秋田県仙北市と岩手県西和賀町にまたがる和賀岳(わがだけ)に登りました。
東北地方の背骨である奥羽山脈の中でも特に奥深くにあり、人間の活動がほぼ及んでいない原始性の高い森が広がる深山です。山の中腹には一度も斧鉞の入ったことのないブナの森が広がり、稜線上にはニッコウキスゲを始めとする多種多様な花々が咲きます。
遠路はるばる奥羽山脈の奥地へ、電車とバスを使って訪問してきました。
2024年7月1~2日に旅す。
岩手県と秋田県の境界に跨る和賀山塊は、奥羽山脈の中でも特に人間の活動領域からは遠く離れた奥地にあります。かつてはマタギくらいしか訪れる人はいない深山幽境の地でした。
現在では山頂に到ることのできる一般登山道がしっかりと存在します。と言っても、人里からは遠く離れた深山であることに変わりはありません。
山の中腹には深いブナの原生林が広がっています。和賀山塊は火山の多い奥羽山脈の中では珍しい非火山性の山域で、人間による開発の手が殆ど及んでいなかったこともあり、極めて原始性の高い環境が保存されています。
そんな奥深い場所にある山への交通アクセスが良好であるはずは当然なく、マイカーによるアプローチが一般的です。基本的に車の無い奴はお断りな山域であると言えます。
車を持たない登山者だって、奥羽山脈の最深部を歩いてみたいのに。これは我ら車も買えない貧乏人環境意識高い系ハイカーに対する明白な挑戦である。
そこで今回私は「いや公共交通機関でも登れるが?」を実際に証明すべく、路線バスによるアプローチを試みました。
バス停から登山口まで林道を8.5kmほど歩く必要があります。実際に歩く人がどれくらい居るのかはひとまずさておき、可能か不可能かで言うのなら十分に可能です。
かくして訪れた奥羽山脈の秘境、和賀岳。ニッコウキスゲシーズにはまだ少し早かったらしく大部分が蕾の状態でしたが、お天気の方は上々で原始の山を存分に満喫してきました。
コース
大仙市コミュニティバスの北野バス停よりスタートし、林道を8.5km歩いて登山口にある休憩所付きの公衆トイレで前泊します。
翌日は登山口から和賀岳を往復したのち、北野バス停まで歩いて戻ります。公共交通機関を利用した和賀岳に登山としては最も一般的であろう行程です。
そもそも、公共交通機関を利用して和賀岳に登ることそのものが、あまり一般的な行為ではありませんけれどね・・・
1.和賀岳登山 アプローチ編 新幹線で行く秋田への旅路
7月1日 10時15分 JR東京駅
初日は登山口まで行くだけなの予定なので、朝は比較的ゆったりとした始動です。秋田新幹線こまち号で大曲駅を目指します。
ちなみに、こまちは全席指定で自由席はありません。お盆の時期などはかなり早い段階で予約が埋まってしまうので要注意です。
秋田新幹線は、盛岡駅を過ぎると在来線である田沢湖線の線路に入ります。車窓から、頭に雲を被った岩手山の姿が良く見えました。
13時40分 大曲駅に到着しました。頭上がどんよりとした曇り空に覆われていますが、本日は移動日なのでまあ気にし無くて良いでしょう。もっとも、雨が降り出したら少々厄介ではあります。
なお大曲へは東京からの高速バス便も多数運行されているので、費用を少しでも安く上げたい人はバスを使うのも一つの手です。
ここまで田沢湖線に沿って走って来た秋田新幹線は、今度は奥羽本線の線路上に入ります。そのため大曲駅のホームはスイッチバック構造になっており、もと来た方へ折り返して行きます。西武線の飯能駅みたいなものです。
大曲と言えばなんと言っても有名なのは全国花火競技大会です。駅の構内に大々的な告知がされていました。毎年8月の最終土曜日に開催されます。
駅前には巨大花火のモニュメントが設置されています。流石に原寸大ではないようですが。
大曲バスターミナルは、西口から出てロータリーを突っ切り道なりに少し進んだ場所にあります。距離的には5分もかからないくらいですが、一見さんだとちょっとわかり難いかもしれません。
大仙市コミュティバス長信田線の奥羽山荘行きのバスに乗車します。運行本数は平日6本で土休日は3本です。本日私が乗車しようとしている14時20分発の便は平日限定となります。
乗客は私を含めて3名で、途中からは安定の貸し切り運行となりました。このバスを登山で利用する人間は、果たしてどれくらい存在するのだろうか。
15時5分 北野バス停に到着しました。ここが和賀岳登山口最寄りのバス停となります。最寄りと言えるほど近くはありませんがね。。。
若干うろ覚えですが、確か運賃は610円だったかな。交通系ICカードには対応していないので、小銭を用意しておきましょう。
2.和賀岳登山口までの長い林道歩き
和賀岳登山口までは8.5kmほどあります。さあ今こそ、胸の奥底からあふれ出る環境意識の高さが試されるときです。かったるいからタクシー呼ばない?
