長野県と群馬県の境界にまたがる浅間山(あさまやま)に登りました。
その圧倒的な大きさと特徴的なシルエットにより、関東甲信地方にある多くの山の頂から目にすることの出来る、極めてシンボリックな地域を代表する名峰です。活発に活動中の火山であり、遠目にも山頂からは常時噴煙が上がっている様子をうかがうことが出来ます。
約3年ぶりとなる噴火警戒レベルの引き下げを受けて、山頂目前の前掛山へと繰り出して来ました。
2019年1月13日に旅す。
本格的な冬の到来からこのかた、近場の低山歩きで茶を濁す日々を送って来ましたが、今回は久方ぶりとなる長野県への遠征です。雪をかぶってプリン・ア・ラ・モードと化した浅間山に登って来ました。
浅間山は、東日本で最大級の規模を誇る現役の活火山です。この山は有史以来このかた、幾度なく大規模な噴火を引き起こしてきました。山頂の火口からは、今なお常時盛んに噴煙を巻き上げています。
長らく山頂2km圏内に立ち入り規制の敷かれていた浅間山ですが、2018年の8月末に噴火警戒レベルが1に引き下げられました。山頂へは未だに立ち入り禁止であるものの、第二外輪にある前掛山までの登山が可能です。
浅間山は永世雪山初心者である自分の技量でも、冬期に登ることが出来そうな貴重な山の一つです。そんなわけで、噴火警戒レベル引下げのニュースを聞いてからずっと、雪が付く頃合いを待ちわびていました。
かくして訪れた冬の浅間山。晴天にも恵まれて、爽快な一日となりました。
コース
浅間山荘よりスタートし、湯ノ平を経て前掛け山へ登頂する。下山は、草滑りを登ってトーミの頭を越え、車坂峠へと下ります。
標準コースタイム7時20分ほどの、そこそこ歩きごたえのある行程です。
1.浅間山登山 アプローチ編 新幹線とタクシーを乗り継ぎ浅間山荘へ
6時25分 JR東京駅
まだ夜明け間の真っ暗な東京駅よりおはようございます。東京駅から北陸新幹線に乗り込み、浅間山の懐である軽井沢へと向かいます。
浅間山は都内発の公共交通機関利用であっても、日帰り登山が可能な山です。可能ではありますが、それなりに遠い場所なので交通費は相応にかかります。
7時37分 軽井沢駅に到着しました。
降り立つなり、まるで刺すような空気の冷たさを肌に感じます。冬の軽井沢の寒さというのは、東京の寒さとはステージが違う感じです。
軽井沢の駅前から、本日の浅間山の天気を占ってみましょう。結果はごらんの通り、シルキーな雲を纏っております。
これはこの後に乗車したタクシーの運転手さんから聞いた話ですが、冬の小諸や軽井沢の天気というのは、常にこんな感じなのだそうです。
これは雲が低く垂れこめているだけで、山の上には見事な雲海が広がっているので、気落ちすることはありません。
軽井沢駅から第三セクター線のしなの鉄道に乗り換えて、小諸駅へ向かいます。
しなの鉄道名物(?)の手動ドアです。押ボタン式の手動ではなく、文字通りの手動です。
8時5分 小諸駅に到着しました。
小諸はどんよりした飴色の空に覆われていました。「これを見てがっかりしてしまうお客さんが多いんですよ」とは、タクシー運転手さんの言です。
小諸駅からタクシーで、登山口のある浅間山荘へ向かいます。事前に予約せずとも、2~3台は常に駅前に待機しています。
バスも一日二往復だけはあるにはあるのですが、登山開始時間が遅くなるうえに、そこへさらに約1時間の林道歩きがプラスされます。コースタイム的に見て、バス利用での浅間山日帰り登山は、かなりシビアな行程だと言えるでしょう。
なので、今回はケチらずに素直にタクシーにしました。
8時30分 浅間山荘天狗館に到着しました。
ここまでの運賃は4,400円でした。途中からは未舗装のダートですが、小諸のタクシードライバーからすれば慣れっこな道らしく、特に嫌がられはしません。
ちなみにこの浅間山荘というのは、例の鉄球でボコボコにされたあさま山荘とは無関係です。総括される心配はありません。
登山口は山荘の脇にあります。この時点で既に六合目の標識が立っていました。となると、一合目は麓の小諸市内なのでしょうか。
入り口脇に噴火警戒レベルの掲示があります。現在はレベル1という事で、第二外輪の前掛山まで入れます。
