
長野県長野市と飯綱町にまたがる飯縄山(飯綱山(いいづなやま))に登りました。
長野盆地から見た際に特に目を引く、北信五岳と呼ばれる山群に属している古い火山です。かくも人里から近くて目立つ山を古人たちが放っておくはずもなく、古くから信仰の対象となってきた霊山でもあります。山頂は広く展望が開けており、現代においても登山者に人気のある存在です。
かつての信仰の道を歩いて、北信地方を一望する大パノラマが広がる頂に登ってきました。
2025年9月6日に旅す。
北信五岳の一つである飯縄山は、長野盆地の傍らに広がる戸隠高原に立つ山です。標高2,000メートル近い山ながらも、登山口の標高自体が高いことから登りやすく、登山初心者向きと言える一座です。

戸隠高原には長野駅からの路線バスが乗り入れており、年間を通じて公共交通機関によるアクセスが良好です。冬でも比較的登りやすいことから、雪山入門の山としても高い人気があります。
かく言う私自身、実は冬にしか登ったことがないという、かなり偏った飯縄山経験しかありません。前々から無雪期にも一度歩いてみたいと思っていました。
そんな訳で、夏も終ろうとしている9月の上旬に飯縄山へと訪れたのですが、間の悪いことにトレランの大会とぶつかってしまいました。後ろから次々と追いかけてられては抜かされるという、何とも落ち着かない下山行となりました。

予期せぬバッティングはありましたが、南登山道から登り西登山道を下る行程で歩いて来ました。一切の奇はてらわず、ごく普通に飯縄山に登って来た1日の記録です。

コース

飯綱登山口バス停からスタートし、南登山道を登って飯縄山に登頂します。下山はもと来た道には戻らず、西登山道を下って戸隠神社中社におります。
公共交通機関を利用した飯縄山登山としては一般的な行程です。
1.飯縄山登山 アプローチ編 新幹線で行く北信地方への旅路
6時22分 JR東京駅
飯縄山は長野県北部に位置している山ですが、当日朝に東京発でも日帰り登山が十分に可能です。そう、魔法の乗り物新幹線ならばね。なお、当然ながら運賃はそれなりに高くつきます。

8時3分 長野駅に到着しました。特急あさましか存在しなかった時代を知る者としては、東京から長野まで2時間かからずに到着するという事実がまず驚きです。流石は夢の超特急です。運賃は高いけど。

戸隠高原方面へのバスは、善光寺口側の7番乗り場から発着します。駅前のロータリーから道を渡った向かいにあるので、一見さんだと場所が少々わかりにくいかもしれません。

8時30分発の戸隠神社中社行きのバスに乗車します。この1本前の7時発の便も存在するのですが、当日の朝東京発だと、どうやっても繋がりません。夢の超特急にも限界はあるのです。

バスは長野市の市街地を抜けると、戸隠高原に向かってグングン標高を上げて行きます。

9時20分 飯綱登山口バス停に到着しました。このバス停に降り立ったのは私一人だけでした。公共交通機関を利用して飯縄山に登る人と言うのは、あまり多くはないようです。

この戸隠高原方面の行きの路線バスは、年々減便されて運行本数少なくなってきています。この路線が廃止されてしまったら、公共交通機関を利用して飯縄山や高妻山などに登ることができなくなってしまうという由々しき事態に陥ります。
そうならないためにも、乗って残そう公共交通!・・・私は日本バス協会の回し者ではありません。
2.十三仏と共に歩む信仰の道を行く
目指す飯縄山は、バスを降りた時点からすぐ目の前に見える・・・はずなのですが、すっぽりとガスに覆われていました。天気予報によれば晴れることになっていたのですが、これはひょっとしてやってしまったのか。

このガスは一時的なものでそのうち取れてくれるだろうと、今はそう信じて前へ進むしかありません。
新幹線の特急券代と言う決して安くはない投資を済ませてしまっている身としては、ガスっていて何も見えませんでしたと言う結末は容易には受け入れがたいのです。
一ノ鳥居登山口までは、しばしの間の舗装道路歩きです。別荘地らしい瀟洒な建物が立ち並ぶ中を進みます。

トレラン大会の告知が張り出されていました。9月6日と言うと今日ではありませんか。今はまだ静かですが、そのうちランナーの集団と行き当たることになるのでしょうか。何とも間が悪い。

9時40分 鳥居の前までやってきました。今から登ろとしている南登山道は、かつて飯縄信仰の修験者たちが歩いた参道に当たる道です。

ここ数日間は雨の日が続いていたためか、足元はぬかるんでいて空気もジメッとしており、不快指数高めの状態です。さわやか信州の高原にある山なら多少は涼しいのではないかと期待していたのですが、今日も暑さに苦しめられることになりそうです。

前方を横切る林道にぶつかったところで、再び鳥居がありました。どうやらこれが一ノ鳥居であるようです。となると、先ほどあった鳥居は何だったのでしょうか。零の鳥居?

