物を背負うのだとか。そんなに背負ったら、そもそも立ち上がれる気がしません。

逆さ燧ヶ岳がよく見えるとされている池までやってきました。風がない状態だと、水面に燧ヶ岳がきれいに映ってくれるらしいのですが、さてどうでしょうか。見てみましょう。

今日は結構風があって、水面が揺らいでしまっています。風が収まる瞬間がないかと10分ほど粘りましたが、鏡に映ったかのようなきれいな姿を見ることはかないませんでした。うーん、残念!

12時50分 木道が二手に分かれている場所まで歩いて来ました。牛首と呼ばれている地点です。

本日の宿泊予定地である見晴キャンプ場にまっすぐ向かうのであれば、このまま竜宮方面へ直進するのが最短距離です。なのですが、東電小屋方面にニッコウキスゲが咲いているとの事前情報を得ていたので、ここから進路を左に転じます。

尾瀬ヶ原湿原の真ん中を突っ切る竜宮ルートに対して、東電小屋ルートは湿原の北側に沿って進みます。

下の大堀橋と言う橋で、湿原内を流れる小さな川を渡します。この橋も東電が整備していらしく、しっかりとTEPCOのロゴがありました。

橋を渡ってほどなく、一面が黄色に埋め尽くされている場所が現れました。

この辺り一帯は鹿よけの柵に覆われており、その中でだけ一面にニッコウキスゲが咲き誇っていました。素晴らしい。

これが本来の尾瀬ヶ原の光景なのかもしれませんが、現在ではごく限られた範囲内でしか見ることができません。ここの他に、尾瀬沼近くの大江湿原にも防鹿柵が設置されていて、ニッコウキスゲの群生を見ることができます。

柵の外に出るなり、パタリと1輪も見かけなくなりました。本当に根こそぎ食い尽くされてしまうと言うことか。恐るべし鹿の食欲。

竜宮方面からの木道と合流しました。ここから湿原の中央通り(?)に戻ることもできますが、このまま北沿いに進みます。

吊橋の下を流れているのは、その名もヨッピ川です。不思議な響きのする名称ですが、川の合流、分岐地点を表すアイヌ語に由来しています。

ヨッピ川を渡った北側に広がっているこちらの湿原は、ヨシッ堀田代と呼ばれています。これまた変わった響きの名称ですが、由来は至極単純で、イネ科の植物であるヨシがたくさん生えている場所だからです。

確かに木道の周囲がヨシらしき植物に覆われていて、尾瀬ヶ原の中央付近とでは少し雰囲気が異なります。
前方に建物が見えてきました。東電小屋と呼ばれている山小屋です。その名の通り東電の子会社が運営しており、もともとは水利調査のために尾瀬を訪れた職員が寝泊まりするための宿舎を前身としています。

14時5分 東電小屋まで歩いて来ました。尾瀬の中心からは少し外れた場所にあるため、見晴や山の鼻と比べるとあまり混雑しておらず、ひっそりとしています。実は穴場なのかもしれません。

周りの湿原よりも少し高台になっており、小屋の脇からは至仏山がよく見えます。尾瀬ヶ原湿原の散策と言うテーマを掲げているとスルーされてしまいがちな場所ですが、良いところではありませんか。

4.見晴キャンプ場で過ごす一夜
寄り道はこれくらいにして、見晴に向かいましょう。東電小屋から先はしばしの間、湿原ではない山の中を通ります。ここまでずっと燦々と降り注ぐ直射日光によりだいぶ暑さにやられつつあったので、日影があるだけでほっとします。

そんな癒しの涼みタイムは長くは続かず、再び開けた木道になりました。

東電尾瀬橋という、何のひねりもない事務的な名前の橋を渡ります。この橋も言うまでもなく、東電が架けたものです。

橋の下を流れているのは、沼尻川と合流していつの間にか只見川と名前を変えた元ヨッピ川です。尾瀬ヶ原から流出する水は、最終的にすべてこの川に集まります。川が県境になっており、ここからは福島県内に入ります。

東電分岐と呼ばれている、これまた事務的な名前の場所まで歩いて来ました。この分岐を左に進むと有名な三条ノ滝に至りますが、さすがにこの時間から寄り道するには少々遠いので、このまま見晴方面へ進路を転じます。