長野県の条例により、浅間山へ入山する登山者は登山計画書の提出が義務化されています。用紙と筆記用具が備え付けられているので、提出してから出発しましょう。
鉛筆を持つために手袋を外して素手を露出させたら、ほんの僅かな時間であったにも関わらず、指先がかじかんで感覚がなくなりました。寒すぎる。
2.外輪山の切れ目に沿って続く、静寂な森の登山道
身支度を整えて8時40分に行動を開始します。始めは林道に沿って奥へと進んで行きます。
赤茶けた色の沢が流れています。この特異な色は温泉が混じっているためで、周囲にはほのかな硫黄臭が漂ていました。
ほどなく林道から外れて、登山道がスタートします。全般的にゆるい傾斜の道で、凍結もしていなかったためアイゼン無しで問題なく歩けました。
登り始めて30分ほどで、一ノ鳥居に到着しました。ここから沢沿いに進んで不動滝に至るルートとの分岐があるらしいのですが、完全に雪に埋もれて判別できませんでした。
雪には音を反響せずに吸収する性質があるため、雪の積もった山の中と言うのは、耳鳴りがするくらい静寂な空間です。自分の足音と心音だけが聞こえてくる、静まり返った森の中を登って行きます。
正面に牙山(ぎっぱやま)と呼ばれる鋭い岩峰が見えます。浅間山の第一外輪の切れ端です。今歩いている火山館コースは、浸食によって作られた外輪の切れ目の谷に沿ってつけられています。
9時30分 二ノ鳥居に到着しました。ここまで、極めて快調なペースです。
鳥居なんてどこいもないじゃないかと思いきや、傍らに無残な姿を晒しておりました。老朽化により倒壊してしまった模様。
再建のための募金を募っているとこことです。そう言えば確かに、登山届の投函ポストのあった場所に、募金箱が置いてあったような。
二ノ鳥居を越えたところで、谷間にある登山道に陽が差し込んできました。先ほどまで冷えきっていた全身が、温まって行くのを感じます。太陽すげえ。
背後に諏訪富士の異名を持つ北八ヶ岳の名峰、蓼科山(2,530m)の姿が見えました。
外輪の断崖絶壁を横目に登って行きます。サングラス非携帯のため、雪の照り返しが眩しくてかないません。
ここでようやく、プリンのてっぺんがお目見えです。これからあそこまで行こうとしているわけですが、まだまだ大きな標高差が残っておりますな。
視界が開けた場所に出ました。この付近一帯からは温泉が湧出しており、周囲には極めて濃厚な硫化水素臭が漂っていました。
崖から温水が染み出てきています。この場所は火山性ガスが溜まりやすい場所なので、決して底には下りず足早に通過して下さい。
振り返って仰ぎ見た牙山は、こんな迫力満点の姿をしていました。
10時25分 火山館まで登ってきました。
小諸市が管理する無料の休憩所です。山小屋ではないので、宿泊はできません。
中では薪ストーブが焚かれているようですね。一度温まってしまうと、その後の決意が鈍りそうだったので、中に入ってはみませんでしたが。
日本全国に存在する浅間神社は基本的に富士山を信仰の対象としていますが、この浅間神社は正真正銘の浅間山そのものを信仰している神社です。
ここからはアイゼン装着で行きます。12本爪ではなく、前爪の無い6本爪です。火山館コースであれば、浅間山は軽アイゼンとストックだけで十分な山です。当然ながら、晴天であればですよ?
3.浅間山登山 登頂編 寒風吹き晒しの斜面を登り、山頂目前の前掛山へ
火山館を過ぎると辺りは平坦な空間となります。ここは第一外輪山のカルデラの底に当たる場所で、湯ノ平と呼ばれています。
この絶壁のように立ちはだかっているのが、その第一外輪山です。本日の計画では、下山時にこの外輪を越えて車坂峠へ向かう予定です。
浅間山本体に向けて、カラマツ林の中を登って行きます。ゆるい傾斜の歩きやすい道ですが、何気に結構長いです。
Jバンド方面との分岐地点までやってきました。噴火警戒レベルが2の時は、立ち入れるのはここまでです。ここから先はいよいよ、私にとって未知の領域となります。
森が切れたところで、目の前に巨大プリンがその姿を現しました。惚れ惚れするくらいでっかい山ですなあ。大きいことは良いことだ!
