山梨県身延町と早川町にまたがる身延山(みのぶさん)に登りました。
山梨県から静岡県に向かって流れる急流、富士川の傍らに立つ山です。山の麓に日蓮宗の総本山である久遠寺(くおんじ)が存在し、日本仏教三大霊山の一つに数えられています。山頂には久遠寺の奥ノ院である思親閣(ししんかく)が存在し、身延山ロープウェイで久遠寺と結ばれています。
紅葉が見ごろを迎えた身延山を、あえてロープウェイを使用せずに下から登って来ました。
2021年11月15日に旅す。
身延山は富士川の傍らに連なる身延山地に属している山で、広義には赤石山脈(南アルプス)の一部に含まれます。山の麓に日蓮宗の総本山久遠寺があり、多くの参拝者が訪れる信仰の山です。
山頂にある奥ノ院まで、ロープウェイだけで登ることも出来ます。眺めの良い山であることから、寺院の参拝者のみならず多くの見物客で賑わい、観光地としての側面が非常に強い山です。
そんな訳であまり登山の対象としては見られていない山ではありますが、大半が舗装された道ではあるものの、ロープウェイを使わずに下から登ることの出来る登山道ルートもしっかりと存在します。
山中はちょうど紅葉の見頃のド真ん中で、華やかなる光景を見せてくれました。ほとんど歩く人の姿もない静かなる参詣路を独り占めにしてきた一日の記録です。
コース
身延山バス停より身延山久遠寺へ。そこから奥ノ院東参道を登り身延山の山頂へ。下山は西参道を下ってバス停へ戻る周回コースです。
標準コースタイムで4時間30分程の手軽な行程です。
1.身延山登山 アプローチ編 特急ふじかわで行く身延への遠き道のり
7時 JR高尾駅
京王線ユーザーにとって、高尾駅からの中央本線へ乗り換えは常に熾烈なる競争です。
東京方面からやってくる中央線快速の到着よりも先にホームへ辿り着ければ座席にありつけますが、出遅れれば大月あたりまでは立って行くことになります。
この先遥々甲府までの長距離移動を、できることなら寝て行きたいと思っている私にとって、これは負けられない戦いなのです。
本日はちょうど快速電車がホームへと滑り込んできているタイミングであり、ギリギリのところで勝利を納めました。周囲の迷惑も考えずに駅構内を走れば勝率は上がるのでしょうけれど、分別ある大人としてあくまでも早歩きで競います。
塩山駅を過ぎて甲府盆地内に入ると、頭上に傘雲を頂いた富士山の頭が良く見えました。お天気は上々であるようです。
甲府駅で身延線に乗り換えます。身延線は交通系ICカードには対応していないので、一度改札を出てから切符を購入します。
乗り換え時間が僅か7分しかなかったので、大慌ての駆け足で改札を出入りしました。・・・結局は走っているやないけ。
8時45分発の特急ふじかわに乗車します。普段はどこへ行くにも大抵は鈍行列車を利用するドケチ系ハイカーである私ですが、今回は珍しく奮発しました。
奮発したと言っても自由席ですけれどね。贅沢がしたかったわけではなく、ちょうど良い時間帯の鈍行列車が無かっただけです。
秋の行楽シーズン真っただ中とあってか、特急電車の車内はそこそこ混雑していました。
車窓からは相変わらず富士山の頭だけが良く見えました。しかし毎度思うのですが、JR東海の在来線車両と言うのは、なぜこう揃いも揃って窓が汚いのでしょうか。よほど清掃費用をケチっているのか。
9時38分 身延駅に到着しました。路線名の由来にもなっている身延町の中心にある駅です。
駅から身延山までは、駅前から路線バスが運行されています。まだ少し待ち時間があったので、バス停を素通りして富士川の川岸に寄り道します。身延山そのものの姿を写真に収めるためであることは言うまでもありません。
富士川の対岸に立つ身延山です。山頂に立つ奥ノ院の姿も何となく見えています。
当初はこのカットが本記事の冒頭を飾る予定でしたが、「三門の写真の方がより身延山らしくていいや」と言う理由で没になりました。供養のために一応はこうして掲載しておきます。
時間が来たのでバス停へと向かいます。時間帯にもよりますが、概ね1時間に1~2本のバス便があります。
10時 身延山バス停に到着しました。自宅を出発してから5時間近い時間を費やしてのアプローチでした。身延は意外に遠いいですな。
2.日蓮宗の総本山、身延山久遠寺
バス停に身延山のガイドマップが大きく掲げられていました。本日歩くつもりでいる参道もしっかりと描かれています。さっくり言うと、右側から登って左から下ります。
