長野県阿南町、阿智村および平谷村の境界にまたがる蛇峠山(じゃとうげやま)に登りました。
長野県南部にある、登山の対象としては極めてマイナーな山です。かつて東海地方から信州へ塩を運んでいた三州街道の最高地点である、治部坂峠のすぐ傍らにあります。戦国時代には武田氏の烽火台が置かれていた見晴らしの良い山で、現在は山頂に巨大なアンテナ塔が林立しています。
名前に蛇が含まれる令和7年の干支の山で、新春の初登山をしてきました。
2025年1月11日に旅す。
時は令和7年の初頭。今年は巳年であると言うことで、ここはひとつ名前に蛇の付く山に登ってゲン担ぎをしてやろうと思い立ち、岐阜県との境界にも近い長野県南部にある蛇峠山に登って来ました。
蛇峠山と唐突言われても、恐らく大多数の人が「何処だその山は?」となることでしょう。三州街道最高地点の治部坂峠(じぶざかとうげ)のすぐ隣にある山です。
山麓には治部坂高原スキー場がありますが、およそ全国区の知名度はあるとは言い難く、近郊に住んでいる人以外にはほぼ知られていないであろう、マイナーな存在です。
かつては武田氏の烽火台が置かれていた山でしたが、今では大量のアンテナによって占拠されています。道中の大部分は樹林に覆われていて展望がありませんが、所々に開けた場所は存在し中央アルプスや南アルプスのパノラマが広がります。
僻地と言ってしまっても差し支えが無い立地にあることから、当然ながら東京からの交通アクセスは良くありません。それでもなんとか日帰り登山が出来そうとの算段が立ち、遠路はるばる訪問してきました。
東京から公共交通機関で行く、恐らくは誰の何の参考にもならないであろう蛇峠山の訪問記をお届けします。
コース
治部坂高原バス停から蛇峠山を往復します。僅かな標高差しか無く、行動時間にして3時間少々でしかない行程ですが、現地に辿り着くまでが一番の核心部であると言える行程です。
1.蛇峠山登山 アプローチ編 新幹線と高速バスを乗り継いで行く、阿智村への遠き道程
5時55分 JR東京駅
信州南部は遠い。東京から本日の目的地である長野県南部の阿智村にアプローチする方法は、さっくり言うと東海道線経由か中央本線経由の2通りです。
中央本線経由では、時間的にどうやってもその後のバスの乗り継ぎに間に合わないため、本日は東海道線側から参ります。
のぞみ1号が名古屋に向かって快調にひた走ります。長野県へ出かけるのに東海道新幹線に乗ると言うのは、何やら妙な気分がします。
7時36分 名古屋駅に到着しました。地図上で見ると途方もない遠回りをしている訳なのですが、間に南アルプスが立ちはだかっている以上はどうしょうもありません。
続いて名鉄バスセンターへ移動して、高速バスに乗り換えます。特に迷うような要素はありませんが、乗り換え時間が結構シビアなので、道順は事前に良く確認しておきましょう。桜通口から出て右方向です。
新幹線のホームからはそこそこの距離があります。迷わずに早足気味に歩いても、移動時間は12~13分くらいを見ておいた方が無難です。
謎の巨大マネキン(?)が歩道上に置かれていました。何かの広告のようですが、端的に言ってとても邪魔だと思います。
8時発の飯田行きの高速バスに乗車します。こちらは事前予約制で、当日に並んでも乗れないのでご注意ください。この時間の便に乗れないと、この後の治部坂峠行きの巡回バスに繋がりません。
とっくにお気づきだろうとは思いますが、この時点で既にもうかなりの金額の交通費を費やしております。
どこぞに名前に蛇が着く山は無いかと探していて、たまたま目に止まったと言うだけの山に登りに行くのに、これほどの多大なコストを費やすのは、もしかしなくてもバカなのではなかろうかと言う自問自答が、軽く頭をもたげます。
名古屋を出発してからほどなく、車窓から小さな城が見えました。位置的に小牧山城でしょうか。関東地方に住んでいると、岡谷から先の中央道を走る機会はなかなか無いので、見える光景のすべてが新鮮に感じられれます。
中津川ICを過ぎると、車窓に大きく恵那山(2,191m)の姿が見えるようになりました。だいぶ以前から登りたい山リストに入っている山ですが、いかんせん交通アクセスが絶望的なまでに悪すぎて、未だに訪問は叶っていません。
信州南部の山は何れも、車が無いとアプローチが困難な山ばかりです。今から登ろうとしている蛇峠山にしたって、かなり綱渡り状態な乗り継ぎですからね。
9時45分 駒場(こまんば)バス停に到着しました。中央道の阿智パーキングエリア内にあるバス停です。