フロイトによると、男性が大きなものを好むのには理由が・・・いや、何でもありません。
遠くから見る分には、とてもなだらかそうに見えますが、さすがに直登出来るような傾斜度ではありません。という事で、登山道は山腹を大きく回り込むようにして続いています。
周囲に樹木が無くなったことに伴い、風が強くなってきました。
前方に広がるのは志賀高原の山々です。豪雪地帯として知られる一帯ですが、こうして見ると今年は驚くほど雪が少ないですね。
左方向に見ているこちらの山は四阿山(あずまやさん)(2,354m)です。あちらも浅間山と同様の成層火山ですが、すでに火山活動は休止しています。
上に行くに従い徐々に傾斜度が増して行きます。雪が堅く締まっている分には問題ありませんでしたが、緩みかけている季節だと少し怖いかもしれません。
チェーンスパイクで登っている人の姿もチラホラ見かけましたが、刃のストロークが長い軽アイゼンの方が安心感のある傾斜度です。
11時50分 稜線まで登って来ました。稜線に出るなり、これまでとは桁違いの強風に晒されます。
この日の浅間山山頂の風速は15メートルとの予報となっていましたが、これは浅間山としては比較的穏やかな方なのだそうです。
周囲を遮るものがなにも無い独立峰の浅間山は、西高東低の冬型の気圧配置化において、非常に強い風が吹きます。
目の前に浅間山の山頂がありますが、この先は噴火警戒レベルが1であっても立ち入り禁止です。
山頂のすぐ脇にある第二外輪の前掛山が、登ることのできる最高地点となります。
眼下に広がるのは、高原野菜の産地として名高い群馬県の嬬恋村です。
山頂と第二外輪との間の空間に、緊急避難用のシェルターがあります。いかにも現役の活火山らしい、ものものしい光景です。
火山弾の直撃にも耐えうるよう設計された、肉厚の鉄筋コンクリート製です。でも溶岩が垂れてきたらどう考えても助からないですよね。
前掛山の頂上を目指しましょう。強風に体を揺さぶられながら、外輪の稜線に沿って登って行きます。
右手には第一外輪の全容を一望できます。絵にかいたような典型的馬蹄形カルデラです。
外輪の背後には、真っ白に冠雪した北アルプスの山並みが見えました。
前掛山の直下は断崖絶壁となっていおり迫力満点です。遠目にはプリンのようにしか見えない浅間山頂は、こんなことになっていたのですね。
12時15分 前掛山に登頂しました。
浅間山荘を出発してから3時間35分での到着です。結構良いペースでした。
山頂の様子
山頂とは言っても、単に外輪稜線の一番高い地点であるというだけのの場所です。両側が切れ落ちており、あまり広くはありません
4.前掛山山頂からの大展望
付近で最も標高の高い独立峰であるだけに、浅間山からの展望はすこぶる良好です。こちらは北アルプスの槍ヶ岳から穂高連峰へと続く山並み。
続いて中央アルプスです。左手前にある丘のようなシルエットの山は霧ヶ峰(1,925m)です。
どこからでも目立つこのひと際大きな山は木曽御嶽山(3,067m)。今年は登れるかな。
御嶽と同じくらい大きくて目立つ乗鞍岳(3,026m)。おそらくは最も簡単に登頂できる3,000メートル峰です。
富士山が頭だけを覗かせていました。小さく五丈岩のようなものが見えるので、富士山の手前にある山は金峰山(2,599m)だと思います。
行きしに脇を通って来た牙山が眼下に目えます。ちょうどここだけが、外輪山の切れ目になっているのがよくわかります。
目の前の山頂からは、まるで雲のような噴煙が絶えることなく吐き出され、風にたなびいていました。果たして自分が生きているうちに、あの場所に立つことが出来る日は訪れるのでしょうか。
山頂から、ここまで歩いてきた第二外輪を振り返る。如何にも火山らしい、生き物の姿が一切ない荒涼たる光景です。
5.草滑りの急坂を乗り越え、浅間山の好展望地トーミの頭へ
12時30分 山頂は吹きっ晒しで、寒いことこの上ありません。名残惜しですが、15分ほどの滞在時間で山頂を後にします。
すこしガスが出て来ました。まるで私の登頂を待ってくれていたかのような、ギリギリのタイミングでした。
ナルゲンボトルに入れてあった行動食は、凍結してコチンコチンです。歯ごたえがありすぎて、咀嚼するのに苦労しました。
急斜面を慎重に下ります。ピッケルは持っていないので、一度滑り出したらそのまま下まで止まらないかもしれません。
この時間帯になっても、まだ下から登ってってくる人が結構多くいました。帰りの時間を気にしなくてよいマイカー組でしょうかね。
雪山の下山はあっという間です。という事で、実にテンポよく下まで戻ってきました。
13時30分 湯ノ平口まで下ってきました。
