静岡県静岡市と山梨県早川町にまたがる山伏(やんぶし)と八紘嶺(はっこうれい)に登りました。
安倍奥と呼ばれる、安部川の源流域に立つ急峻な山です。この2座は尾根で繋がっていて縦走が可能で、ほぼ中間地点には日本三大崩れのひとつとされる、大谷崩(おおやくずれ)の崩落地が横たわっています。暴れ川として名高い安倍川源流部の荒々しき光景です。
山伏の山頂近くにある避難小屋で1泊し、オクシズの深山を巡り歩いて来ました。
2024年5月17~18日に旅す。
通称オクシズこと静岡市山間部の安部川源流域にある、山伏と八紘嶺に登って来ました。どちらの山も過去にそれぞれ単体で登ったことがありますが、今回は中間にある大谷崩れと合わせて巡る周回ルートを歩いて来ました。
安倍奥の山々は何れも谷が鋭く切れ落ちた急峻な地形をしており、標高2,000メートル級の山のものとは思えない圧巻の光景が広がります。あまりメジャーであるとは言い難いエリアですが、個人的にはお気に入りの山域です。
山伏~八紘嶺周回ルートは、早朝にスタートすれば日帰りも出来なくはないルートですが、累計標高差が2,000メートルを超えるタフなルートです。そのため無理はせずに、山伏小屋に一泊して歩きました。
山伏小屋は山伏の山頂から30分ほど下った地点にある避難小屋です。小屋のすぐ近くにある百畳峠まで林道が通じており、車で入ることも出来ます。
絶景が広がるオクシズの深山を、2日かけて巡り歩いて来た記録です。
コース
初日は静岡駅から発着している安倍線梅ヶ島温泉行きバスの赤沼バス停からスタートして、西日影沢コースを登り山伏小屋で一泊します。
二日目に山伏山頂でご来光を眺めた後は、大谷嶺の大崩落地を横目に眺めつつ八紘嶺まで縦走します。下山はそのまま梅ヶ島温泉へ下ります。温泉に向かって歩く理想的な行程です。
1.山伏&八紘嶺登山 アプローチ編 秘境オクシズへの遠き旅路
6時20分 JR東京駅
なにしろ安倍奥は遠い。と言う事で贅沢に新幹線を使ってアプローチします。乗車するのはまるで静岡県などはこの世に存在しないかのように振る舞うのぞみ号ではなく、鈍行の我らがこだま号です。
ちなみに本日は平日です。通勤客で混雑する平日朝の東京駅に、一目で遊びに行く所だと分かる格好で行くのは、どこか居心地の悪さを感じます。
朝からお天気は上々で、車窓には雲一つない富士山の姿がありました。本日は絶好の登山日和となりそうです。
7時47分 1時間と少々の乗車時間で静岡駅に到着しました。流石は新幹線、高いけれど早い。早いけれど高い。
続いて8時5分発の梅ヶ島温泉行きのバスに乗車します。平日と土休日では時間が微妙に異なるのでご注意ください。平日の方が出発時間が少し早いです。
秘湯と名高い梅ヶ島温泉は、安倍奥と呼ばれる安部川源流域にあります。安倍線の路線バスは1時間以上をかけて、安部川沿いを上流へ遡って行きます。
9時48分 赤沼バス停に到着しました。公共交通機関を利用して山伏に登る場合は、ここが最寄りのバス停となります。
この地には明治の初期頃まで、大谷崩れから流出した土砂による堰き止めで生じた大きな沼が存在しました。この沼の水は土砂のために真っ赤であったことが、赤沼という地名の由来になっています。
2.西日影沢ルートを登り山伏小屋を目指す
バス停のベンチで軽く腹ごしらえを済ませて、10時ちょうどに行動を開始します。まずは梅ヶ島温泉方向へ、道なりに少し進みます。
橋を渡るとすぐに左へ入って行ける小道が現れるので左折します。山伏の名はどこにも掲げられていませんが、大谷崩れと書かれた道標が道の脇に立っています。
安倍川支流の大谷川に沿って道なりに進みます。大谷川はその名の通り、大谷崩れが源頭となっている川です。
山の斜面がだいぶ激しく崩れてザレています。安倍奥の山はどこも鋭く切れ落ちた急峻な山容を持ち、谷底からの標高差が大きいのが特徴です。
分岐が現れました。西日影沢ルートの登山口へ行くにはここを左折します。なおここを直進すると、大谷崩れを直接登り上げる登山ルートに至ります。
そちらのルートも大変興味深いのですが、今回の目標は山伏と八紘嶺をつなげて歩くことにあるので、予定通り西日影沢ルートの登山口へと向かいます。