何時間もひたすら炎天下の木道を歩き続けていると、さすがに少々ダレてきましたぞ。早く背中の重荷を放り出してゆっくりしたい。

ここでも終わりかけのワタスゲがチラホラとあります。湿原全体をワタスゲが覆いつくすような光景は、明日歩く予定でいる熊沢田代にしっかりとあるので、ご心配にはおよびません。

尾瀬ヶ原の反対側まで歩いてきたことにより、至仏山がすっかりと遠くなりました。・・・大きく見えているのは、単に望遠で撮影しているからです。引いたアングルの写真も1枚撮っておくべきだったか。

14時45分 見晴まで歩いて来ました。尾瀬ヶ原の東端に位置ている場所で、山の鼻と同様に何件かの山小屋とキャンプ指定地があります。

テント場があるのは見晴らしの中の南端の辺りです。脇道から奥へと入って行ってください。

こちらの見晴休憩所の脇がテント場になっています。トイレと水道が完備している他に、なんとWi-Fiまであります。至れり尽くせりではありませんか。

テントサイトは森の中にあります。見晴という名称とは裏腹に見晴らしは一切ありませんが、多少天気が荒れても大丈夫だと言う安心感はあります。かなりの広さがあるので、よほどのことがない限り満杯にはならないと思います。

テント泊の受付は、見晴休憩所の隣にある燧小屋で行います。幕営料は1泊1張で1,000円です。

憩いの我が家を手早く設営します。風の影響がまったくない森の中なので、張り綱すら結んだままで適当なものです。

いつものお湯すらも沸かさない食事を手早く済ませます。毎回同じでは味気ないと言えば味気ないのですが、持ち運びが圧倒的に楽なのでついついこれで済ませてしまいがちです。

ちなみに見晴には、山の鼻と同様に食事を提供してくれる小屋がたくさんあります。財布を重くしてくれば、味気ないシリアルをボソボソと食べる必要は全くありません。

食事がすんだら、あとはもう特にやらなければならないことは何もありません。プラプラとその辺を散歩して回ります。

明日登る燧ヶ岳がすぐ背後にあります。願わくば、明日も良い天気でありますように。

尾瀬ヶ原湿原の中でも、福島県側の木道は老朽化が著しく、穴だらけでガタガタな状態です。福島県側の土地は東電ではなく国有地となっており、木道を管理している環境省の予算不足のためこのような状態になってしまっているのだとか。

もういっそうのこと、全部東電が一括で管理してくれませんかね。私が払った電気代の一部が尾瀬の国有地の木道整備に使われても、別に文句は言いませんけれど。
見晴休憩所に戻ってくると、尾瀬沼ビジターセンターの職員による、尾瀬ヶ原の自然についてのスライドショーが始まるところでした。6月から10月の間の毎週金曜日に実施しているとのことです。

スライドショーが終わる頃には、辺りはすっかりと暗くなっていました。翌日の登山に備えて、この後は早々とシュラフに潜り込みました。お休みなさい。
5.泥濘と淡々とした登りが続く見晴新道
明けて7月19日 5時
一夜を過ごした憩いの我が家を撤収して、2日目の行動を開始します。初日はほぼお散歩のようなものだったので、登山の部としては今日が本番です。

出発する前に、少しだけ朝の尾瀬ヶ原を散策していきましょう。尾瀬ヶ原のような湿潤な盆地地形では、放射冷却の影響によって朝霧が発生することが多く、ある種の名物のようになっています。