カエルの声がこだまする、のどかな田園地帯を進みます。前方にあるはずの和賀山塊はどんよりとした曇り空に覆われていますが、ギラギラの直射日光に晒されないのでむしろありがたいくらいです。
真木渓谷と書かれた方へ進みます。登山口まではずっと沢沿いの林道が続いています。
渓谷への入口付近に、かつてキャンプ場だったと思われるな広場があります。水道やトイレがありますが、使用不能な状態でした。
ここ最近はずっと雨の日が続いていたためか、用水路に濁った水が猛スピードで流れています。街灯もガードレールもなく、夜中に怖い奴だ。
普段は清流なのであろう真木川も、轟音を立て流れ落ちる濁流と化していました。登山口までの道程に渡渉地点は存在しないはずですが、前途に不安を感じる水量です。
付近の案内図が置かれていました。和賀岳も左端の方にしっかりと書き込まれています。真木渓谷と川口渓谷と言う2つの渓谷沿いに奥羽山脈の奥地まで林道が伸びており、川口渓谷の方にはかつて鉱山があったらしい。
私の母の姉、つまり叔母は和賀子と書いてわかこと言う名前で、祖父が和賀にある鉱山に単身赴任で出稼ぎに行っている時に生まれたのが名前の由来らしい。
川口鉱山の他に県境を挟んだ岩手県側にも和賀仙人鉱山と言う鉱山があったらしく、具体的にどこで働いていたのかまではよく分かりません。
どちらの鉱山もあまりに奥地にあり過ぎて搬出のコストがかさみ、採算割れを起こして短期間で閉山してしまったらしく、調べてもほとんど情報が残っていませんでした。
川沿いに小さな集落があり、その名も真木集落と言います。ここを過ぎると沿道に人家は無くなり、携帯の電波も入らなくなります。
集落を過ぎて間もなく、道の舗装が無くなりました。ここからは先はもう人間の住まう領域ではなくなるので、クマ鈴を鳴らしていきます。
ほどなく分岐が現れました。特に道標などの案内はありませんが、ここは左に進みます。
登山口までずっと登り続けるものだと思っていたのですが、予想に反して川に向かって下り始めました。それはすなわち、明日の帰路では漏れなく登り返しが付いてくると言う事です。今からもう気乗りしないなあ。
真木川の対岸に渡ります。ここでもやはり、見ていて怖さを感じるくらいに増水していました。具体的に連続雨量何ミリ以上で通行止めになる等の決まりは無いようですが、大雨が続いた時は通行を控えた方が良さそうな道です。
渓谷が次第にその険しさを増して来ました。この林道が存在しなかった時代の和賀岳と言うのは、それこそ近づくことすら容易ではない場所だったというのが大変よくわかります。
道の脇の岩肌の上を滝が流れ落ちています。真木白滝とい名前で、落差は18メートルあります。有名な滝らしく、車で写真を撮りに来ている人がいました。
途中に小さな駐車スペースとトイレがあります。和賀岳登山のためではなく、真木渓谷そのものを観光しに来る人のために整備されているものです。紅葉の時期に訪れたら、きっと綺麗なんでしょうね。
延々と続く砂利道に流石に少々ダレて来ましたぞ。しかしここは車も買えない貧乏人環境意識高い系ハイカーとしての意地と誇りにかけて、和賀岳に屈するわけにはいかんのです。
小路又と呼ばれている平坦地が現れました。先ほどの案内図にはテントの記号が描かれていたので、キャンプをしても良い場所なのかな。ここまで来れば、登山口まではもうあと一息です。
17時30分 薬師岳登山口公衆トイレに到着しました。東北地方の山では良く目にする、公衆トイレと休憩所が一体化している建物です。本日は休憩所に前泊しようと言う算段です。
2階部分にも出入口がある辺りが、いかにも豪雪地帯らしい装いです。戸の脇に水場がありますが、これは飲料用ではなく手洗い用との事です。
中へ入ると、土間の脇に板張りの休憩所スペースがありました。敷物やテーブルまであって至れり尽くせりで、快適な宿泊ができそうです。素晴らしい。
ロフト構造になっていて2階部分もあります。1階と合わせて、詰めれば7~8人くらいは泊まれそうかな。