谷の先にその大谷崩れの一部が見えています。明日はあの稜線の上を歩くことになるのですが、なかなか険しそうな見た目をしています。
西日影沢に沿って、未舗装の砂利道を進みます。この河原には駐車スペースが存在し、前回山伏に登った時はそこから歩き始めました。
道の脇に水場がありました。山伏は水が豊富な山で、この先の登山道上にも水場が複数個所存在します。飲料水の携行量について、そこまで神経質になる必要は無い山です。
前回訪問時には激しく崩れて洗い越しの状態になっていた林道が、綺麗に補修されていました。ほったらかしにはされておらず、しっかりと維持管理がされている現役の道であるようです。
11時 山伏登山口まで歩いて来ました。登山開始時刻としてはかなり遅い時間ですが、本日は山伏小屋まで行けば良いだけであるため特に問題は無いでしょう。
前回歩いた時にもだいぶ荒れている感があった西日影沢ルートですが、荒廃の度合いがさらに進行していました。大雨が降るたびに、毎回地形が変わりそうな場所ですからね。
このルートについては過去に一度詳細にレポート済みなので、今回はあまり多く語らず軽めにさらっと流します。
西日影沢ではかつてはワサビの栽培が行われていて、ルート上にはワサビ田の石垣や小屋など多く人工物が残っています。里山と呼ぶには少々険しすぎる感がありますが、昔から人の暮らしいとの関わりが強い山だったのでしょう。
前日が雨だったこともあり、沢の水はかなり増水していて壮観です。水辺の登山道は涼しくて気持ちが良い。
若干うろ覚えですが、水場は全部で4ヵ所くらいありました。宿泊予定地である山伏小屋にも水場はあるので、途中で確保しておく必要はありません。
沢沿いを離れると、いよいよ尾根に向かって急登が始まります。急峻な山だけに、標高差はそれなりにあります。いっちょう気合を入れて参りましょう。
杉林の急登を登りきると、続いて今度はザレ場を横断します。有名な大谷崩れの一か所だけではなく、割とあちこちが崩れています。
こうした崩落地の多くは好展望地であり、正面に安倍東稜の十枚山(1,726m)の姿が良く見えました。余裕ぶって写真なんか撮っていないで、速やかに横断しましょう。
13時 蓮峠まで登って来ました。ここが西日影沢コースの中間地点と言ったところです。後半戦の登りに備えて、今のうちに呼吸を整えておきましょう。
蓮峠から先の登山道は尾根筋になりますが、直登するには急すぎる尾根であるため、トラバース気味に尾根の側面を登って行きます。
ザレザレの急斜面上を、細かく九十九折れを繰り返しつつ登って行く道です。登りはともかく、下りでは高度感もあってまあまあ怖いと思います。
靴一足分しか幅が無いような個所もあります。西日影沢コースは全般的に、難易度と言うか危険度はやや高めのルートです。破線扱いにするほどではないのかもしれませんが、万人向けではないかな。
いつの間にか背後に富士山が姿を見せていました。山頂まで行けばもっと良く見えるので、気にせずにどんどん上りましょう。
14時50分 百畳峠方面からの登山道との合流地点まで登って来ました。ここまで登ってくれば、山頂まではもうあと10分くらいの距離です。
山頂に向かう前に、先に本日の宿である山伏小屋で寝床を確保しておきましょう。山頂にはこの後、夕焼けの時間になってからまた登りに来ます。
3.山伏小屋で過ごす一夜
百畳峠方面に下って行くと、すぐに大きな崩落地が現れて展望が開けました。前方に見えているのは安倍川の西側に連なる山並みです。安倍西稜とでも呼べばよいのかな。
彼方に霞んで静岡市の市街地が見えています。静岡市の平野部は海際にほんの僅かな空間でしかなく、それに比べてオクシズと呼ばれる山間部の広大さが良くわかる光景です。
右手に見えているこの一際目立つ山は大無限山(2,330m)です。だいぶ以前から登りたい山リスト入りしていますが、未だに訪問が叶っていない深山です。
この山はあまりにも僻地過ぎて、まず登山口に辿り着くまでが一つの核心部です。どうやって攻略してくれようか、頭の痛い存在です。
