碓氷峠アプトの道 信越本線の廃線跡を巡る遊歩道

アプトの道 めがね橋群馬県安中市にある碓氷峠アプトの道を歩いてきました。
長野新幹線の開通に伴い廃線となった、JR信越本線の碓氷峠区間を整備して作られた遊歩道です。明治時代に作られたレンガ造りのトンネルや橋梁などの、貴重な遺構を見て回ることができます。
かつての幹線の跡地で、碓氷峠の歴史に触れるお散歩をして来ました。

2018年7月8日に旅す。

 


warning!
この記事は鉄分過剰です。野菜中心の食事やサプリメントなど活用し、バランスの良い栄養補給を心掛けてください。

1.プロローグ 碓氷峠と信越本線

唐突ですが、JR信越線という路線をご存知でしょうか。

地元の方であれば当然良く知っていることでしょう。そうでなくとも、信越という名前からして、なんとなく長野と新潟を結んでいる路線なのだろうなとは、容易に想像がつくところです。

ところがこの信越線、現在の路線図を見ると、長野にも新潟まったく足を踏み入れていません。群馬県内の高崎から横川を結ぶ、行きどまりの盲腸線となっています。
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何故こんなことになっているのか。その答えは、盲腸の先にある場所にあります。

その場所こそが今回の舞台、碓氷峠(うすいとうげ)です。
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峠とはもともと地形上の境界を形成する場所でありますが、碓氷峠はそれだけではなく、実に様々なものの境界となっている場所です。

まず初めにこの場所は、上信国境であり群馬県と長野県の境界です。それは同時に、関東地方と中部地方の境であることも意味します。

日本の中央分水嶺でもあります。群馬側に降った雨は利根川へ流れ太平洋へと注ぎ、長野側に降った雨は信濃川となって日本海に注ぎます。

また碓氷峠は(行政上ではなく地質上の)東日本と西日本の境界でもあります。

そんな境目の場所であるがゆえに、この峠には古代より数々の道が存在しました。江戸時代には五街道の一つである中山道(なかせんどう)がこの峠を通っており、関所が置かれていました。
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中山道は、海際を進む東海道に対して、内陸部を迂回するバイパス路として、西日本と東日本結ぶ極めて重要な道でした。

距離で言うなら東海道を行く方が断然近いのですが、東海道にはしばし氾濫しては旅人に足止めを食らわせる大井川という一台障壁が立ちはだかっており、多少遠回りになろうとも中山道の方を好む旅人は多かったと伝えられています。

碓氷峠は、峠の両側で標高が著しく異なる典型的な方峠(かたとうげ)です。西側の軽井沢と東側の横川とでは、実に550メートルもの標高差がります。
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信州の高原台地が関東地方へと沈み込む境界であり、峠と言うよりは単なる坂だと思った方がしっくり来るかもしれません。

近代以前の日本では、現在の関東地方のことを坂東(ばんとう)と呼びました。文字通り坂の東にある地という意味ですが、この坂とは碓氷峠の事を指していたとも言われます。

明治時代に入ると、この日本の広域交通にとって極めて重要な峠に鉄道を通そうという試みが、早くから計画されます。しかし、僅か10kmほどの距離の間に、550メートルもの標高差を登らねばならない急勾配が、技術的な難問となって立ちはだかります。

この問題をクリアするために取り入れられたのが、スイスの山岳鉄道から取り入れたアプト式と呼ばれる方式です。
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レールの中間にラックレールと呼ばれる突起のある第三の軌道を敷き、そこに歯車の車輪を咬み合わせることにより、急勾配での空転を防ぎ安全性を確保する方式です。

こうして碓氷峠区間にアプト式を取り入れた信越本線は、明治26年に全線が開通しました。

戦後の高度経済成長期に入ると、信越本線の輸送需要は増え続け、通過に時間のかかるアプト区間が大きなボトルネックとなります。

この問題を解消するため、昭和38年に碓氷峠区間が複線化されると同時に、アプト式は廃止となりました。以降は電気機関車を増結した状態で、通常の粘着運転が行われるようになります。
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これにより開業当初は47分掛かっていた碓氷峠越えは、17分にまで短縮されました。