登り始めてからしばらくの間は、傾斜も緩やかで歩きやすい道が続きます。後半になってから一気に標高を上げ始めるタイプの登山道です。私はどちらかと言うとスロースターター型の人間なので、立ち上がりは緩やかな方がうれしいです。

今度は一ノ鳥居跡と書かれた標柱がっている場所がありました。鳥居の位設位置は、時代と共に変遷しているようです。更新するにしても、前と同じ場所に立てないのはどんな理由があるのでしょうか。

1合目の案内が現れたところで、第1番不動明王と銘打たれた石像が置かれていました。飯縄山の南登山道上には、全部で十三の石仏が祭られています。

前回の訪問時には途中で何体か見落としてしまったので、今回は真面目に十三体すべての仏様を拝んで行こうかと思います。
不動明王像というと、なんかいつも燃え上っていて怒っていると言う印象しかありませんが、この炎で人の煩悩を焼き払い正しい方向へ導いてくれる仏様なのだとか。
個人的な意見としては、煩悩もまた私の人格を構成している大切な要素の一つであるので、勝手に燃やさないでください余計なお世話ですとしか思いません。
頭上は相変わらずどんよりとした雲に覆われており、森の中も何となく薄暗い状態です。その割に特に涼しくもないので、良いことなしな状態です。すっかりテンションが下がってきてしまいました。

第2番釈迦如来です。言わずとも知れた仏教の開祖であるお釈迦様が悟りを開いた後の姿です。釈迦如来像の外見上の一番わかりやすい識別ポイントは、パンチパーマ風の髪型(螺髪)です。

第3番文殊菩薩です。釈迦如来の脇に仕える左脇侍にして、知恵を司り人々を正しい道へと導くというインテリ系の仏様です。学業成就や合格祈願のご利益があるとされています。三人寄らばもんじゅはナトリウム漏れ。

私はそもそも菩薩と如来の違いも良くわかっていないような仏教ど素人なのですが、本記事を執筆するにあたって一応は軽く調べました。
ものすごく大雑把に言うと、菩薩はただいま修行中の状態の姿で、如来は悟りを開いて完全体となった後の姿を現しています。
しれっと大ウソをつかれることも多々ありはしますが、グーグルAIさんは物知りでおますなあ。
緩やかな登りであるため、なんの苦も無くあっさりと2合目まで登ってきました。ここにも仏様がいました。

第4番普賢菩薩です。釈迦如来の脇に仕える右脇侍にして、行動力と実践を司る武闘派の仏様です。文殊菩薩に比べると若干知名度が低いというか、あまり見ない気がします。

第5番地蔵菩薩です。お地蔵様と言う呼び名で、それこそ日本全国津々浦々に存在する、石仏像の代表格のような存在です。釈迦の亡き後の無仏の世界で、人々の救済を委ねられたとされている存在です。

第6番弥勒菩薩です。56億7千万年後に現れて人々を救済するとされている、未来の仏様です。今現在は宇宙のどこかで修行中であるらしい。スケールの大きい話ですな。

第7番薬師如来です。病気平癒や健康長寿など叶えるとされている、医療系の仏様です。ご利益が分かりやすいためか、日本では古くから特に信徒が多く、薬師如来を本尊としている寺院は数多く存在します。

第8番観音菩薩です。あらゆる生きとし生けるものを救済するという、慈愛系の仏様です。古くから観音さまの愛称で親しまれており、薬師如来と同様に信徒の多い仏です。

第9番勢至菩薩です。阿弥陀如来の脇に仕える右脇侍として、知恵の光で人々を迷いや苦しみから救い悟りへ導くとされている、インテリ系の仏様です。同じインテリ系でも、文殊菩薩に比べると人気知名度共にイマイチ振るわない印象です。

徐々に道の傾斜度が増してきて、大真面目に標高を上げ始めました。よく踏まれた明瞭な道であり、勾配が増してきても十分に歩きやすいです。

第十番阿弥陀如来です。西方にあるという極楽浄土の教主にして、ありとあらゆる人々を救済するとされている、万能型博愛系の仏様です。いち門外漢として率直な感想を述べさせて頂きますと、阿弥陀如来がいれば他の仏様はいらなくないですかね?