このまま直進してスタート地点の浅間山荘に戻るのが、もっとも簡単な下山の行程でありましょう。
しかしここはあえて、草滑りの急坂を越えてトーミの頭を目指します。トーミの頭から、浅間山そのものの姿を写真に収めるためであることは言うまでもありません。
という事で草滑り方向へと進路を変更します。前方にはこれから越える第一外輪山が、まるで絶壁のような傾斜度で立ちはだかります。
ちなみに、この岩がトーミの頭です。どうやって登るのか疑問に思うような姿をしていますが、道はしっかり存在します。
木が無い頭上の開けた場所は、トレースを外れた途端に膝の上まで埋まるくらいの積雪量です。
では張り切って登りましょうかね。それにしても、凄い傾斜度だ・・・・
登り始めたところで背後を振り返ると、見事な浅間山プリンの姿が見えました。上まで行かなくとも、もうこれだけで十分なんじゃないだろうか。
浅間山は軽アイゼンでも登れる山だと言いましたが、それは火山館コースを歩く場合に限った話です。草滑りの急登は、前爪の無いアイゼンでは辛いものがありました。
キックステップでつま先を蹴り込みながら登って行くわけですが、それでもズルズルと滑ってなかなか登れません。思いほか大きくスタミナを消耗する、苦しい展開です。
振り返って見降ろすと、こんな急斜面です。登りはまだしも、下る際にはピッケルがないと危険だと思います。
14時45分 トーミの頭に登頂しました。
この不思議な名称は、遠見(とおみ)が訛った結果だと言われています。
トーミの頭は最高の浅間山展望台の一つです。この通り、真正面にその全容を眺めることが出来ます。
トーミの頭から見た前掛山と浅間山山頂の位置関係はこのようになっています。遠くから見る分には、どちらも山頂の一部のようなものですよね。
こちらは第一外輪山の最高峰である黒斑山(くろふやま)(2,404m)です。
黒斑山から鋸山へと続く外輪の稜線。もうすこし時間に余裕があれば、Jバンドを経由してこの稜線も一緒に歩きたかったのですけれどね。
眼下に広がるのは小諸市と佐久市の街並みです。左奥には雲をかぶった八ヶ岳連邦の姿が見えます。
風に乗って時より能天気な音楽が聞こえてきます。アサマ2000スキー場からの音でしょう。
6.浅間山登山 下山編 樹林帯の中コースを通り車坂峠へ
展望は無いけど最短で下れる中コースで下山します。見晴らしの良い展望コースというのも存在しますが、そちらは若干の登り返しがあります。草滑りですっかり体力を消耗しきっていた私は、もう登りはお腹いっぱいです。
森の中の道は、まるでボブスレーのコースか何かのような状態になっていました。橇か何かで一気に駆け抜けてみたい。
少し下った所で、森の中から出て正面の眺望が開けました。高峰高原と呼ばれる高原リゾート地が広がっているのが一望できます。
日の当たる場所の雪はだいぶ緩んでいまいした。こうなるとアイゼンの刃はもはや何の用も成しません。スリップしないように小股で慎重に下ります。
15時40分 車坂峠に下山しました。
この場所がちょうど、群馬県と長野県の県境となっています。
一日に二往復だけ路線バスが走っています。スキー場があるおかげか、冬でも除雪がされており冬期運休にはなりません。
バス停のすぐ脇に日帰り入浴が可能な温泉があるのですが、バスがやってくるまでの時間を考えると、カラスの行水しかできそうになかったので諦めました。
時刻表より少し遅て現れたバスに乗り込み、長い長い帰宅の途につきました。
浅間山プリンアラモードを訪ねる旅は、晴天にも恵まれて大満足の内に幕を下ろしました。浅間山にしては風も比較的穏やかで、絶好の登山日和に訪問することが出来たと思います。
本文中でも触れた通り火山館コースに限って言えば、冬期の浅間山には特段の危険個所は存在せず、軽アイゼンとストックだけでも十分に登ることが可能です。ただし、草滑りを登下降する気があるのであらば、12本爪アイゼンを履いていった方が無難です。
今なお活発な火山活動を続ける浅間山は、いつまたまた噴火警戒レベルが引き上げられてもおかしくない、極めて不安定な存在です。訪問を考えているのであれば、早めに行かれることを推奨いたします。非常に満足度の高い、素晴らしい山であることは保証します。
<コースタイム>
浅間山荘(8:40)-火山館(10:25~10:35)-前掛山(12:15~12:30)-湯ノ平口(13:30)-トーミの頭(14:45~15:00)-車坂峠(15:40)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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