身支度を整えて10時5分に行動を開始します。目指す山頂は最初から正面に見えています。こうして見ると、意外に急勾配な山ですね。
この日向ぼっこ中のコーギー犬は、旅館の番犬なのでしょうか。番をする意思がまるで感じられませんが。
程なく有名な久遠寺の三門が現れました。山門ではなくて三門です。不思議な字を当ておりますね。
信仰の山らしく(?)トイレにまで格調高そうな名前が与えられていました。南天の庵ですって。
三門脇のカエデが真っ赤に紅葉していました。今週末はまさしく見頃のド真ん中であったようです。
門をくぐり進むと、見事な杉並木と、思わず2度しそうになる壁のような階段が出迎えてくれました。
この久遠寺の石階段には、菩提梯(ぼだいてい)というこれまた厳めしい名前が与えられています。登り切れば悟りの境地に達することが出来るのだとか。
菩提梯は287段あり、高低差は104メートルあります。この階段を登ること自体が一つの修行であると言う訳ですな。
ああちなみに先に言っておくと、もっと楽に登れる女坂ルートもしっかりとあります。さらに言うと、エレベータもあります。足に自信の無い参拝者であっても安心です。
山梨県内の山でよく目にする謎多き表札、やまなしの森林100選がありました。ちゃんと数えたことはありませんが、これまでに通算で10ヵ所以上は目にしているような。
この石段は一段の段差が結構大きく、見た目以上にキツい登りです。観光地エリア故にマスクを外すわけにもゆかず、息苦しさに拍車がかかります。
登り切ってから見下ろすとこの高度感です。確かにこれは修行ですね。無事に登り切りましたが、果たして悟りは開けたのだろうか。頭の中は相変わらず煩悩まみれのままであるような?
登り切った所に久遠寺があります。鎌倉時代の西暦1281年に創建された日蓮宗の総本山です。
総本山らしく、壮麗かつ広大な敷地をもつ寺です。神社仏閣巡りが好きな人には垂涎の場所と言えそうです。
久遠寺と言えば有名なのがこのしだれ桜です。今の季節は当然ながら枯れ木状態ですが、春には多くの見物客で賑わいます。・・・もしかしなくても、これは完全に訪問時期を誤っているではなかろうか。
久遠寺の裏手に身延山ロープウェイの乗り場があります。これに乗れば、奥ノ院のある山頂まで労せず登ることが出来ます。
頭上高くにそのロープウェイが見えます。結構急な斜面を登っておりますな。往復運賃は1,500円で、山頂までの所要時間はわずか7分です。
まあ、乗らないんですけれどね。私は観光をしに来たわけでなく、山登りをしに来たわけですからね。
3.身延山登山 登頂編 宿坊が軒を連ねる東参道をへて山頂へ
10時55分 ゆっくりし過ぎてだいぶ時間が押してしまいましたが、ようやくにして登山を開始します。
登山開始と言いつつ、参道に入って以降も車が通行可能な舗装道路が続きます。完全に軽トラ規格の道ですね、これは。
この辺りのカエデはまだ緑々としていました。日当たりによって、紅葉の進行の度合いには結構な差があります。見方をかえると、まだしばらくの間は紅葉を楽しめる可能性が残っていると言う事です。
これまた見事なイチョウの大木です。これで樹齢は何年くらいなのでしょうか。
宿坊らしき建物があります。この東参道上にはこうして何件かの坊があり、参拝者に休憩や宿泊のスペースを提供しています。
こちらは丈六堂と言う名の、身延町の重要文化財となっているお堂です。江戸時代の寛永20年(西暦1643年)に建てられた、歴史ある建造物です。
木の間から、おとなりの七面山(1,989m)にあるナナイタガレと呼ばれる崩落地が見えました。
この東参道沿いの森は主に杉の植林ですが、こうして所々で良い感時に紅葉していました。
陽の光を浴びて輝く紅葉が実に美しい。やはり紅葉の王様はカエデですよね。
11時40 森を抜けて頭上が開けたところで、再び宿坊らしき建物が現れました。大光坊に到着です。
大黒天を祀った大黒堂があります。このお堂の中に収められている大黒天の像は、日蓮本人が彫ったものであると伝えられています。
自動販売機もあります。お値段は下界よりも少々高いようですが、それでも十分に良心的な価格だと思います。
金ピカな大仏様もいらっしゃいました。ところで素朴な疑問なのですが、大仏というのは金色をしていなければならないと言う決め事(?)は、いったい誰がいつ決めたものなのでしょうか。大昔のインド人?