ちなみに、ここからはそう遠くない岐阜県の中津川にも駒場と言う名前のバス停がありますが、こことは別の場所なので間違えないようにご注意ください。駒場(中央道昼神温泉)と言うのが正式な名称です。
パーキングエリアを出て、阿智村の巡回バスが発着するこまんばバス停へ移動します。中央道は町の中心からは少し外れた山中を通っているため、少し歩きます。
一応は案内の標識も出ていはますが、道順については事前にグーグルのストリートビューなりで下見しておいた方が無難です。
ここでも乗り継ぎ時間が結構シビアなので、足早に移動しましょう。移動時間はだいたい10分くらい見ておけば大丈夫です。
9時52分 こまんばバス停までやって来ました。治部坂峠方面行きのバスが出るのは、道の向かい側の方です。まずは慌てずに横断しましょう。
駒場地区は阿智村の中心となっている場所で、こまんばバス停からは阿智村の巡回バスの他に、飯田駅行きの路線バスも運行しています。
ここから5方面に向けた巡回バスが運行しています。治部坂峠に行くには、10時10分発の浪合(なみあい)線に乗車します。登山に使えそうな時間帯なのはこの1本だけです。
なお、阿智村の巡回バスは日曜日と祝日は運休なのでご注意ください。土曜日は運行しています。
やって来たのはバスではなくバンタイプの車両でした。乗客は私だけで安定の貸し切り運行です。運転手さんに「蛇峠山ですか?」と聞かれたので、このバスを使って蛇峠山に登る人は一応いるにはいるらしい。
10時59分 治部坂高原バス停に到着しました。ここまでの運賃は、驚くなかれ100円です。何らかの補助金が注入されているのでしょうが、それにしても罪悪感を覚える金額です。
部外者からはもっと運賃を取れば良いのにとは、いつも思うところではあります。乗って残そう公共交通!
バス停があるのは治部坂峠よりも少し手前で、峠の部分はスノーシェッドに覆われています。治部坂峠は名古屋と塩尻を結んでいる国道153号線の最高地点で、標高は1,187メートルあります。
国道153号線は、東海地方で取れた塩を信州へと運ぶいわゆる塩の道であった、三州街道のルートを概ね踏襲しています。かつては荷駄運びの人馬が、この峠を越えて行き来していたと言うことですな。
2.雪に覆われた静寂の登山道と、好展望地の馬の背展望台
11時 あと1時間で正午を迎えようと言う時間になって、ようやく本日の登山を開始します。蛇峠山登山における最大の核心部と言えるのは、間違いなく治部坂峠に至るまでの行程でありましょう。
蛇峠山は山頂の直下まで舗装された道が通じている山ですが、それと並走するように登山道もしっかりと存在します。
歩き始めてすぐに道標がありました。その導きに従って進みます。蛇峠山は山と高原地図の範囲外にある山ですが、地図が無くても特に迷うような要素はありません。
登り始めは別荘地の中を突っ切っていきます。信州の高原にある別荘だなんて、なんだかバブリーな響きがします。
小さな沢に架かる橋を渡り、舗装道路からは外れて登山道へと入って行きます。干支の山である効果なのか、はたまた元から人気のある山なのかはわかりませんが、もう遅い時間だと言うのに結構な数の登山者がいます。
しっかりと雪が積もっているので、最初からアイゼンを履いていきます。前爪の無い6本爪の軽アイゼンです。この先に12本爪が必要になる様な場面は一切ありません。
久しぶりに踏みしめる、新雪のギュッギュッとした感触が心地よい。
別荘地の中を九十九折れに蛇行している道の真ん中を突っ切るようにして、登山道が続いています。
別荘地を抜けると、登山道の周囲には笹が目立つようになりました。雪に埋もれていなかったら、恐らく藪が相当鬱陶しい山なんでしょうね。
またもや車道と合流しました。こちらの道は別荘地とは無関係で、蛇峠山の山頂にあるアンテナ施設に出入りするためのものです。この先の登山道は最後までずっと、この道と付かず離れずの距離に続いています。
と言うことで、一瞬道を横断するだけですぐに登山道に復帰します。このまま道路沿いに歩いても山頂には到達出来ますが、登山道経由よりも遠回りなるだけなので意味はないでしょう。
訪問前はどれくらいの積雪量があるのか読めないでいたのですが、思っていた以上にしっかりと雪山化していました。信州南部はあまり雪は降らない地域なのですが、それは平野部での話で山の上にはしっかりと降ります。
頭上が開けて空が大きく見えました。展望が開けそうな予感がして、期待が高まります。
11時55分 馬の背まで登って来ました。まだ登り始めて1時間も経過してはいませんが、この場所が蛇峠山登山におけるほぼ中間地点となります。