地表近くを覆っている霧の上に、至仏山がぼんやりと見えています。夏の尾瀬では朝霧は晴天になるしるしなのだそうで、この様子なら今日も良いお天気になりそうです。

燧ヶ岳の山頂もこの通りしっかりと見えています。山の神様の機嫌が変わってしまう前に、出発しましょう。

5時20分 見晴の観光地エリアを後にして、登山の領域へと入って行きます。今日は悪路であるとして結構悪名が高い、見晴新道から登ります。

最初のうちは緩やかな傾斜度の木道が続きます。この辺りはまだウォーミングアップのようなものです。今のうちに体を温めておきましょう。

歩き始めて15分ほどで、見晴新道の分岐までやってきました。このまま真っすぐに進めば尾瀬沼に至りますが、左の見るからにぬかるんでいそうな道へと進んで行きます。

名前からわかる通り、この道は新道です。登山道において、新道と名がつく道は大抵はロクなものではありません。この見晴新道に関して言えば、とにかく泥濘が相当ひどいという評判を聞き及んでおります。
最初から気を引き締めてまいりましょう。
道標によれば、山頂の柴安嵓までの距離は、僅か3km程でしかありません。それにしてはやけに重めな標準コースタイムが設定されているのは、それだけ道が悪いということなのでしょう。

割とあっけなく2合目が現れました。実はたいしたことは無いのではないかという楽観論が頭にもたげてきましたが、期待して後から裏切られるのも癪なので振り払います。

確かにぬかるんでいると言えばぬかるんではいますが、東北地方の山にはもっと酷い泥濘はいくらでもあるし、語り草になるほどの酷さではないようにも思えます。

この道について聞かれる数々の悪評については、単に歩きやすい木道エリアとのギャップが激しいから印象に残ってしまっていると言うだけのことではないかと想像します。
お待ちかねの急登が始まりました。この急登は最後まで緩むことなく、山頂までずっと胸を突くような登りが続きます。いっちょう気合を入れてまいりましょう。

抑揚もなく淡々とした登りで高度を上げていきます。昔の山ヤさんはこうした単調な登りのことをアルバイトと表現していましたが、最近ではほとんど耳目にしなくなったような気がします。

標高差を「稼ぐ」からバイトということなんでしょうかね。
見晴新道の本当の辛さは、泥濘よりもこの単調さであるかもしれません。森林限界高度を超えるまでは、淡々としたアルバイトがひたすら続きます。オラッ、気合を入れろ。しっかり稼げー!

7時 5合目まで登ってきました。半分登るのに1時間40分かかったということは、単純計算で山頂までは3時間20分かかることになります。山と高原地図の標準コースタイムぴったりのペースです。

昔は少なくとも登りでは普通に歩いても標準コースタイムを巻けていたのですが、最近は結構必死になって登らないとトントンを維持することさえも難しくなりつつあります。
テントを背負っているからと言うのはあるかもしれませんが、いずれにせよもう私は若くはないんだよなあ。
登山道上に露出した岩が目立つようなってきて、徐々に火山らしい光景に変わってきました。

樹木の間から尾瀬ヶ原湿原が見えました。淡々と登り続けたことにより、だいぶ標高の高い位置にまで登ってきました。

ここでようやく、山頂らしき場所を視界内に捉えました。最後まで急登が一切緩まないことが一目瞭然な訳ですが、それでも終わりが見えれば意気は上がろうというものです。

8合目までやってきました。ここから先は森林限界を超えて、周囲の展望が開けます。しかしそれは同時に、この先は直射日光にさらされて暑さに苦しむことになることを意味しています。

6.燧ヶ岳登山 登頂編 東北地方最高峰の頂から望む大展望
森を抜けて頭上が開けた場所に出るなり、ギラギラのお日様に照らされて大粒のあふれ出てきました。覚悟していたこととはいえど、やはり暑いものは暑いです。

これは燧ヶ岳に限った話ではなく、東北地方にある山はどこも基本的にさほど標高が高い訳でもないのに森林限界を超えていることが多いため、夏は灼熱地獄と化す傾向があります。
それが分かっていても、夏山でしか見られない光景がそこにある以上は、甘んじて受け入れるほかありません。
燧ヶ岳は複数のピークからなる、複雑な形状をした成層火山です。遠目からは双耳峰のように見えますが、実際には5つのピークが存在し、最高峰の名前を柴安嵓(しばやすぐら)と言います。

森林限界を超えたことにより、周囲の展望が開けました。眼下には尾瀬ヶ原湿原の全容を見下ろすことができます。燧ヶ岳が尾瀬のシンボルとされる所以です。

湿原を挟んだちょど真向かいに至仏山があります。当然のことながら、あちらからは燧ヶ岳の姿がよく見えます。

レイアウト的にちょっと出来すぎていると言うか、私は神仏の類は一切信じていない人間なのですが、この尾瀬の地形の造形に関しては、何者かの大いなる意思が働いているのではないかと勘繰りたくなります。
遠く彼方にひょこりと富士山が頭をのぞかせています。そもそも尾瀬から富士山が見えるという事実を初めて知りました。東北地方の山からでも見えるとは、さすがは日本一の山です。