ハシゴと階段の中間のような珍しい形状の足場です。夜中に酔っぱらって上り下りするのは少々怖いかもしれない。前泊して宴会したい人は十分にご注意ください。
トイレは一番奥にあります。懸念していた悪臭は一切なく、とても清潔です。
今宵の寝床を準備します。平日だと言うこともあり、他の宿泊者が現れることはなく貸し切り状態でした。
本当にどうでもいいことですが、こうしてあらためて写真を見ると、ランタンの代わりにしているペットボトルがまるでヌカ・コーラ・クアンタムみたいに見えます。
・・・ごく一部の人にしかわからなさそうなネタでしたかね。
最近は山でお湯を沸かす事さえも億劫で、スキムミルク(脱脂粉乳)を混ぜた水にフルグラ(ドライフルーツ入りの高カロリーシリアル)を突っ込んで済ませています。
軽量コンパクトかつほぼ完璧な栄養食なので、水が手に入る状況なら長期縦走時の主食にもなりえると思います。なによりも、何かとかさばるストーブやクッカーを荷物から省けることの意義は大きいです。
3.ブナ林が広がる原始の森を行く
明けて7月2日 4時40分
ヘッドライトがいらないくらいに周囲が明るくなったところで、2日目の行動を開始します。
空にはだいぶ靄がかかっていますが、僅かに青空が顔を覗かせています。稜線上に出るまでに晴れててくれることに期待しつつ行ってみましょう。
トイレの少し先に駐車スペースがあり、車でお越しの人はここまで入ってこれます。私よりも先行してまだ暗いうちに出発した人がいるらしく、車が1台停まっていました。
万一ここが満車だった場合、小路又まで戻れば停められるスペースはいくらでもあります。
トイレと駐車スペースがあるのは登山口よりもまだ手前で、この後もう少しだけ林道歩きが続きます。
4時55分 甘露水口まで歩いて来ました。ここから山道へと入って行きます。ちなみに水場はこの先にもあるので、ここではまだ一日の必要分を確保しなくて大丈夫です。
登り始めはまるで奥多摩のような杉の植林です。東京から遠路はるばる、原始性が高い森だと評判の山までやって来たというのに、まさか奥多摩のような景色を見せられようとは。。。
そんな杞憂は一瞬の事でした。すぐに周囲は鬱蒼としたブナの森に変わりました。そうそう、こういう光景に期待していたのですよ。
登り始めて早々に、曲沢分岐と書かれた地点が現れました。分岐とありますが、見たところ登山道と呼べそうな踏跡は一つしかありません。昔は別ルートが存在していたのだろうか。
地面をシダ類が覆いつくしており、ジメッと湿った密林のような森です。一目で雨が多いのだろうなと想像できる植生です。
続いて今度はブナ台と書かれた道標が現れました。もっとほったらかし状態な藪山を思い浮かべていたのですが、意外にも登山道はしっかりと整備されています。
名前の通りにブナの巨木が立ち並んでいます。ちなみにブナの実はクマの大好物です。和賀岳にも恐らくは相当沢山住んでいるでしょうね。
ガスが出て来ました。登っている間は涼しくてむしろありがたいくらいですが、果たして稜線に出でるまでの間に晴れてくれるだろうか。
何しろここまでやって来るのに結構な時間とお金を費やしているので、山頂はガッスガスの虚無の世界でしたみたいな展開にならないことを祈るばかりです。
一回渡渉があります。季節にもよるのでしょうが、大した水量ではなく飛び石伝いに簡単に渡れました。
5時50分 滝倉と呼ばれる地点まで登って来ました。水を取れるのはここがラストになります。必要な分を確保しておきましょう。沢水なので気になる人は浄水器を用意しましょう。
滝倉を過ぎると、本日の行程における一番の急登区間が始まります。いっちょう気合を入れて行きましょう。
今のところガスは抜けるどころか、どんどん濃くなってきているように思えます。一日中この調子のままだったらどうしようと言う、嫌な考えが頭をもたげてしまいます。ここはそうそう気軽に何度でも来れる場所ではないのでね。
豪雪地帯の山特有の、雪の重みに負けて横向きに伸びた木の枝が目立ち始めました。稜線に近づきつつある証です。