山頂らしき場所が正面に見えています。蛇峠山に治部坂峠から登った際の標高差はおよそ500メートル少々しかありません。高尾山レベルの山だと言ってしまっても差し支えは無いでしょう。
目指す山頂方向とは反対側に展望台があるらしいので、先へ進む前に寄り道して行きましょう。
こちらが馬の背展望台です。北西方向の展望が広く開けています。早速見てみましょう。
中央アルプスこと木曽山脈がちょうど真正面にあります。南北に長い山脈なので、真南側から見ると色々と重なっていて、どれがどの山なのかは正直よくわかりません。
西側のこの一際目立つ山は、大川入山(1,908m)です。レンゲツツジの群生が有名で、信州百名座にも選ばれている一座です。
治部坂峠から登れる登山道が存在しますが、コースタイム的に阿智村巡回バスを利用して日帰りで登るのは相当無理がありそうです。攻略したければ、どこかで前泊する必要がありますな。
北側には南アルプスこと赤石山脈の山並みが一部だけ見えています。なにしろ見慣れないアングルなのでイマイチ同定に自信が持てませんが、中央に見えている山はおおそらく仙丈ケ岳(3,033m)だと思います。
3.展望のない展望台が立つ、静かなる自蛇峠山の頂
寄り道は程々にして、そろそろ先へ進みましょう。馬の背からは一度ほんの少しだけ下ります。
ここから先は無線中継所の敷地であるらしく、車道の方は脇の甘いゲートで塞がれていました。
登山道はゲートの脇にしっかりと存在しており、登山者の立ち入りは特に制限されていません。
きつくも緩くもない傾斜の道が淡々と続きます。雪が無い時期であれば、登山初心者や家族連れ向けの山であろうかと思います。わざわざここまで訪れるための手間が煩わしく無ければの話ですが。
登山道と舗装道路が交差しながら続いています。ここまで登って来たらもう、どちらを歩こうが大きな違いはありません。好きな方を歩きましょう。
山頂周辺の稜線上はやはり積雪量が桁違いに多いらしく、周囲の雰囲気はガラッと変わって一面の銀世界になりました。
木々に降り積もった雪が、正午を過ぎてもとけることなくそのままの状態ををとどめています。標高1,600メートル少々の山でこんなしっかりとした雪山の光景が拝めるとは思ってはいなかったので、これは嬉しい展開です。
山頂付近の尾根上は幅広でかなり広々としており、巨大なアンテナ塔が複数立ち並んでいます。ここだけを見ると、とても山の上であるとは思えないような光景です。
風情にかけると言うか、この辺りが蛇峠山が登山の対象としてはあまり人気が振るわない理由の一つではありそうです。
右手に見えているのは信州最南部に位置している山々ですが、なにぶん馴染みが薄い山域だけに、見えている山の名前は全くわかりません。交通アクセスの悪さもあってか、ハイキングの対象としてあまり一般的とは言えない山域です。
南アルプス南部の山も一部が見えています。塩見岳から聖岳に至る辺りの山並みですが、普段見慣れている山梨県側からの姿とは反対側であるため、ここでも同定にイマイチ自信が持てません。
最高地点だと思われる場所まで登って来ました。かつては烽火台が置かれていたという場所ですが、現在はドーム状のレーダーアンテナを備えた建物に占拠されています。
これはどうやら雨量計であるようです。大きさはずっと小さいですが、霧ヶ峰の車山山頂にあるのと同種の施設です。
蛇峠山の最高地点はまだここではないらしく、さらに奥に今度こそ本当の山頂が姿を見せました。
山頂直下の白いトンネルを進みます。もしトレースが無かったら、ラッセルに難儀しそうなくらいには深く雪が積もっていました。
鉄製の見晴らし台らしきものが置かれた山頂が現れました。あはははは、これはまたとびっきり地味な山頂ですねえ。
12時55分 蛇峠山に登頂しました。山頂標識は見晴らし台の下にポツンとありました。グリーンシーズン中には、恐らく周りの景色は一切見えないであろう、地味で静かなる空間です。
名前に蛇の文字が入っていなければ、恐らくこの山に訪れる機会はなかったことでしょう。切っ掛けがなんであれ、これまでまったく足を踏み入れたことも無かった信州南部の山に登れたことには、大いに満足です。
展望台の上に登ってみましたが、周囲の樹木が大きく育っており展望はほぼありません。かつては眺めの良い山だったのかもしれませんが、今はただひたすらに地味なる空間です。だがしかしそれが良い。
4.元来た道を足早に下り、治部坂峠へ戻る