碓氷峠のボトルネックを解消し、世界的な観光地の軽井沢と東京とを結ぶ旅客輸送を一手に担う信越本線は、将来に渡って順風満帆であるかのように思えました。しかし、終焉の時が訪れます。

信越本線に引導を渡したのは、この夢の超特急こと新幹線です。平成9年に長野新幹線(現北陸新幹線)が開通すると、信越本線は並行在来線として整理の対象となります。
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電気機関車の増結作業などで手間とコストがかかるうえに、乗客の大半を新幹線に持って行かれてしまうであろう碓氷峠区間は、たとえ残しても採算が取れない。

存続を望む地元時自体との間で激論が交わされたものの、最終的に下された結論は碓氷峠区間の廃止でした。

かくして、かつて栄光の幹線の一翼を担った信越本線は、軽井沢より先の区間が第三セクター線しなの鉄道となり、高崎から横川までの区間だけが、本線の2文字を奪われ信越線という名称で残されました。(他にも飛び石区間あり)
長野駅のしなの鉄道ホーム
盛者必衰、兵どもが夢の跡であります。

そして現在。かつてアプト式軌道が敷かれていた信越本線の旧線跡には、遊歩道が整備されています。碓氷峠までは行くことができませんが、ほぼ中間地点に存在した熊ノ平駅までの区間を歩くことができます。
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今回私は、どうせなら峠越えもしたいということで、熊ノ平駅からは国道を歩き、碓氷峠を超えて軽井沢駅まで歩いてきました。

2.碓氷峠アプトの道 アプローチ編 寸断されたかつての幹線の先端へ

6時5分 JR上野駅
高崎線の鈍行列車に乗り込み、終点の高崎駅を目指します。新幹線なら30分で行けますが、鈍行だと約2時間かかります。
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8時4分 高崎駅に到着しました。
ここで信越線の横川行きに乗り換えます。乗り換え時間が1分しかありませんが、ホームの真向かいに停車しているので、特に慌てる必要はありません。
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高崎駅から30分ほどの乗車時間で、横川駅に到着しました。
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降車するなり、目の前に終点以外の何物でもない光景が飛び込んできました。昔を知らない人であれば、この先にもレールが続いていたのだとは思いもしないでしょうな。
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如何にも終着駅らしい場末感の漂う駅舎です。かつて軽井沢の玄関口であった時代の賑わいは感じられません。
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路線跡にレールだけが残してありました。
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アプトの道の入り口は、駅からすぐの場所にあります。
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沿道に多くのアジサイが花を咲かせていました。やはりアジサイは、少し水滴がついている方が断然画になります。
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歩き始める前に少しばかり寄り道をします。峠の釜飯と呼ばれる商品を一番最初に売り出したという、おぎのやです。明治18年創業の歴史ある弁当屋です。
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こちらがその元祖・峠の釜飯になります。お値段千円です。これから峠越えをしようと言う旅人には、マストな一品と言えるでしょう。
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釜風の見た目をしたプラスチック製の容器ではなく、本物の陶器製の釜がついてきます。・・・徒歩で峠越えをしようと言うのに、開始早々に余計な重量物を増やしてしまいました。

3.碓氷峠鉄道文化むらで鉄分を補給する

横川には信越本線の歴史を学べる、碓氷峠鉄道文化むらと言う施設が存在します。この後の過酷な峠越えで貧血に陥らないように、少しばかり鉄分を補充してゆく事にしましょう。
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午前9時に開園で、入場料は子供300円、大人500円です。