相変わらずガスに包まれていますが、ガス越しに陽の光を感じられるようになって来ました。前途に文字通り明かりがさすと同時に、気温の方もジワジワと上昇して蒸し暑さを感じます。
頭上に青空が見え始めました。山の神様の機嫌が変わらないうちに、稜線へと急ぎましょう。
6時35分 倉方と呼ばれる地点まで登って来ました。これで尾根に取り付いたことになります。絶景が広がる稜線までは、もうあと一息です。
4.ニッコウキスゲにはまだ少し早かった、和賀岳前衛の薬師岳
特にキツくも緩くもない斜度の尾根上を進みます。いつしか周囲は背の低い灌木が目立つ様になりました。そろそろ森林限界が近そうです。
頭上が開けたたところで、ギラギラの太陽が出迎えてくれました。直射日光に晒されるなり一気に大粒の汗が吹き出し、カメラのレンズプロテクターが曇ってしまいました。毎度の事ながら、太陽はんはホンマに容赦ないおますなあ。
山の下の方は、まるで山腹にまとわりつくようにガスが発生が湧いています。途中から晴れたというよりは、朝からずっとこの状態で、単純に突き抜けて来ただけなんでしょうね。
まずは和賀岳の前衛部に位置している、薬師岳の山頂を目指します。和賀岳の本体はちょうど薬師岳の背後に隠れており、この時点ではまだ姿が見えません。
背後の秋田方面の展望が開けました。若干雲は多めですが、まずは上々のお天気です。
眼下に横手盆地が広がっています。秋田県内では最大の平地であり、仙北平野とも呼ばれています。あきたこまちの大部分が、この平野で作られています。
薬師岳分岐まで登って来ました。ここからは、いよいよお待ちかねの花咲く稜線歩きが始まります。中腹のブナ林も確かに素晴らしいですが、和賀岳の真骨頂と言えるのは稜線からの景色です。
早速ニッコウキスゲを発見しましたが、まだ大部分がつぼみの状態でしっとりと朝露に濡れていました。
和賀岳と言うと稜線上に咲くニッコウキスゲが有名ですが、最大の群生地は和賀岳の本体ではなく、その手前の薬師岳の周辺にあります。
ここまで来てようやく和賀岳の本体がお目見えしました。いかにも東北地方の山らしいスケール感の、緩やかな稜線を描く姿をしています。良いですね。実に私好みの山です。
和賀岳を横目にしつつ、まずは一旦薬師岳の山頂を目指します。ニッコウキスゲがポツポツと咲いてはいますが、まだ咲始めと言ったところです。
7時25分 薬師岳に登頂しました。和賀岳は遠すぎると言う人は、ここまで登って来るだけでも十分に満足できそうな光景が広がる山頂です。
小さなお社が建っていました。和賀岳は近代になるまで殆ど人の立ち入った痕跡が無い山でしたが、この薬師岳には山岳信仰まつわる伝承が僅かに残されてています。ここまでは登って来る人が僅かに居たと言う事なのでしょうかね。
薬師岳の山頂は、和賀岳の姿を正面に望む特等席です。この笹の跋扈ぶりからして、登山道の刈払いが行われていなかったら、それこそ残雪期にスキー板でも履いて行かない限りは、近づくことすらままならないであろうことが容易に想像できます。
この後に歩く、和賀岳へと続く稜線です。いかにも眺めが良さそうで期待が膨らみます。
遠く彼方に、頭だけがピョコっと雲の上に突き出している山があるのが見えます。方角的に恐らくは鳥海山(2,236m)だと思います。登った経験がある人が、口をそろえて素晴らしかったと賞賛する名峰です。
先へ進みましょう。この薬師岳山頂から少し下った地点の稜線上が、ニッコウキスゲのお花畑になっています。
この辺りはまだ咲いている個体がなく、完全なつぼみ状態です。訪問時期としてはまだ少し早かったようです。
満開だったらさぞや凄い光景なのだろうなと言うのが容易に想像できるだけに、残念さももまたひとしおです。今から1週間後くらいがベストな訪問時期だったのかな。山のお花の最盛期を射止めるのはなかなかどうして難しい。
幅の広い尾根上に池が点在しており、ちょっとした湿地のようになっています。天狗の庭とか名前が付きそうな雰囲気です。