大光坊から先は車道ではなく登山道になるものだと期待していたのですが、残念ながらまだしばらくの間車道歩きが続きます。高尾山の一号路みたいなものなんでしょうかね。
道の舗装が無くなり砂利道になりましたが、しかし依然として車道歩きが続きます。楽と言えば楽ですが、しかし山登りがしたくて来ている者からすれば、いささか物足りない道です。
頭上高くを行くロープウェイが見えます。アレに乗れば僅か7分で済むものを、何を好き好んでわざわざ車道を歩き続けているのやらです。
もしかして、このまま最後まで車道歩きなのか?と悲観的な予感が漂い始めてきたところで、ようやく車道規格ではない登山道が始まりました。
相変わらず電線が通っているのが景観的にはいただけませんが、ここからようやく登山らしい登山が出来ます。
登山道地帯に入るなり、まるで競うかのように紅葉が沿道を飾ってくれました。身延山のベストシーズンは何時かと問われたら、それは間違いなく枝垂れ桜が咲く時期だとは思いますが、紅葉シーズンもまたそれに負けず劣らず良い感じです。
12時25分 法明坊まで登って来ました。この坊は宿泊の出来ない休憩所であるようです。ここまで登ってくれば、山頂まではもうあと一息です。
山頂の直下までもが、杉の植林化されていました。古くから人との関わり合いを持っている里山の、ある主の宿命だとも言える光景です。
ここまで登って来て、初めて視界が広く開けている場所がありました。富士川の流域に連なる天子山地と身延山地の山並みです。
富士山が目の前にドーンとありました。朝に見た時から変わらず、頭上に傘雲を頂いたままです。富士山の山頂に相当強い風が吹いているのであろうことが伺えます。
奥ノ院らしき建物が現れました。どうやら山頂に辿り着いたようです。この先は再び観光地の領域となるため、気乗りはしませんがマスクを着用します。
12時50分 身延山山頂の奥ノ院に登頂しました。思親閣とはまた優し気な名前の建物ですね。日蓮自身が自分の両親の事を想って命名したのだそうです。
4.久遠寺の奥ノ院と、展望台からの絶景
思親閣の入り口脇に立つ日蓮宗の宗祖、日蓮聖人の像です。
ここでこの人物の来歴についてつらつらと述べるのは、登山ブログの主題からは大きく逸脱してしまいますし、何よりも私自身の浅学さが露見して恥をかくだけなので割愛します。
私は日蓮宗の宗徒ではありませんが、常に感謝の気持ちを持つことの大切さを説く日蓮の教えには、少なからず共感できる要素があります。
どこが身延山の最高地点なのかはよくわかりませんが、とりあえずは思親閣を参拝していきましょう。
豪華絢爛な造りの建物だった久遠寺とは違って、こじんまりとした簡素な佇まいの寺院です。奥ノ院と呼ばれる仏の座所には、煌びやかな建物よりも、この方がずっとふさわしく思えます。
とても場違いな感じのする萌えキャラが飾られていました。検索してみた限りでは、特に身延に関連する内容の作品ではないようでしたが、いったいどう言う経緯でコラボしたのでしょう??