こちらが園内マップです。そこそこの広さがあり、隅々まで全部を見て回たら2時間くらいはつぶせるかな。
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これがアプト式のラックレールです。この中央にあるコブ付きレールに歯車を咬み合わせる事によって、車輪の空転を防ぐ仕組みです。
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こちらはアプト廃止後に導入されたEF62形電気機関車。碓氷峠区間の通行時にのみ、この機関車を増結して牽引力を増加させる方法がとられていました。
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EF62形は碓氷峠超えのために作られた専用車両であり、現在はすべての車両が廃車済みとなっています。

こちらは明治時代に使用されていた10000形電気機関車。ドイツ製の輸入品だそうです。
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信越本線の廃線跡のうち、碓氷峠鉄道文化むらから、碓氷峠方面へ少し登った場所にある森林交流館峠の湯まで区間については、現役の鉄道施設として維持されています。
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通常の旅客運転のほかに、電気機関車の運転体験なども行われています。運転体験の方は、まる一日をかけた講習を受けたうえで、試験にパスしてからでないと出来ないようですが。

裏手には、碓氷峠で使用されてきた歴代の電気機関車たちが野晒し野外展示されていました。
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園内を一周するミニSLなどもあります。碓氷峠の歴史になどまるで興味のないお子様連れであっても安心です。
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これはもしかしなくてもデゴイチではありませんか。
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日本蒸気機関車史上の最高傑作であるとの呼び声が高い、D51型機関車です。これにはおっさん思わず大興奮です。SLが嫌いな男の子なんていません。
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4.熊ノ平を目指してアプトの道を散歩する

10時 鉄分も十分に摂れて満足しました。ようやく本題であるアプトの道へと進みます。
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かつてない長さの脱線でありました。すでに半分くらいの読者に途中離脱されてしまっているのではないだろうか。

現役の線路の脇に沿って、緩い坂道を登って行きます。鉄道にとっては極めて過酷な急勾配でありますが、徒歩の人間にとっては歩きやすい道です。
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物々しい音とともに、背後から電車が登って来ました。峠の湯行きのトロッコ電車です。何故か乗っている人達に一斉に手を振られました。
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時速30kmも出ていないのではないかと思うようなスローペースで登って行きました。この傾斜度では、それくらいが限界なのでしょう。
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頭上高くを通るこの橋は、上信越自動車道の碓氷橋です。今歩いているアプトの道と、どちらも碓氷峠を超えることを目的に作られた道である事に違いはありませんが、用いられた土木建築技術に隔絶の差を感じます。
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それにしても凄い大きさです。この橋脚を一本を作るのに、武甲山の標高を何メートル削る必要があるのでしょうか。
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如何にも明治時代の建築物らしい、レンガ造りの建物がありました。丸山変電所の跡です。
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変電所を過ぎてからも、相変わらずの(鉄道にとっての)急勾配の坂道が続きます。
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モニターに分度器を当てて測ってみたら、4度近い傾斜がありました。たかが4度と思われるかもしれませんが、鉄のレール粘着にとっては限界に近い数字です。
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目指す碓氷峠方向は、濃厚なガスに覆われています。そういえば、軽井沢には濃霧注意報が出されていたっけか。
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この辺りは野生の猿の縄張りらしく、多くの群れを見かけました。買い物袋などを提げて歩いていると、襲われることもあるらしいので要注意です。
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10時35分 碓氷峠の森林交流館まで登って来ました。
日帰り入浴が可能な峠の湯という施設が併設されています。アプトの道を散策後に立ち寄るには良いかもしれません。
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軽井沢まで歩くつもりでいる私は、残念ながらここへ戻って来ることはありません。