薬師平と言う名称であるらしい。そのまんまでした。全然ハズレでしたね、はい。
5.和賀岳登山 登頂編 奥羽山脈最奥部の頂へ
薬師平を過ぎると、稜線はゆるかに登りに転じます。今正面に見えているのは和賀岳ではなく、その手前にある小鷲倉と言うピークです。
登り一辺倒ではなく、緩やかにアップダウンを繰り返しながら進みます。視界が開けているため距離感がおかしくなりそうになりますが、薬師岳から和賀岳まではまだまだ結構な距離があります。
正面に田沢湖らしき湖が見えます。こうして山の上から見下ろすと、カルデラ湖であることが良くわかる形状をしています。
最後に登山道の刈払いを行ったのがいつなのかはわかりませんが、登山道が下草に侵犯されつつありました。と言ってもまあ、むしろ侵犯しているのは登山道の方なのかもしれませんが。
あまりピークっぽさがありませんが、小杉山と書かれた道標が立っていました。山頂と言うよりは、稜線上の肩のような場所です。
隣接する白岩岳方面への分岐地点らしいのですが、そちらへ向かう道らしきものはまったく見当たりません。恐らく本物の藪漕ぎとはいかなるものであるのかを垣間見ることになるのでしょう。
当然ながら、寄り道するつもりは一切ありません。
小鷲倉まで緩やかな稜線が続いてます。見た目通りに気持ちよく歩ける道ですが、標高がそれほど高い訳でもないのにお日様ギラギラ状態なので、先ほどから尋常じゃなく暑いです。
何れも雄大な奥羽山脈の山々を横目にしながら、ゆるゆると進みます。
この山頂部分がやたらとデコボコしている山は秋田駒ヶ岳(1,637m)ですね。鳥海山と同様に良い評判しか耳にしない、登れば絶対に良い思いが出来る山です。
こちらの先端がピョコンと尖がった山は朝日岳(1,376m)と言うらしい。和賀岳以上に輪をかけて訪れる人が少ない山で、和賀岳とは稜線でつながっていますが、どうやら道はないようです。
ずっと笹の稜線が続くのかと思っていましたが、小鷲倉の直下には灌木帯が僅かにありました。少しでも日差しを遮ってくれるのであれば、むしろ大歓迎です。
8時30分 小鷲倉まで登って来ました。暑さにやられてだいぶバテてきた感がありますが、もう後は和賀岳本体を残すのみです。
正面に再び和賀岳山頂が姿を見せました。ここまでやって来るだけでも一苦労しますが、それを差し引いても実に良き稜線ではありませんか。
ビクトリーロードを突き進みます。後から見返したら、同じような写真を大量に撮っていました。稜線フェチの縦走マニアにはたまらない光景だったものですからついつい。
小降りのシャクナゲが咲いていました。関東近郊の山だと梅雨入り前くらい時期に咲く花ですが、東北の山だと7月に入ってから咲くのですね。
チングルマは既に花は終わっており、綿毛化していました。チングルマ目当てで訪れるなら、雪解け直後くらいでないと駄目なのかな。
山頂の直下は一面のチングルマ畑状態になっていました。これほどの規模のお花畑があると言う事は、それだけ残雪の量が多い山なんでしょうね。
広々とした空間に飛び出しました。ここまでの笹薮が嘘であるかのように、やけにスッキリとした空間です。
9時 和賀岳に登頂しました。いかにも東北地方の山らしい奥深さと稜線歩きを、存分に楽しませてもらいました。道中も十分すぎるほどに楽しめましたが、山頂からの展望もまた一級品です。
6.和賀岳山頂からの大展望
早速ざっと周囲を見渡してみましょう。こちらは北東方向の、朝日岳へと続く稜線です。なるほど確かに、道らしきものは見当たりません。
遠くに見えているこちらの山は岩手山(2,038m)です。別名で南部富士とも呼ばれており、盛岡側から見ると見事な富士山型をしていますが、南側から見ると横に長い山です。
岩手山は個人的に贔屓にしている山です。いつか八幡平からつなげて歩いてみたい。
東側の岩手県方面の光景です。見渡す限り一面の山また山の光景が広がります。