13時10分 僅かな山頂滞在時間でしたが、山頂を後にして下山を開始します。というのも、帰りのバスが治部坂峠14時40分発なので、実はあまり時間に余裕がないのです。最初から最後まで綱渡りなスケジュールです。
ピストンなので、帰りは脇目も触れず早足気味に下ります。ここで10年選手の軽アイゼンのバンドが片方切れると言うアクシデントがありましたが、凍結はしていない新雪なので片側だけでも歩行に問題はなさそうです。
今回は事なきを得ましたが、山道具の経年劣化具合については、常日ごろからちゃんとチェックしないといけませんね。
眼下に飯田市の街並みが少しだけ見えています。南アルプスと中央アルプスの間に挟まれていて、東京からの交通アクセスが絶望的に悪い場所なのですが、リニア中央新幹線が開通すれば大きく変わるはずです。
下山を開始して30分ほどで、馬の背まで戻って来ました。この調子でサクサク参りましょう。
雪山の下山ほど楽なものはありません。雪が着地時の衝撃を吸収してくれるので、大股でズカズカと下れます。・・・ちゃんと両足にアイゼンを履いている状態ならね。
途中で2回ほど盛大に転んだと言う事実を申し伝えておきましょう。片側だけアイゼン、ダメ絶対。
七転八倒とまでは行かずに、何とか無事に戻って来れました。往復で僅か3時間少々の山行きでした。
駐車場の脇に土産物兼お食事処があります。時間が余っている場合はここで調整できます。本当は蕎麦を食べていきたかったのですが、帰りのバス時刻の30分前と言うかなり微妙なタイミングだったので諦めました。
14時40分発の巡回バスで撤収します。ちゃんと当初計画通りに日帰り登山が出来ましたが、かなりの無理やり感がありました。
15時33分 こまんばバス停まで戻って来ました。ここから先の帰路については、大きく2通りの選択肢があります。往路と同様に中央高速バスに乗るか、もしくは路線バスで飯田駅まで行き電車で帰るかです。
私は乗鉄なので、帰路は飯田線での旅路を選びました。15時58分発の飯田駅行きの路線バスに乗車します。この次のバスは17時21分まで無いので、乗り逃しにはご注意ください。
飯田駅へとやって来ました。飯田線と言う路線名の由来になっている駅ですが、自身訪れたのは初めての事です。
ここから先の帰路についても、2つの選択肢があります。北周りの中央本線経由か南回りの東海道線経由です。
駅の跨線橋上から、夕日に照らされた仙丈ケ岳の姿が良く見えました。漠然と仙丈ケ岳は山梨県の山である印象がありますが、長野県との境界上にあります。
往路は南側から来たので、帰りは北周りで帰ることにしました。「往復ヨリ周回ヲ持ッテ尊キモノトス」と言ういつもの不可解な価値観を、移動にまで当てはめた結果であることは言うまでもありません。
岡谷駅まではおよそ2時間半の長旅です。身延線には特急「ふじかわ」があるのですから、飯田線にも特急「てんりゅう」があってしかるべきだと思うのですが、いかがであろうか。
名前に蛇が付く干支の山に登ろう。ただそれだけの軽い気持ちから始まった今回の山行きは、信州南部奥地への思わぬ大旅行となりました。普通に考えれば、この山はわざわざ東京から日帰りで登りに行くべき山ではありません。
治部坂峠スタートなら手軽に登れる初心者向きの山なので、中京圏にお住まいで車を持っている人なら、文句なしにお勧めできる山です。いずれにせよ、干支の山に登りたいと言う明確な目的意識がない限りは、向かいにある大川入山に登った方が幸せになれるかもしれません。我もと思った物好きな方は、ぜひ公共交通機関だけを使って登ってみてください。
<コースタイム>
治部坂峠(11:00)-馬の背(11:55)-蛇峠山(12:55~13:10)-馬の背(13:40)-治部坂峠(14:10)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント
乗り鉄のような山行、おつかれさまでした。蛇峠山とは初めて聞く山でしたが、干支にちなんだ山に登るというのもいいですね。「往復ヨリ周回ヲ持ッテ尊キモノトス」、私も肝に銘じております。
それから、名古屋駅の大きな人形は「ナナちゃん人形」といい、昭和47年からあの場所に立ち続けており、奇抜なファッションで街行く人を楽しませております。名鉄百貨店の広報部員らしいです。
nobuさま
コメントをありがとうございます。
全国区の知名度はありませんが、阿智セブンサミットと言う肩書を持っており、知る人ぞ知る山ではあるようです。その立地上、登りに来るのは主に中京圏在住のハイカーで、東京から登りに行く人はそういないだろうとは思いますが。