トロッコ電車で登ってこれるのはここまでです。この先はアプト式の線路だった旧線と、複線化されて以降の新線に分かれます。遊歩道として整備されているのは旧線の方です。
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と言うことで、早速一つ目のトンネルが現れました。
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レンガ製のアーチが、このトンネルが明治時代の建築物であることを物語っています。明治隧道と言う言葉の響きに、痺れんばかりの浪漫を感じます。
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トンネル内部には照明があり、ライトなしで歩けます。点灯時間は7時~18時の間で、それ以降の時間には消灯されます。
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これは退避溝です。トンネル内で作業中の作業員が列車に遭遇してしまった際に、緊急避難するためのスペースです。トンネル内に一定の間隔で並んでいます。
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トンネルを抜けると、眩い日の光が目に飛び込んできました。どうやら晴れてきたようです。
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明かり区間はほんの一瞬で、すぐにまた次のトンネルが現れます。
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ほとんど傾斜度の変わらない、緩やかな道がずっと続きます。歩きやすくて良い道です。
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3本目のトンネルは、老朽化が進行しているのか、鉄筋コンクリートの巻立で補強されていました。なにせ百年以上昔に作られたトンネルですからねえ。
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10時50分 碓氷湖まで登って来ました。
これはまた、湖面のリフレクションが素晴らしいですねえ。
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薄曇りの天気だったのが幸いしたのでしょうか。なんでも、薄曇りだと光がほぼ均一に地面へ降り注ぐため、写真撮影時の光源として見た時には非常に優秀なんだとか。

碓氷湖は自然の湖ではなく、ダムによって作られた人工湖です。発電や利水目的ではなく、防災のみを目的としたダムのようです。
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比較的小型でシンプルな構造のダムです。水門なども備えてはいません。
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こちらはほほえみ橋です。なんと言うか、とてもインスタ映えしそうな光景ですね。インスタはやっておりませんが。。
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いいねが欲しくて欲しくてしょうがないという人は、ランチの写真ばかりを撮っていないで、碓氷湖まで足を運んでみてはいかがでありましょうや。

こちらはしあわせ橋です。ほほえみ橋ともども純粋な観光目的の橋で、渡った先には特に何もありません。
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最後に坂本ダムの堤体を。こちらも無意味なまでにリフレクションしています。
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湖畔を一周すると距離にして1,200メートルで、20分くらいかかるそうです。今日はまだまだ先が長いので、周遊はせずに碓氷湖を後にしました。

さあどんどん進みますよ。相変わらず、晴れているようで陽の差さない微妙な空模様が続いています。
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中尾小屋と称するただの東屋がありました。ちょうど小腹が空いてきたので、ここでお昼にします。
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元祖峠の釜飯を頂きます。鶏肉と煮物が入った、取り立ってて特徴の無いごく普通の釜飯です。
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この先は多くのトンネルが連続する一帯となります。いよいよ峠越えの核心部が近づいてきましたよ。
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トンネルを抜けると橋の上に出ました。
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アプトの道を象徴するスポット、碓氷第三橋梁(通称めがね橋)です。・・・と言われましても、上を歩いている分にはただの橋です。
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眼下に、ほぼ全区間でアプトの道と並走している、国道18号が見えました。
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平成13年に、それまで有料道路だった碓氷バイパス線が無料化されたことに伴い、現在の国道18号は碓氷バイパス経由のルートへと変更されています。眼下に見えているこの道は、旧道と言うことになります。

反対に方向に目を向けると、複線化された新線用の橋梁が並んで架かっているのが見えました。
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橋の上から、下の国道へ降りることができる横道はちゃんと存在します。と言うことで、このシンボリックな橋を下からじっくりと眺めてやることにしましょう。
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橋の下を潜ります。レンガ造りのアーチ橋は、まるで古代のローマの水道橋のような姿をしています。ローマに行ったことはありませんが。。
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二百万個のレンガを積みあげたというこの橋は、見上げるような高さです。
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と言うことで、これが下から見ためがね橋の全容です。・・・横断歩道の標識が邪魔だと思ったのは、たぶん私だけではないハズだ。
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余計なモノが映り込まない角度がないものかと、ベストアングルを求めてしばらく周囲をウロウロしました。
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なおこの道、旧道とは言っても結構交通量が多いです。ロケハンに夢中になって交通事故を起こさないように、くれぐれもご注意ください。