この遠目にも一際目立っている山は、北上山地の早池峰山(1,917m)です。過去に一度登ったことがありますが、ガッツスガスで残念な天気だったのでいつかまた再訪した。
登りたい山リストにはまだまだ未踏破の山が大量に残っているというのに、再訪したい山だらけで困ってしまいます。
あらためて登山と言うのは、一人の人間が一生をかけても到底遊びつくせないボリュームのコンテンツなんだなあと思い知らされます。
南側は雲が多めで、遠くの山は全く見えません。こちらへ下って行くと、岩手県側からの登山ルートである高下口に至ります。
当初はピストンではなく岩手側に抜ける横断ルートをとることも考えたのですが、途中に結構大きな渡渉があるらしく、雨上がり直後に通れるのか不安があったため、無難に秋田側からの往復にした経緯があります。
西側の展望です。ここまで歩いて来た薬師岳からの稜線が一望できます。横手盆地の上空には雲が沸き立っており、ちょっとした雲海状態になっていました。
最後に北西方向の田沢湖方面です。こうして見ると、人間の営みのある領域からそこまで極端に距離がある訳でもありません。
それでいながら和賀山塊にほとんど手付かずと言って良い環境が保たれていたのは、急峻な渓谷と深い藪に守られていて、それらを乗り越えてまで開発を行うだけの産業的な異議を見出しにくい場所だったからです。
ヒバ林でもあったらまた話が違ったのかもしれませんが、ブナは林業的にそれほど価値の大きい樹木ではありませんからね。
薬師岳のお花畑期には及びませんが、和賀岳の山頂にもニッコウキスゲが咲きます。こちらもまだ大多数が蕾の状態でした。
こちらは日本のエーデルワイスこと、ウスユキソウです。和賀岳はこれらの他にも実に多種多様な花が咲く山ですが、花の最盛期と言えるのは、もう少し早い雪解け直後の6月中旬頃です。
7.和賀岳登山 下山編 元来た道を引きし甘露水口へ
9時35分 、まだ名残惜しい気もしますが、帰りのバス時間の事もあるのでボチボチ下山に移ります。
往路では同じような稜線の写真ばかりを撮ってしまったので、帰路では足元のお花に着目しながら歩きます。この鬼のようにチクチクしていそうな花はその名もオニアザミです。
花だけではなく葉にまでトゲがあり、道行く登山者に無差別のチクチク攻撃を仕掛けてくる困った奴です。
イワカガミと並ぶ高山植物の定番中の定番であるハクサンフウロもしっかりと咲いています。この花は、ある程度標高がある夏の山に登ると、大抵どこにでも咲いています。
よく見ると、谷底にはまだ雪渓が残っていました。標高1,500メートルにも満たない山にまだこれほどの雪が残っている辺り、冬の積雪量の多さが伺えます。
往路ではあまり気にもしていませんでしたが、小鷲倉の手前で割りとしっかり登り返しさせられます。
そんな訳で大分汗だくになりつつ、小鷲倉まで戻って来ました。既に首にかけているタオルを雑巾絞り出来るくらいに汗をかいています。早く滝倉の水場まで戻って、ザブザブと顔を洗いたい。
後はもう一回、薬師岳に登り返すのみ。足早にサクサクと参りましょう。
天気が良かったからか、明らかに朝通った時点よりもニッコウキスゲの開花が進んでいました。
満開とまでは行きませんでしたが、こうしてしっかりと咲いている姿を見れただけで満足です。
この猫じゃらしのような花はイブキトラノオです。名前からして伊吹山が原産地なのでしょうけれど、こんな北の方にある山にまで広く分布している花なんですね。
よく見るとニッコウキスゲに混ざって猫じゃらし畑状態になっていました。
11時 薬師岳まで戻って来ました。いつの間にか頭上はすっかりと雲に覆われつつありました。本日はうまい具合に午前中の晴れの時間帯を突いた会心の山行でありました。
ニッコウキスゲと和賀岳と言う定番の光景を写真に収めたところで、本日のミッションは完了です。
後は無事に家まで帰り着くのみ。薬師岳の山頂直下には、危険箇所であると言えないこともない痩せた箇所があるので、下山時には特に注意を要します。家に帰るまでが和賀岳です。