こちらはなぜか番号なしの馬頭観世音菩薩です。実は13仏ではなく14仏だったのでしょうか。畜生道の救済者であり、馬の守護や厄除けのご利益があるとされています。

10時35分 駒つなぎ場と呼ばれている地点まで登ってきました。小さな広場になっており、名前からしてかつてはここまで馬が入っていたのでしょう。

ここにも仏様がいらっいました。第十一番阿閦如来です。怒りや煩悩に動じない強い心の象徴とされています。最近流行りのアンガーマネジメントをいち早く実践していた仏様と言ったところでしょうか。仏の顔も3度までですぞ。

駒つなぎ場を過ぎるとしばしの間、ほぼ水平移動のトラバースになります。しっかりと刈り払われてはいますが、笹が少々うるさくなってきました。

中間地点の5合目は、特に何かがあるわけでもない道中に無造作にありました。ここから先の後半戦はさらに勾配が増してくるので、気合を入れなおしておきましょう。

背後の展望が僅かに開けました。依然として頭上は雲に覆われたままですが、下界は晴れているようで長野市の市街地がよく見えています。

雲を突き抜けてうっすらと陽の光が差し込んで来ました。幸いにもそれほど厚みのある雲ではないようです。私が登頂するまでに晴れてくれることに期待しておきましょう。

第十二番大日如来です。宇宙の根源であり、ありとあらゆる森羅万象を司る絶対的な存在の仏様です。また、他のすべての仏は大日如来の化身であるとされています。

仏教の世界においては、太陽こそが宇宙の中心であると考えられているようです。それが第十二番に来たということは、最後の十三番は何が登場するのでしょうか。
ちょっとしたクサリ場がありますが、鎖を使わなくても普通に登れます。

続いて富士見の水場と銘打たれた水場が現れました。せっかくなので一口頂いて行きます。うん、冷たくておいしい。

水場の背後は展望が僅かに開けていて、晴れて空気が澄んでいる日であれば、名前の通りに富士山が見えます。晴れて空気が澄んでいる日であればね。

続いて天狗の硯岩と呼ばれている展望スポットが現れますが、ここもどうせ何も見えないだろうということでスルーします。

天狗の硯岩を過ぎるとほどなく、森林限界を超えて周囲の展望が開けます。そんな訳なので、勿体ぶっていないで先を急ぎましょう。

ところで皆様、お気づきになられたでしょうか?
ここに石仏像らしきものが写っていることに。

どうやらこれが第十三番虚空蔵菩薩だったようなのですが、何故か見落として素通りしてしまいました。せっかくここまで、すべての石仏を確認して写真に収めてきていたと言うのに!
これはまたいつか、第十三番石仏を写真に収めるためだけに飯縄山に再訪せねばなりません。余計な宿題を増やしてしまいました。
3.飯縄山登山 登頂編 善光寺平を見下ろす好展望の頂へ
何時しか周囲には背の高い木が無くなり、頭上が大きく開けました。ここからは周囲の眺めがよくなりますが、同時に容赦のない直射日光にさらされることになります。

9月ともなると既に夏の花の最盛期は過ぎてしまっていますが、それでもこうしてまだポツポツと咲いています。

高山植物の花としては大定番と言える存在の一つであるハクサンフウロが、まだ結構たくさん咲いていました。この花は花期が長く、初夏から秋口までのかなり長い期間に渡って咲き続けます。

頭上は相変わらず雲に覆われたままです。そのおかげで多少は涼しい訳なのですが、このままでは本当に石仏像を見に来ただけになってしまうので、何とか晴れてほしいところです。

振り返ると、眼下に広がる戸隠高原だけが見えています。本来はここで、後立山連峰の山並みが見えるはずなんですけれどね。

11時40分 西登山道分岐まで登ってきました。下山時はここから戸隠神社中社方面へ下るつもりでいます。

分岐から10分ほどで、飯縄山の南峰まで登ってきました。飯縄山は北峰と南峰の二つの頂きを持つ山で、最高地点なのはここではなく北峰の方です。

飯縄山信仰の中心である飯縄神社奥社は、最高地点の北峰ではなく南峰の山頂にあります。ここまで登って来た南登山道はもともと、この神社を詣でるための参道です。

飯縄神社の参拝は帰りがけにするとして、今はとにかく最高地点を目指しましょう。山頂の周囲は依然として雲に巻かれていますが、頭上には青空が広がりつつありました。

12時 飯縄山に登頂しました。石仏の写真を撮りながらゆくっりと登っても、2時間40分ほどの道程でした。特に難所と言えるほどの場所も無いので、初心者向きな山だと思います。