横川~軽井沢間を結ぶ路線バスは、基本的に碓氷バイパスの方を通りますが、一日に一往復だけ旧道経由の便が存在します。歩きたくはないけれど、めがね橋が見たいという人は、この便を利用すると良いでしょう。
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再び橋の上へと戻り、行動を再開します。
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今度のトンネルは、これまでのトンネルとは段違いの長さの全長546メートルです。閉所恐怖症の人には試練の道のりかもしれません。
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トンネル内が微妙に蛇行しているのは、少しでも距離を稼いで斜度を緩めるための工夫なのでしょうか。
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この天井に空いた穴は、明り取り用の窓ではなく、蒸気機関車時代の排気口です。トンネル内の換気は不十分で、酸欠による乗務員の死亡事故も発生しています。
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この後も短いトンネルが断続的に続きます。
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ああそうそう、肝心な申し送り事項を伝え忘れておりました。主に梅雨から夏の間にかけて、アプトの道にはヒルが出没します。なぜ今さらそんなことを言うのかと言うと・・・
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見事にしてやられたからです。忌避剤を持ってきてはいなかったので、引きはがすのに一苦労しました。
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奴らは引きはがそうとすると、歯を立てて余計に食らいついて来ると言う、実に厄介な性質を持っています。剥がすには塩か忌避剤を掛けるか、さもなくばライダーの火で炙るのも良いそうです。

12時15分 そうこうしているうちに、周囲の開けた場所にたどり着きました。熊ノ平駅の跡地です。
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ここは単線時代に、列車交換を行うための場所として作られました。なおその名が示す通り、この付近一帯は熊の生息地だそうです。

廃墟マニア垂涎な感じのする建物が立っています。言うまでもありませんが、建物内は立ち入り禁止です。
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ここは旧線と新線の合流地点でもあるため、多くのトンネルが並んで口を開けており、なかなか壮観です。
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遊歩道として整備されているのはここまでとなります。線路跡はこの先もずっと軽井沢駅まで続いていますが、ここから先は立ち入り禁止となります。
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5.国道18号の旧道を歩き峠越えを目指す

と言うことで、いったん熊ノ平駅から国道へと下ります。
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小さいながらも駐車場が整備されています。トイレや自動販売機などは存在しません。
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まあ普通であれば、ここから横川駅へと引き返すのでしょうけれど、わたしはこのまま碓氷峠を超えて軽井沢を目指します。峠越えは男のロマンだ!
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・・・でもあと7kmもアルンデスネ

峠越えの旧道と言う言葉の響きから、もっとこう酷道と呼ばれるような隘路を思い浮かべておりましたが、意外と普通の山道です。まあ、かつてはこの道も、主要幹線道路の一つだった時代があるわけですからねえ。
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信越本線の跡地も、相変わらず国道と並走しており、こうやってたまに姿を見せます。新線の方には未だレールや架線が残されたままでした。いつか再利用する計画でもあるのでしょうか。
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旧線の方にはレールも何も残ってはいません。どうせなら最後まで歩道にしてくれれば良いものを。
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大きな虫の羽音が聞こえると思ったら、沿道に養蜂の巣箱が置かれていました。付近に花が咲いている場所など見当たらなかったように思えますが、なぜこんなところにあるのでしょう。
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「ええッ!まだあと9kmもあるの?」と一瞬絶望しかけましたが、ここで言う軽井沢とは市内の中心地の事を指しいるようで、市内の外れにある軽井沢駅までであれば、そこまで遠くはありません。
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ようやく標高800メートルを超えました。単調な舗装道路歩きで、いい加減ダレて来ました。
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当たり前かもしれませんが、私以外に歩行者の姿は全く見当りません。

カーブミラーを利用した自撮りなどをして退屈を紛らわせてみる。
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野良犬かとも思いましたが、これはどう見ても狐です。
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餌付けでもされているのか、物欲しそうな目でこちらを見ていました。言うまでもないことですが、野生動物と不用意に接触するのは大変危険です。決して餌を与えてはいけません。