小屋は分岐のすぐ近くにあるものだと思い込んでいたのですが、意外としっかり下ります。このあとまた山頂に行くのだから、あまり下らないでほしいのだけれどな。
右手に山伏小屋らしき建物が見えて来ました。ここから直接は下れず、左側から大きく回り込みます。
あまり樹木が育っておらず、広々としていて不思議な空間です。山伏の山頂も同じような状況で、森林限界を超える程の標高があるわけでもなく、冬の積雪量がそれほど多い訳でもないのに、樹林に覆われていないのは何故なのだろうか。
ひょっとすると鹿の食害が原因だったりするのだろうか。何となく丹沢主脈の稜線に近い雰囲気を感じます。
15時10分 山伏小屋に到着しました。正式な名称は市営山伏小屋と言うらしい。ことさら市営であることを強調していますが、営業はしておらず、実態は無人の避難小屋です。
入口の戸に、扉が開かなかったら裏口からどうぞとの旨の張り紙が張られています。実際に戸を開けようとしてみましたが、ピクリとも動きませんでした。
そういう事であれば、裏口から失礼しますよ。裏口の戸は何事もなく普通に開きました。
中心が土間になっており、その両脇に板の間のスペースがあります。見たところかなり年季が入っている建物ですが、広々としていて宿泊するのに何ら問題はなさそうです。
窓には板が打ち付けられていて、入口の戸を閉めると採光はほぼゼロになります。日中でも最初からライトを用意しておきましょう。
手早く今夜の寝床スペースを準備します。本日は平日だと言う事もあってか、他の利用者が現れることはなく貸し切り状態でした。
なお山伏小屋にトイレはありません。小屋の隣にあるこちらの人工物は、トイレではなく携帯トイレの使用ブースです。
水場は小屋のすぐ近くにあります。この日は結構な量の水が出ていましたが、かなり標高の高い地点にある水場なので、雨が少ない時期だと涸れることもあるかもしれません。
なかなか素敵なロケーションにある小屋ではありませんか。山伏と八紘嶺を繋げて歩く人の中には、麓のキャンプ場や梅ヶ島温泉に前泊して歩く人も多いかと思いますが、山伏小屋泊もオススメです。
小屋で軽く仮眠を取り、日没時間が近づいてきたところで、空荷状態で山頂へ向かいます。
鹿の姿がやけに目立ちます。逃げもせずに草を食んでいました。山伏の山頂付近が禿山状態なのは、やはりお前たちの仕業なのか。
山頂直下まで登って来ました。鹿よけの柵に守られているのはヤナギランの群生地ですが、今はまだシーズンではないため一面の枯草状態です。
枯れ木のフレームに収まるかのようにして、富士山が見えました。前回訪問時にはまったく見えなかった光景を、こうして無事に回収することが出来ました。
17時10分 山伏に登頂しました。前回の訪問から1年と9カ月ぶりで、そんなに久しぶりと言う感じでもなく、特に何の感慨もわきません。
展望は全方位には開けていませんが、所々に眺めの良い場所があります。北側には南アルプス南部の山々が良く見えます。
白根南嶺の雄、笊ヶ岳(2,629m)の姿が目を引きます。南側から見ると、隣の布引山(2,584m)の存在感が凄い。
このまだ雪を被って白い山は聖岳(3,013m)かな。他にも赤石岳(3,120m)や荒川岳(3,141m)なども見えているのですが、頭付近しか見えないのでちょっとイマイチな眺めです。
西側の空に筋状の雲が湧いてしまい、夕日はちょっと残念な感じになっていまいました。まあこういう事もあります。明日のご来光に期待しましょうか。
日没後の残光に照らされた富士山は、えもいわれぬ色合いです。この時間帯の景色は刻一刻と色が変わって行くので、見ていて飽きません。
夕日そのものはイマイチでしたが、日没後の夕焼けでは鮮やかな良い色を見せてくれました。この光景を見られただけでも、十分に来た甲斐がありました。
黄昏時の南アルプス。いい加減キリがないので、そろそろ引き上げましょう。
陽が沈むなり急激に気温が下がり寒くなって来ました。足早に山伏小屋へと引き返します。
今宵の宿に戻って来ました。小屋の周囲には鹿以外の生き物の気配もなく、静まり返っていました。