出発地点の見晴がちょうど真下に見えています。ほぼ真っすぐ一直線に登って来たことがよくわかる光景です。

いつまでも勿体ぶっていないで、山頂に向かってラストスパートをかけていきましょう。

8時40分 燧ヶ岳(柴安嵓)に登頂しました。なんだかんだで、見晴からはしっかりと3時間以上はかかりました。あまり評判が良くはない見晴新道ですが、登りに使う分にはとくに問題はないかと思います。

山頂からは360度ほぼ全方位に展望が開けています。さっそく見て行きましょう。西側には尾瀬ヶ原湿原が広がり、その背後には至仏山や上州武尊山(2,158m)などの姿があります。

少し視線を右に動かして北西方向の展望です。苗場山(2,145m)の背後に後立山連峰や頚城山塊の山々が見えています。

続いて北側を見て行きましょう。長大な尾根を引く平ヶ岳(2,141m)の背後に、中ノ岳(2,085m)、越後駒ヶ岳(2,003m)および荒沢岳(1,969m)が並んで立っています。

さらに視線を右へ動かすと、只見湖周辺に連なる守門岳(1,537m)や浅草岳(1,586m)などが視界に入ります。秘境を称する山域はそれこそ全国各地に存在していますが、その中でもこの奥只見エリアの秘境ぶりは、頭ひとつ抜けています。

すぐお隣の会津駒ヶ岳(2,133m)です。こちらもかなり交通アクセスに難ありの山ですが、夏には楽園のごとき高層湿原とお花畑が広がる山です。

東側の展望です。燧ヶ岳のもう一つの主要なピークである俎嵓(まないたぐら)がすぐ目の前にあります。

最後に南側の展望です。尾瀬沼の背後に日光の山々が見えています。燧ヶ岳には過去に一度日帰りで登ったこともあるのですが、その時はこの尾瀬沼側から登りました。


このぴょっこりと頭一つ飛び出しているのは、日光白根山(2,578m)です。あちらは関東地方最高峰と言うタイトルを保持しており、日本国内では日光白根山よりも北に日光白根山よりも標高が高い山は存在しません。

7.燧ヶ岳のもう一つの頂き俎嵓
9時10分 大展望を十分に楽しんだところで、先へ進みましょう。俎嵓との間にある鞍部に向かって1度下ります。

さほど大きな標高差ではないのですが、岩が露出していてかなり急な下りです。ゆっくり慎重に参りましょう。

鞍部まで下ったら、その後に待っているのは当然ながら登り返しです。

幸いにも俎嵓への登り返しはそこまで急勾配ではありません。しかしそうは言っても、ギラギラの直射日光にさらされ続けているので、とても暑い。

北側の展望に関しては、柴安嵓の山頂からよりも、この俎嵓への登り返しの最中からの方がよく見えます。

名前の通りに平らな平ヶ岳が目を引きます。とても良い山であったことは間違いないのですが、しかしもう1度登りたいかと問われると、あまり登りたいとは思えない存在です。この山には、1度登ればもうそうそれで十分です。

9時40分 俎嵓に登頂しました。尾瀬沼方面から登ってくる人が合流するため、あまり広くはない山頂は柴安嵓よりもずっと混雑していました。

俎嵓から見た柴安嵓です。ほぼ同じ高さのように見えますが、柴安嵓の方が10メートルほど標高が高く、山頂扱いなのはあちら側です。

尾瀬ヶ原の眺めに関しては柴安嵓からの方がよいですが、尾瀬沼は俎嵓からの方が良く見えます。この尾瀬沼もまた、尾瀬ヶ原湿原と並ぶ尾瀬の一つの顔であることは間違いありません。

ここからは下山の部へと移ってゆくわけなのですが、帰路はもと来た群馬県方面ではなく、福島県側の御池に向かって下ります。「往復ヨリ横断ヲ持ツテ尊キモノトス」と言ういつもの不可解な価値観を発露した結果であることは言うまでもありません。