4.飯縄山山頂からの展望
周囲は雲に覆われたままですが、何となく晴れそうな兆しを感じます。昼食休憩をとりつつ、しばらく待機してみます。

クワガタ虫と戯れるなどしながら待つことおよそ30分。徐々に雲が取れて来ました。

晴れた!ハハハッ、今日は何もかもがうまくいってしまう日でしたか。

お隣の南峰も雲の中から姿を見せました。それではさっそく、ざっと周囲を見回してみましょう。

眼下に善光寺平こと長野盆地が広がっています。信濃の国の四つの平の一つであり、北信地方の中心地です。この光景を見れば、飯縄山が地域のシンボル的な存在とされている理由がよくわかるかと思います。

盆地を挟んだ向かいに浅間山(2,568m)と四阿山(2,354m)が並んで立っています。上信国境を形成している山並みであり、山の向こう側は群馬県です。

南の彼方には八ヶ岳連峰と富士山の頭が並んで見えていました。日本海にもほど近い北信地方からでも見えるとは、流石は日本一の山です。

こちらは東側の、上信越3国国境付近の山々です。この辺りには登山の対象として見えても非常に面白そうな山がたくさんあるのですが、公共交通機関の利用を前提とするとなかなか手を出しづらい山域です。

真っ平らなシルエットの苗場山(2,145m)は、遠目からでも見つけやすい。苗場山の左手にある尖った山は鳥甲山(2,038m)かな。

鳥甲山はだいぶ以前より登りたい山リストの上位の方に入っているのですが、現地のへのアプローチをどうしてくれようかが頭の痛い存在です。なにしろ、桧枝岐村に行くよりも厄介そうなものですから。
北側には飯縄山と同じく北信五岳に属してる黒姫山(2,053m)や妙高山(2,454m)などがあるのですが、こちら側は残念ながら樹木が多くて展望はありません。飯縄山山頂からの眺めの、唯一のケチの付け所です。

善光寺平があるのとは反対側の西方向には、みんな大好きな後立山連峰の山々が居並んでいます。

南峰の奥には北アルプス南部の山々が見えています。どこから見ても際立つ、この槍ヶ岳(3,180m)の存在感よ。

一時はどうなることかとヤキモキしましたが、飯縄山山頂からの大展望を存分に満喫できました。ぼちぼち下山に移りましょう。

5.トレイルランナーに追われながら下る、戸隠神社中社への下山行
12時55分 下山を開始します。西登山道への分岐地点まで、もと来た道を戻ります。

晴れてくれたのは大変喜ばしいことなのですが、お日様がギラギラで一気に暑くなってきました。

往路では素通りした南峰の飯縄神社奥宮にお参りをしていきます。戦勝の神とされている、飯縄権現を祭っている神社です。飯縄権現は神仏習合の神で、外観は烏天狗の姿をしています。

意外と知られていませんが、東京都の高尾山にある薬王院に祭られている本尊は、この飯縄権現です。薬王院は飯縄山信仰の流れを汲んでいる神仏習合の寺院であり、天狗がたくさんいるのも飯縄権現に由来しています。
神社の前からも善光寺平を一望することができます。地域の守り神様が座するのには、これ以上にないくらいにふさわしい立地です。

下山を続けましょう。晴れていると、こんなにも眺めが良い登山道だったのですね。飯縄山は登りよりも下りの時の方が絶景を楽しめる山です。

山頂からでは見えなかったお隣の戸隠山(1,904m)がよく見えます。古くから修験の山として名高い存在であるだけのことはあって、見るからに険しく危なげな外観をしています。

ちなみに私は、この戸隠山には登ったことがありません。
蟻の塔渡りを歩かないことには戸隠山に登ったとは言えないだろうと言う思いと、あんなおっかなそうな所は歩きたくないと言う相反する思惑が脳内で交差して、なかなか登ってみようという気が起こらないものですから。
戸隠山の隣には、同じく修験の山である高妻山(2,353m)の姿がありました。こちらには一度登ったことがありますが、かなりしんどい山でした。

眼下に戸隠高原と呼ばれている領域が広がっています。見た感じ、飯縄山の火山噴火によって作り出された溶岩台地なのかと思っていましたが、そうではなく海底が隆起してできた地形なのだそうです。

13時15分 西登山道への分岐まで戻って来ました。ここで遂に、トレラン大会の参加者たちと遭遇しました。どうやらランナー達は山頂までは行かずに、南登山を登って西登山道を下りて行くらしい。