もともと山ではお湯を沸かす以外の調理をしたことがりませんでしたが、最近はそれすらも億劫になりストーブすら持ち歩かなくなりました。スキムミルク(脱脂粉乳)を混ぜた水にシリアルを入れただけの、健康的かつ文化的な食事を取ります。
食事を済ませた後は、もう何もする事はありません。翌日に備えて早々と寝床に入りました。おやすみなさいZzzzz。
4.山伏山頂からご来光を望む(しかし日の出には間に合わなかった)
明けて4時30分。息を切らしながら必死の形相で山伏山頂に向かって駆け上がる、一人のおっさんの姿がありました。
本日の山伏山頂のご来光時間は4時40分頃なのですが、アラームの時刻設定を間違えると言う実にしょうもないミスにより出遅れました。
必至の努力も空しく、無情にも山頂に到着する前に太陽が昇って来てしまいました。わざわざ山で一泊しておきながらご来光に出遅れるとは、我ながらありえない無能さ加減です。
4時43分 なんとか富士山が見える場所にまで登って来ました。ぜ-はーぜ-はー。地平線から陽が昇ってくる瞬間こそ見逃しましたが、一応はギリギリご来光が見れたと言う事にしてしまって良いのだろうか。
・・・いや駄目ですよね、はい。
昨日のフレームのように見える枯れ木越しのご来光(?)も一枚押さえておく。ホントは4時30分までには到着して待機しているつもりだったのに。ぐぎぎぎぎ。
4時50分 1日ぶり3度目の山伏に登頂しました。出だしからいきなり大失敗しましたが、今日も一日良いお天気になりそうです。
山伏は静岡県と山梨県の境界上に位置しており、山梨百名山にも選ばれています。山頂の一番眺めの良い場所は静岡県に取られてしまったらしく、富士山があるのとは反対側に標柱が立っていました。
先日見た時にはもう日が傾いていたので、あらためまして朝日に照らされた笊ヶ岳です。あまり気にもしていませんでしたが、これだけ近いと言う事は笊ヶ岳からも山伏が良く見えていたんでしょうね。
南アルプス南部の山々も朝日に照らされて輝いています。・・・頭の部分しか見えませんが。
5.迫力満点の大崩落地、大谷崩れ
5時20分 八紘嶺方面に向かって行動を開始します。この先は自身にとって初めて足を踏み入れる領域です。始めからいきなり踏み跡が心許ない感じですな。
山伏は安倍奥エリアの最高峰であるため、この先の道は基本的には下りが主体となります。と言っても、山伏と大谷嶺にはほとんど標高差が無く、ほぼ同じくらいの高さではありますが。
如何にも南アルプスの山らし雰囲気が漂う、苔生した亜高山帯の森です。荒れているとまで言うほどではありませんが、立ち枯れや倒木の姿が目立ちます。
始めのうちはあまりアップダウンも大きくなく、幅の広い緩やかな尾根道です。ただ倒木が多くて踏み跡も不明瞭であるため、歩きやすいかと問われると、あまり歩きやすくはない感じです。
幅の広い尾根なのですが、尾根の中心がU字型に窪んだ不思議な地形になっています。これは二重山稜の線状凹地(せんじょうおうち)と呼ばれているもので、尾根の片側が谷側にずり落ちる過程で生じる地形です。
大規模な山体崩壊の前兆であるとも考えられており、この山域の崩落が現在進行形であることを物語っています。
不自然なくらいに中心が陥没しています。私自身は登ったことがありませんが、南アルプスの光岳(2,592m)の稜線上でも、大々的な線状凹地がみられるのだとか。
光岳は日本百名山に名を連ねている山でありながら、見所の乏しい地味山だとみなされがちなので、登る予定がある人はこの線状凹地に注目しながら歩いてみては如何だろうか。
え?ただの尾根上の窪みになんか誰も興味がないって?そうですか・・・。
5時55分 逢沢の頭と書かれた、あまりピーク感のない地点を通過します。一応アップダウンはあるにはあるのですが緩やかで、山を登っているというよりは、ただ深い森の中を彷徨っているかのような気分になります。
残置ワイヤーが散乱していました。こんな山奥にまで、かつては一度林業の手が加わっていたことを物語っています。伐採した木材を搬出するのも容易ではないだろうに、採算が取れていたのだろうか。