身延山の山頂標識は、この北展望台に設置されていました。どう見てもこの場所は最高地点ではありませんが、まあこの際細かいことはどうでもよいでしょう。
毎度おなじみの山梨百名山でございます。南アルプスエコパーク仕様の、四角いタイプの山頂標識です。
正面には南アルプスの山々が居並びます。中でも特に目立っていたのがこの笊ヶ岳(2,629m)です。最短ルートでも標準コースタイムで往復15時間を要すると言われる、玄人向けな深山です。
日本百名山の著者である深田久弥が、この山に登ろうとしたのだけれど、途中で歩荷に逃げられてしまって登頂を断念したと言うエピソードは有名です。
なおこの笊ヶ岳は、山梨百名山に選ばれています。従って、山梨百名山の完登を目指している私は、いずれはこの往復15時間に挑まなくてはならないと言う事です。
道中に山小屋やキャンプ指定地は存在せず、日帰りするしか選択肢はありません。・・・果たしてゆるふわ週末ハイカーである私に、歩き切ることは出来るのだろうか。
右手には、みんな大好き白根三山の山並みです。いずれも標高3,000メートルを超えるこの三座は、すでに冠雪して白くなっていました。
北方向には甲府盆地と、その背後の奥秩父の山並みが見えました。
手前の山のすそ野に半分隠れてしまっていますが、八ヶ岳も見えました。あちらは絶好のお天気のようですね。今日赤岳あたりに登った人たちは、大勝利であったことでしょう。
一通り景色を眺めて満足したところで、ロープウェイの山頂駅へとやって来ました。紅葉シーズン真っ盛りと言う事もあって、そこそこ混雑していました。
売店に身延山の山バッジが無いかと探してみたものの、発見できませんでした。その代わりと言う訳ではありませんが、名物だと言う身延山だんごを頂きました。
これと言って特徴があるわけでもない、どこにでもあるごく普通の焼き団子です。つまりはとても美味しい。焼き団子にハズレはありません。
前述の通り、ロープウェイに乗れば、久遠寺からここまではわずか7分で登ってこれます。ここだけを見れば、完全に観光地の装いです。
ロープウェイから下りるなり、富士山が正面にドーンです。山登りはしたくないけれど、山の上のからの風景を眺めたいと言う人には、とてもおススメできる一座です。
富士川方面から見て、身延山のちょうどの裏手に七面山があります。この七面山は、身延山を守護する存在であるという位置づけで、日蓮宗の聖地となっています。
5.身延山登山 下山編 紅葉が見頃の西参道を下る
13時50分 少々長居し過ぎました。今の季節は日没ゲームセット時間も早い事であるし、ボチボチ下山に移りましょう。
下山はこのままロープウェイで下ってしまえば良いのではないかと言う案にも心を動かされましたが、当初の予定通りに西参道を下る周回ルートを取ります。
この西参道もまた、往路の東参道と同じく舗装された林道歩きでありました。うーむ、そんなことならやはりロープウェイで降りてしまうべきであったか。
西参道には基本的に眺望はありませんが、時々こうして開けている場所から下界が良く見えました。富士川は暴れ川として悪名高い河川であるだけに、やたらと河幅が広いのが良くわかります。
舗装された道をトボトボと下るうちに、またもや宿坊らしき建物が見えて来ました。
14時15分 感井坊まで下って来ました。ここを直進すると、身延往還と呼ばれる古道を経て赤沢宿に至ります。
この身延山と七面山を結ぶ身延往還ルートは、早川沿いを通る現在の山梨県道37号線が開通するまでは、七面山に至ることのできる唯一の道でありました。
七面山を目指したかつての行者たちは、その前に必ずこの身延山を越えて行ったわけですな。
日帰り登山に訪れているだけのレジャー登山者である私は、七面山方面には進まずに、ここでぐるりと久遠寺方面へ進路を転じます。
西参道では、今まさに紅葉が見頃の最盛期を迎えていました。山頂付近こそ鬱蒼とした杉の植林に覆われていましたが、中腹には広葉樹林が多く残っており壮観な光景を作り出していました。
周回ルート取って大正解だったではありませんか。まったく一体誰でしょうね。「ロープウェイで降りてしまうべきであったか」などと口走っていた早とちりな人は。