背後の頭上高くに尾根が見えます。江戸時代の中山道は、あの尾根沿いにつけられていたのだそうです。
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この中山道の跡についても、現在は登山道として整備されています。そちらにも大変興味はあったのですが、かなり早い段階でアプトの道とは袂を分かってしまうので、両方を同時に巡るのは諦めました。

13時55分 ここまでずっと登り続けていた坂道が終わり、長野県と書かれた標識が姿を現しました。ついに碓氷峠に到着です。
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振り返れば群馬県の標識。
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碓氷峠を超える道は、古代より幾度となく付け替えられてきました。そのため、碓氷峠と呼ばれる地点は、ここの他にも何ヵ所か存在します。

振り返って見る群馬県方向の展望。残念ながら樹木が生い茂っており、関東平野を一望と言う訳には行きません。
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前方に軽井沢の高原台地が広がります。こちら側にはほとんど傾斜がなく、碓氷峠が方峠であることが大変良くわかります。
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明治以前の軽井沢は、浅間山の火山灰が堆積する荒涼たる台地だったそうです。この場所を避暑地として最初に目を付けたのは、明治初期に日本を訪れたヨーロッパ人達でした。

その直接の切っ掛けとなったのは、言うまでもなく信越本線が開通し、東京からのアクセスが容易になったからでしょう。今日の軽井沢の発展と繁栄は、信越本線の存在無くしては成しえなかったのです。

大きく口を開けているこちらのトンネルは、北陸新幹線の碓氷トンネルです。言うまでもなく、現役の施設です。
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信越本線の廃線跡は、新幹線の隣に今もひっそりと存在します。
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峠を越えてしまえば、駅まではもう一息です。
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14時20分 無事に軽井沢駅にたどり着きました。
・・・先ほどからずっと言えずにいたことを今告白します。実は私、軽井沢に来たのは今日が初めてです。いや、電車に乗って通過したことならば何度もあるのですがね。
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方角的に浅間山がこちらにあるはずですが、曇っていて姿は全く見えません。
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駅前には、とってもオサレな雰囲気の商業施設が立ち並んでいまいした。
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せっかくの人生初軽井沢ですが、どこにも寄り道はせずにこのまま撤収に移ります。ここまでの峠越えで、全身が泥と汗にまみれているので。この時の私ほど、軽井沢と言う町の雰囲気に似つかわしくない旅行者も珍しいことでしょう。

碓氷峠の名物だという峠の力餅を、おやつとして購入しました。
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そのまま新幹線へと乗り込みます。歴史ある幹線を実にあっけなく葬り去ったこの夢の超特急は、今日私が4時間をかけて超えてきた峠を、僅か7分で走り抜けました。
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廃線跡に作られたと言うだけあって、アプトの道は全工程が非常に緩やかな勾配の道となっています。そこそこの長距離を歩く必要があるものの、登山と呼べるほどの運動強度はありません。あくまで遊歩道です。
多くの人はめがね橋までで引き返すようですが、熊ノ平まで足を延ばしたとしても所要時間にそこまで大きな差はありません。せっかくなので、最後まで歩いてみた方が良いかと思います。道中には碓氷湖などの見どころもあり、途中で飽きることなく歩けました。
軽井沢駅まで歩いたのは完全なる蛇足です。代り映えのしない舗装道路を延々と歩くことになるので、正直まったくもってお勧めしません。熊ノ平まで歩いた後は、素直に来た道を引き返して、峠の湯につかってから帰るのがベストでしょう。

<コースタイム>
アプトの道入口(10:00)-丸山変電所(10:20)-峠の湯(10:35)-碓氷湖(10:50~11:10)-中尾小屋(11:15~11:30)-めがね橋(11:40~11:55)-熊ノ平駅(12:15)-碓氷峠(13:55)-軽井沢駅(14:20)

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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