ここだけを見ると実に奥秩父っぽいと言うか、雁坂嶺の辺りと雰囲気が良く似ています。・・・その例えでわかる人がどれくらいいるのかはさておき。
6時20分 続いて今度は大平沢の頭と銘打たれたピークを通過します。ここを過ぎると、稜線は真面目に標高を落とし始めました。
ナイフリッジとまではいきませんが、両側が切れ落ちた細尾根を下って行きます。足元には十分注意して参りましょう。
木の隙間から北岳(3,193m)の姿が見えました。南側から見ると鋭く尖った山容で、普段見慣れているバットレスの横っ腹を晒した姿とはだいぶ趣が異なります。
笊ヶ岳との距離もだいぶ近くなりました。個人的にとても思い入れが深い山なので、ついつい注目してしまいます。
反対側には安倍東稜線の山並み。この先に進めばもっとよく見える場所があるので、いつまでも立ち止まっていないで進みましょう。
足元に萎れかけたイワカガミが咲いていました。そうそう花と言えば、時期的にはちょうど八紘嶺の周辺にシロヤシオが咲く季節です。今年はツツジの外れ年だと言われていますが、果たして咲いていてくれるでしょうか。
ここで前方に大谷崩れがその姿を見せました。日本三大崩れの一つという肩書は伊達ではなく、山の片側がゴッソリと根こそぎ崩れています。なるほど確かにこれは凄まじい光景です。
この崩落は西暦で言うと1707年の宝永地震によって生じた考えられており、流出した大量の土砂によりかつては巨大な堰止湖が存在していました。
崩落は現在も進行しており、暴れ川として昔から悪名高い安倍川に、大雨が降るたびに大量の土砂を流し込む元凶となっています。
いきなりの景色の変容ぶりにあっけにとられつつも、鞍部まで下って来ました。
7時 新窪乗越に到着しました。緩やかな尾根道なのはここまでで、この先は大谷嶺に向かって険しい登り返しとなります。
樹林が根こそぎ崩れ落ちている崩落地だけに、眺めはすこぶる良好です。安倍奥と呼ばれる一帯の山々を一望することが出来ます。
初日に少し触れましたが、この大谷崩れを直接登り下りする登山道も存在します。なるほど確かに九十九折れっぽい道があるのが見えますが、しかしこの崩落地の上を直接歩こうとか正気か。
大谷嶺へと向かう登山道は、崩落地のすぐ脇につけられていました。し、正気か?(2度目)
崩落地に取り残された岩が、空に向かって突き出しています。赤岳のキレットルートに、確かこんな感じの岩があったっような。
振り返って見ると凄まじい迫力の光景です。なかなか来るのも容易ではない場所ですが、山伏に登るのであれば大谷崩れまでは是非とも足を伸ばしてみてほしいところです。
この光景は本日のハイライトだと思うので、横アングルの写真も掲載してておきます。いやはや本当に凄まじい。
静岡市の中心がある静岡平野は、主に安部川が運んだ土砂の堆積によって作り出された沖積平野です。ここから流れ出て行った大量の土砂が、河口付近に平野を作り出している訳ですな。
なんと言うか、地球はすげえなと言う感想しか湧いてこない光景です。
このまま崩落地のフチを歩かされ続けるのかなと思いましたが、流石にそれは難しかったのか、崩れていない北側の斜面のトラバースに移りました。
ようやく山頂が見えて来ました。崩落地にばかり目を奪われてしまいますが、山頂の直下は登山道自体もかなり急峻です。よそ見をしていないで真面目に歩きましょう。
山頂のすぐ下まで崩れています。法面で固められる様なサイズ感の崩落地ではないし、崩れるに任せる以外に選択の余地はないでしょう。安部川の治水事業に終わりはなさそうです。
あまりに一瞬の出来事だったので盛大にブレてしまいましたが、崩落地を鹿の親子が駆け下りて行きました。し、正気か?(3度目)もし仮に鹿ではなく人間がここで大砂走を敢行したら、どのような結末を迎えるだろうか。
山頂に向かってラストスパートです。最後まで気の抜けないザレた急登でした。
8時 大谷嶺に登頂しました。その名の通り大谷崩れ上にあるピークで、別名で行田山とも言います。
山頂は平坦で割と広々しています。ここだけを見ると、山頂のすぐ下まで崩れている山の光景だとは思えないくらいです。