よりにもよって、完全にルートが被ってしまっている状態です。何たる間の悪さか。
と言うことで、ここからはランナーたちに追いかけられながらの下山です。参加者が全部でどれくらいいるのかはわかりませんが、最後尾の人に抜かれるまでは忙しなくなりそうです。

西登山道は全般的に水捌けがあまりよくないらしく、足元は泥濘状態です。トレッキングポールを使いながらゆっくりと下っている私はまだ良いですが、ここを走るのはなかなか難儀しそうなコンデションです。

背後から足音が聞こえてくるたびに、脇に避けつつのんびりと下ります。

途中からは濡れていて非常に滑りやすい急坂になりました。ここをかけ下るのはやはり相当な無理があったようで、転倒するランナーが続発していました。何というか頑張れ。

14時20分 萱ノ宮(かやのみや)と呼ばれている地点まで下ってきました。普通に下山するならここを直進すれば良かったのですが、トレランのコースは右へ逸れていたため、ついつられて私も右折してしまいました。

この脇道はそもそも山と高原地図には記載がないルートです。いやはや失敗しました。これでは理由もなしに、ただランナーの邪魔をしているだけのような状況ではありませんか。

途中からは水路の脇を行く道になりました。登山と言うよりは作業道なのだろうか。今更引き返すのも何なので、どこに出るのかもわかりませんがともかく下山を続行します。

道なりに下って行くと、戸隠スキー場の中社ゲレンデに出ました。なるほど、瑪瑙山方面からの登山道と合流していたようです。

トレランのコースはまだ続いているようですが、現在地がはっきりとしたところで私はこのままゲレンデを下って離脱します。

最後の最後で当初の計画とは少しだけ違う道を歩みましたが、なんとか無事に下山が完了しました。

15時25分 戸隠神告げ温泉まで下ってきました。ここでひと風呂浴びて行きます。うろ覚えですが、入浴料はたしか700円だったかな。無色透明で、これと言った特徴のない湯でした。

6.戸隠神社を参拝する
不快な汗を洗い落としてすっきりとしたところで、戸隠神社中社バス停まで歩きます。

この道を真っすぐい行けば中社の前に出るのですが、長野方面へ戻りたい車向けの案内に惑わされて、左折してしまいました。なんだか今日は惑わされてばかりいますな。

16時20分 そんな無駄な遠回りをしつつ、戸隠神社中山まで歩いて来ました。本当は戸隠そばを食べて行こうと思っていたのですが、もう時間が時間だけに既に店は閉まっていました。

戸隠神告げ温泉の建物内にあったお食事処で食べておけば良かったのですが、今となってはもう後の祭りです。
開いていないものは仕方がないので、バスが来るまでの時間を使って戸隠神社をお参りしていきましょう。

戸隠神社は奥社、中社、宝光社、九頭龍社および火之御子社の五社から成る巨大な神社です。5社すべてを巡ろうと思ったら、それこそ丸一日を要するだけのボリュームがあります。
軽くお参りをしようと思っただけなのに、圧倒的な階段が立ちはだかりました。ハイハイわかりましたよ。登ればいいんでしょう?登れば。

中社は戸隠5社の中でも中心的な場所だと聞いていたので、もっと豪華絢爛な社殿を思い浮かべていましたが、意外にも質素な建物でした。善光寺のような俗っぽさは微塵にもなく、個人的にはその方が好ましく思えます。

ほどなくやって来た長野駅行きのバスに乗り込み、帰宅の途につきました。

そういえば一度も無雪期に登ったことは無かったなあと言う思い付きでだけで訪れた飯縄山でしたが、何故か仏様のお勉強会状態となってしまいました。繰り返しになりますが私自身仏教については完全なるど素人であり、グーグルAIがまとめた結果にざっと目を通しただけの浅学です。興味が沸いた方は、ご自身でしっかりと調べてください。
信仰にまつわる話は一切抜きにしても、飯縄山は北信地方を広く見渡すことのできる絶好の見晴らし台であり、純粋なレジャー登山の対象としても非常に魅力的な山です。特にこれと言った危険個所も存在しないため、あらゆる人に自信を持ってお勧めいたします。夢の超特急新幹線を使って訪れてみてはいかがでしょか。
<コースタイム>
飯綱登山口バス停(9:20)-一ノ鳥居登山口(9:40)-駒つなぎ場(10:35)-西登山道分岐(11:40)-飯縄山(12:00~12:55)-西登山道分岐(13:15)-萱ノ宮(14:20)-戸隠神告げ温泉(15:25)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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