眼下の尾根上に、田代(たしろ)と呼ばれる小湿原が広がっているのが見えています。下山の途中で、あの湿原の中を通って行きます。ワタスゲがそれはもうたくさん咲いているとのことなので、とても楽しみです

8.燧ヶ岳登山 下山編 楽園のようなワタスゲロードが続く御池への道
下り始めて早々に、ハイマツとシャクナゲの藪の中に突入しました。この道は本当に大丈夫なのかと前途に一抹の不安を覚えましたが、幸いにも藪になっているのは山頂の周辺だけでした。

ほぼ終わりかけですが、シャクナゲがまだ咲いていました。気候的に過酷な環境だからなのか、東北地方の山に咲くハクサンシャクナゲは、奥秩父の山などでよく目にするアズマシャクナゲに比べると、花そのものがずっと小ぶりです。

藪を抜けると、再び周囲が開けました。眺めがよくなったことは良いのですが、同時に再び容赦のない直射日光にさらされることを意味しています。朝の時点と比べると気温自体もだいぶ上がってきており、なかなか厳しい暑さです。

進行方向の右手には、方角的に那須岳などがあるはずですが、あまりにも山深すぎてどのあたりが見えているのかよくわかりません。桧枝岐村が秘境と呼ばれている理由がよくわかる光景です。

御池ルートは勾配自体は比較的緩やかですが、道が大きく洗堀されていてなかなか歩きづらいです。日本百名山のメジャールートらしかぬ状態にあります。オーバーユースに対して、整備が追い付いていないのでしょう。

小さな谷になっている個所に、まだ雪渓が残っていました。今回軽アイゼンは用意してきていなかったので、これには少し狼狽えました。

幸いにもベタ足で何とかなる程度の勾配でしたが、7月に御池コースを歩こうと考えている人は、チェーンスパイクを用意しておいた方が安心だと思います。

雪渓をおっかなびっくりしながら下りきると、いよいよ待望のワタスゲエリアが始まりました。なんだここは、楽園か。

ポワポワの毛玉が風にたなびいています。しかし、何度も見て不思議な植物です。

既に毛玉化しているチングルマも多数あり、毛玉の競演が繰り広げられています。

昨日尾瀬ヶ原でほぼ終わりかけのワタスゲを見たときは、時期的に遅すぎたのかと絶望しかけていたのですが、御池ルートのワタスゲは今まさに見頃のど真ん中でした。

11時 熊沢田代まで下ってきました。いくつかの池塘が点在している小湿地になっており、木道とベンチが整備されています。

日差しがキツくなかったら、何時間でもボーとしていたくなるような癒しの空間です。日差しがキツくなかったらね。大事なことなので2度言いました。

夏に東北地方の山に登りたければ、割と大真面目に日傘を装備に加えるべきであるのかもしれない。
平ヶ岳と中ノ岳、越後駒ヶ岳および荒沢岳のコンビが、ここからでもよく見えています。良いところだなあ。

熊沢田代からは少し登り返します。大した登りではありませんが、正午が近づきいよいよ暑さが厳しくなってきた状況にあっては、わずかな登り返しであっても意外としんどい。暑いんだってば。

振り返って見た俎嵓です。いかにも東北地方の山らしい緩やかな姿をしており、尾瀬ヶ原側から見上げた時の姿とはだいぶ印象が異なります。

登り返しの最中にもワタスゲロードが続きます。凄いという評判は前々から聞いてはいたのですが、期待していた以上の光景が広がっていました。

だいぶ汗だくになりぐったりしつつも、何とか登り返しが終わりました。後はもう下るだけのはずです。

1段下がったところに、もう一つの田代が広がっているのが見えます。広沢田代と呼ばれている湿原で、この後あの中を通って行きます。

下ってゆく最中にも、ずっとワタスゲロードが続いていました。なんだここは、楽園か。(2度目)

12時15分 広沢田代まで下ってきました。先ほどから浮かれて写真を撮りまくっているからと言うのもありますが、標準コースタイムを大幅に超過するスローペースです。だいぶ暑さにやられております。