しかしフチまで行って下を覗き込んでみると、この通り派手に崩れています。自分でやっておいてから言うのもなんですが、いつ大きく崩れたとしても不思議ではない状態なので、あまり端の方には近づかない方が無難だと思います。
背後を振り返ると、山伏とここまで歩いてきた稜線が見えます。山頂付近だけを見ると緩やかそうな山容に見えるのですけれど、実際は谷に向かって鋭く切れ落ちています。
安倍川下流方面の眺めは何度見ても圧巻です。この谷のスケール感は、南アルプスの3,000メートル級の山からの光景にも引けを取らないと思います。
6.意外に険しい八紘嶺への道程
大谷崩れからの絶景を十分に堪能しました。あとは八紘嶺まで繋げるのみ。八紘嶺の標高は大谷嶺よりもわずかに低いので、アップダウンがあるにせよこの先も基本的には下り基調です。
大谷崩れの荒々しさが嘘のように、緩やかなで歩きやすい尾根が続いています。ひょっとして八紘嶺までの区間は、ずっとこの調子で楽に歩けるのでしょうか。
と、この時はまだそう思っていました。実際はそう甘くはありませんでしたが。
まだ蕾のミツバツツジがチラホラとありました。それとは別に、先ほどからヤシオツツジだと思われる木を何度も見かけるのですが、しかし花が咲いている個体は全くありません。やはり今年はだめなのか。
ここでようやく、本日第一号となるシロヤシオを発見しました。ああよかった。疎らではありますが、咲いていてくれましたか。
時期的にまだ早いと言うわけでもなく、そもそも蕾を付けている木自体がほとんど見当りません。今年はツツジの裏年であるとは散々言われて来た事でしたが、よもやここまで壊滅的だとは。
左手に七面山(1,989 m)へと続く稜線が見えます。この八紘嶺から七面山への縦走路も一度歩いてみたいのですが、行程的に宿坊での一泊を挟まないとなかなか厳しそうです。
八紘嶺の本体に近づいてきたところで、ここまでの歩きやすい尾根から一転して、両側が切れ落ちた細尾根のアップダウンが連続します。気を引き締めて参りましょう。
山と高原地図上では、八紘嶺の山頂直下にキレットとだけ無造作に書かれています。キレットとは深く切れ込んだ尾根上の鞍部を指す言葉ですが、この名が付いている場所は往々にして難所であることが多いです。
安全のためにトラロープが張られた痩せ尾根を下って行きます。どうせこの後すぐにまた登り返すのだから、あまり下らないでほしいのだけれどな。
続いて今度は靴一足分の幅ギリギリしかないトラバースです。なるほど確かにこれは難所かもしれない。
最後はトラバースからのザレ場の登りです。このザレ場の下はそのまま谷底へ一直線になっており、登りはとにかく反対向きに下るのは相当怖そうなポイントです。
キレット部を突破すると、山頂に向かって胸を突くような急登が始まります。見事なツツジのトンネルになっているのですが、しかし悲しいかな咲いている個体は全く見当たりません。
振り返って見た稜線は至って緩やかな外観で、よもやここにキレットが潜んでいようとは思ってもいませんでした。登山道といのは、なかなか見た目ではわからないものですね。
良い感じに息も上がって来たところで、ようやく山頂が現れました。
9時55分 八紘嶺に登頂しました。こちらも自身2度目となる訪問です。これで山伏と八紘嶺を繋げて歩いてみたいと言う、当初の目標は無事に達成されました。
7.山伏&八紘嶺登山 下山編 秘湯の湯を目指して梅ヶ島温泉へと下る
八紘嶺の山頂には展望がありませんが、山頂から少し下った地点に視界の開けた笹原があります。安倍川の流域全体を見渡すことのできる絶景ポイントです。
ここも前回訪問時にはどんよりと曇ってしまってまっていた場所なので、ようやく安倍奥の全容を目にすることが出来ました。期待していた通りの大絶景です。
笹原から見たお隣の大谷嶺です。大谷崩れがあるのは反対側になるため、八紘嶺側から見る分には至って普通の山にしか見えません。
陽当たりの問題なのか、まだ標高はほとんど下がっていないのに、この辺りではミツバツツジが開花しつつありました。ここでもやはり、そもそも花が咲いている個体自体が少なめです。