見上げるような高さの杉並木です。これで一体、樹齢は何年くらいなのでしょうか。もしかすると、日蓮が健在だった時代から既にここにあるのかもしれません。
この杉林は、身延山の千本杉として県指定の天然記念物にもなっています。そして思いがけず、一日に二つもやまなしの森林100選を発見してしまった。
早くも陽が傾き始めました。11月に入ると、もう本当に日が短い。
本当はここで林道を右に外れてショートカットできるのですが、スズメバチの巣があるらしく通行止めになっていました。仕方がないのでこのまま林道沿い下ります。
林道を延々と1時間以上下り続けたところで、再び人工物が姿を見せました。
15時25分 松樹庵に到着しました。天空の寺として名高い場所で、実は三門からも良く見えてます。
眼下に久遠寺が見えました。ここまで来れば、麓まではもうあと一息です。
このまま林道沿いに歩き続けても下山は出来ますが、途中からショートカットできる登山道があります。
動物除けのゲートを潜れば下山完了です。下山地点も寺なのは、これまたいかにも信仰の山らしい光景ですね。
一般道路に合流してからも、バス停まではまだあとひと道あります。結局本日は、土の上を歩いていた時間よりも、舗装路上を歩いている時間の方が圧倒的に長かったです。
身延山登山と言うのは要するにまあ、高尾山の一号路を歩くのと同じ様なものだと言えます。
三門へと戻る道すがらに、日蓮聖人のお墓がありました。あまりにもさりげなくあったので、あやうく素通りしかけました。
いつの間にか久遠寺が見上げる位置にありました。今から登り返さなくても、ここから右へ回り込めば直接三門前へ行けます。
と言う事で、帰りは久遠寺には立ち寄らずに三門前へ戻って来ました。あれだけ多くの人で賑わっていた門前も、この時間ともなると静かなものでした。
ちょうど狙いすましたかのように、三門の屋根の上にお月様登ってきていました。
16時20分 身延山バス停に到着しました。寺院の見物に費やした時間を含めても、行動時間6時間少々のお手軽な行程でありました。
結局帰りの時間も鈍行列車がいないタイミングだったので、またもや奮発して特急ふじかわに乗り込み、帰宅の途につきました。
ロープウェイで山頂まで登れてしまうと言う事実が示唆している通り、身延山は観光地として色合いが非常に強い山でありました。ご覧いただいた通り、下から歩いて登ることのできる道はしっかりと存在しますが、大半が舗装されている参道を行く道程は、登山と言うよりは参拝と呼んだ方がふさわしものであると言えます。
従前たるレジャーとしての登山をする場にはあまり適しておらず、寺院巡りを主目的とするのが正しい身延山登山の楽しみ方であろうかと思います。
比較的簡単に登れる山ながらも、山頂からの眺望は秀逸です。日蓮聖人の足跡に触れつつ、南アルプス深部の山に想いを馳せに訪れてみては如何でしょうか。
<コースタイム>
身延山BS(10:05)-久遠寺(10:30~10:55)-丈六堂(11:10)-大光坊(11:40)-法明坊(12:25)- 身延山(12:50~13:50)-感井坊(14:15)-松樹庵(15:25)-身延山BS(16:20)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント
昨年初冬に角瀬→敬慎院泊→七面山→羽衣下山→赤沢から身延山、と歩いてきました。私も特段の信仰心は持ち合わせてないですが、結果的に2つの霊山に赤沢宿と江戸時代の参道を追体験した形となり、通常の登山とは少々毛色が異なりましたが文化や歴史に触れるいい経験になりました。
余談ですが、私は普段、肉眼で見ることや地図を眺めることをきっかけに興味のままに山に登ることが多いですが、この山行の風景で一際目を引いて面白そうだなと思った山を後日調べてみたら笊ヶ岳でした笑 めでたく一旦デッドストック行きですがあの山容は興味をひかれますね。オオツキ様の記事を気長に待ちたいと思います。
ペン生さま
コメントをありがとうございます。
七面山の敬慎院には一度宿泊してみたいと思いつつも、不信心なレジャー登山者でしかない私には少々敷居が高すぎる感じがして、未だに実行に移せていません。
やはり七面山と身延山は、赤沢を経由して合わせて歩かないと体験として不完全なものだと思うので、いつか通しで歩いてみたいです。