広沢田代を過ぎたら、もうあとは消化試合です。黙々と下山と言う作業に取り組みます。

ここでも木道の老朽化が著しく、すでに朽ちて土に還りつつありました。こうした木道の老朽化問題は、東北地方の山では頻繁に目にします。現状を見るに、登山者から入山料を取る方向へ舵を切らざるおえないのでしょうか。

この木道は燧裏林道と呼ばれており、燧ヶ岳を巻いて御池から直接尾瀬ヶ原へ抜けることもできます。昨日通った東電分岐のことろに出るようです。

9.燧ヶ岳登山 帰還編 秘境、桧枝岐村からの長い旅路
13時20分 御池ロッジに到着しました。福島県側の尾瀬の玄関口になっている場所です。何気に自身初めて訪れました。

御池には一応は公共交通機関で訪れることが可能なのですが、何しろ当地は秘境と呼ばれている桧枝岐村だけに、鳩待峠どころではなく遠くて不便な場所です。
マイカーが無いと、なかなかここまで来ようと言う気にはなれないのではなかろうか。
会津鉄道の会津田島駅から路線バスが出ています。帰路のバスは1日に3本のみで、次のバスは15時30分発です。だいぶ待ち時間があります。

そういうことであれば、山の駅御池の食堂でのんびりと時間つぶしをしましょう。桧枝岐産の舞茸をふんだんに使用しているという舞茸カレーをいただきます。うむ、うまし。

これで日帰り温泉が併設されていれば完璧なのですが、残念ながら入浴は出来ません。
道の駅尾瀬檜枝岐まで移動できれば日帰り入浴可能な温泉があるのですが、公共交通機関頼みの身の上だと下山後に気軽に移動出来ないのがつらいところです。
15時30分発のバスで撤収します。高速バスタイプの車両による運行ですが、扱い上は路線バスなので事前予約は必要ありません。多客時にも、全員が乗り切れるように増発してくれます。

会津田島駅までの所要時間は2時間と、なかなかの長丁場です。桧枝岐村はだてに秘境を名乗ってはいません。

道が空いていたのか、予定よりもずっと早く1時間半ほどで会津田島駅に到着しました。

そしてここから先もまだまだ長い。東武日光線と直通運転している特急リバティがちょうど良い時間にあったので、珍しく特急を奮発しました。さすがに鈍行の距離ではないですからね。

ちなみに会津鉄道は交通系ICカードに対応していません。必ず特急券と乗車券の両方の切符を購入してから改札してください。
と散々アナウンスがされているにもかかわらず、特急券だけを購入して乗車券を買わずに「ICカードで払います」と言っているおじさんが改札を塞いでしまって、大混雑が巻き起こっていました。
出発直前に巻き起こった混乱の中、何とかギリギリ改札をすませて、滑り込むようして帰宅の途につくのでした。私は最後尾ではなかったのに結構発車ギリギリのタイミングだったので、たぶん乗りそこなってしまった人もいるんじゃないかな・・・

自分の中では長年の懸案事項の一つであった夏の尾瀬への訪問は、こうして大満足のうちに終了しました。ただ燧ヶ岳に登るだけなら日帰りでも全く問題はない山ではありますが、尾瀬ヶ原湿原の散策もしたければ、宿泊した方が断然快適であろうかと思います。
花シーズンが最盛期を迎える初夏の時期の尾瀬は、まだ梅雨が明けきっていないことが多く、なかなか晴天を射止めることが難しい山域です。訪問を考えている人は、天気予報と睨めっこをしてチャンスの到来を待ち構えましょう。うまく晴天の日を引き当てることが出来れば、最高の夏の思い出になることは保証いたします。紫外線対策はお忘れなく。
<コースタイム>
1日目
鳩待峠(11:05)-山の鼻(12:00)-牛首(12:50)-東電小屋(14:05)-見晴キャンプ場(14:50)
2日目
見晴キャンプ場(5:20)-5合目(7:00)-燧ヶ岳(柴安嵓)(8:40~9:10)-燧ヶ岳(俎嵓)(9:40)-熊沢田代(11:00~11:20)-広沢田代(12:15)-御池ロッジ(13:20)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。





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