往路の山伏があれだけ急峻な登山道だったわけですから、八紘嶺からの下山路についても同じようなものです。谷底に向かって急坂で一気に標高を落として行きます。
道中は全般的にあまり眺めは良くないですが、時よりこうして富士山が見えるスポットがあります。八紘嶺は直線距離的にかなり富士山に近い位置にあるため、裾野まで含めて大きく見えます。何気に富士展望の山だったのですね。
全体的にザレていて油断がならない点においても、往路の山伏と似たり寄ったりな登山道です。
だいぶ下ってきたところで、ようやくまとまって咲いているシロヤシオにお目にかかることが出来ました。
既に花弁が茶色くなり始めているので、ほぼ終わりかけの状態です。それでもこうして今年もシロヤシオを見れただけ満足です。
11時10分 富士見台と呼ばれている地点を通過します。名前とは裏腹に樹木の成長によって富士山は殆ど見えなくなっており、その代わりと言ってはなんですが毛無山(1,964m)が良く見えます。
毛無山を見たいと言う人が、果たしてどれくらいいるのかはひとまずさておき。
富士見台の標高の周辺がシロヤシオの盛りで、これ以降はもうパタリと見かけなくなりました。この辺りからもう、私の頭の中は完全に下山後の温泉モードへと切り替わりました。
11時35分 八紘嶺登山口まで下って来ました。これでもう終わったかのような雰囲気が漂いますが、残念ながら梅ヶ島温泉まではまだもうひと下り残っています。
あとひと踏ん張り頑張って下りましょう。最後の区間は、杉林の急斜面をひたすらジグザクと九十九折れに下ります。面白味はありませんが、効率よく標高差を稼げるタイプの道であると言えます。
12時25分 後半はだいぶ端折りましたが、無事に梅ヶ島温泉まで下って来ました。既に帰路のバスが折り返し場に待機していました。
バス停は一旦素通りして、このまま温泉へと直行します。なにしろこちとら、途中からはそれだけを楽しみに下って来たのですから。
お食事処とお土産屋と日帰り温泉が混然一体となった謎の施設、虹乃湯に立ち寄って行きます。若干うろ覚えですが、日帰り入浴は確か700円でした。
後から取って付けたかのようなかなり狭い浴場でしたが、お湯自体は文句なしの素晴らしさでした。梅ヶ島温泉はとてもイイですね。
心地よい疲労感とともに、13時11分発のバスに乗り込み長い長い帰宅の途に着きました。
ご来光の時間にギリギリ間に合わないと言う実にしょうもない失敗はありましたが、2日間共に最高の天気に恵まれた会心の山行でした。
安倍奥は個人的にお気に入りのエリアで、これまでもちょくちょく足を運んできましたが、今回はその魅力を再発見する事が出来たと思います。大谷崩れを見ずして、安倍奥を語ることは出来ません
山伏にしろ八紘嶺にしろ、どちらもそこにしかない多くの魅力が溢れている山ですが、そこへ大谷崩れの絶景を加えることによって、より完全な体験になります。
安倍奥の山を既に知る人も知らない人も、このあまり知られざる山域を一回り巡ってみては如何でしょうか。
<コースタイム>
一日目
赤沼バス停(10:00)-山伏登山口(11:00)-蓮峠(13:00)-山伏小屋(15:10)
二日目
山伏小屋(4:25)-山伏(4:50~5:20)-新窪乗越(7:00)-大谷嶺(8:00~8:20)-八紘嶺(9:55~10:15)-富士見台(11:10)-八個嶺登山口(11:35)-梅ヶ島温泉バス停(12:25)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント
オオツキ様こんにちは。
いつも楽しく拝見させて頂いております。
深南部の魅力的な記事ありがとうございます。
未だこの辺りは未踏ですが南アルプス好きなので歩いてみたいと思います。
出来れば同じルートたどりたいなぁ
大無間山も魅力ありますよね、崩落が激しいらしく早いところ行っときたいと思ってますが。。。
2日間お疲れ様でした!!
ゴトさま
コメントをありがとうございます。
安倍奥の山は雰囲気が独特で、マイナールート好きの好事家には確実に刺さると思います。梅ヶ島温泉行きのバスがあるので、交通アクセスがそこまで悪くないのもポイント高しです。