樹林帯まで下って来たら、もう後は消化試合のようなものです。テンポよく足早に下って行きます。
滝倉の水場でのどを潤しつつ、顔と言うか頭全体を洗ってクールダウンします。痛いくらいに冷たくて気持ちが良い。
朝はガスに包まれてどこか幻想的な雰囲気を醸し出していたブナ林も、木漏れ日が差し込む普通の夏山の光景になっていました。直射日光は避けられても、標高が下がってきているためか気温自体が普通に暑い。
13時 再び汗だくになりつつ、何とか甘露水口まで戻って来ました。往復8時間30分程の行程でした。
朝の時点では1台しか停まっていなかった駐車スペースに、結構な数の車が駐車していました。平日であっても和賀岳への入山者は結構たくさん居たようです。
13時10分 スタート地点の薬師岳登山口公衆トイレまで戻って来ました。車でお越しの人は達成感で満たされる瞬間であることでしょう。私はこの後まだ林道を8.5km歩くのだけれどね。
ちょっと休憩したい気もしますが、北野バス停を15時31分に通るバスに乗りたいと思っており、実はもう結構時間に余裕がありません。用だけ済ませてすぐに出発します。
8.和賀岳登山 帰還編 大曲への道程は遠く
林道を歩き始めて程なく、車で通りかかった方が乗せてあげようかと声をかけてくれました。その親切に対して丁重にお礼を述べつつ、申し出についてはお断りしました。
一体何故?とも思われるかもしれませんが、帰路の林道を含めて歩ききらないことには、今回の主題であるところの「いや公共交通機関でも登れるが?」が完遂されません。
車も買えない貧乏人環境意識高い系ハイカーとしての意地と誇りにかけて、断固として最後までやりきらなくてはならないのです。意地とか誇りとか心の底からどうでもいいから、乗せてもらおうよ。
昨日は濁流と化していた真木川も、まる一日が経過して本来の姿である清流に戻っていました。何ならこのままパンツ一丁になって水遊びして行きたいくらいの気分です。
約束されていた、下山時の登り返しという憂鬱な作業に取り組みます。また陽が射してきて、ジリジリと暑くなってまいりましたぞ。
何とか麓まで戻って来ましたが、既に時間が結構ギリギリです。もうかなりのお疲れ風味ではありますが、ここからは走ります。だから変な意地を張っていないで、乗せてもらえばよかったのに。
ちなみに、最終的には合計3名の方に良かったら乗って行かないかと声をかけて頂きました。東北のハイカーの親切心が胸に染みわたります。
そもそもこの道を歩いて往復しようとするヤツは、単純に頭がおかしい。
15時20分 北野バス停まで戻って来ました。バス通過予定時刻の11分前と言う、綱渡りのゴールでした。ふいー、危ないところだった。
なお15時31分のバスを乗り逃してしまうと、次のバスは2時間後の17時41分までありません。北野バス停の周囲に時間つぶしが出来るような商業施設などは無いので、長く待つことになると辛いものがあると思います。
全身をアルコールティッシュで拭って公共交通機関利用のための最低限の身だしなみを整えている間に、ほぼ時間通りにバスがやって来ました。
バスの車窓から、山の上からは頭の部分しか見えていなかった鳥海山の姿が良く見えました。出羽富士と言う通称で呼ばれているのも納得な美しい山ですね。
大曲駅まで戻って来た時には、時刻は16時を回っていました。最後の最後に林道をかっ飛ばして歩いた反動が今になって来たらしく、バスを降りるなりよろめきそうになりました。
行きと同様に秋田新幹線こまち号に乗り込み、東京への長い長い帰宅の途に付きました。
電車とバスで行く和賀岳訪問は、こうして無事に計画通り達成されました。登山口に前泊することにより、そこまで非常識ではない行程に収まったと自分では思っているのですが、いかがだったでしょうか。
かつてはマタギ以外は近づくことの無かったと言う深山も、現在では少し頑張れば日帰りでも十分に届きます。それでいて、ほぼ手付かずの原始性の高い山の光景は今でも健在です。
太古から変わらぬブナの森と、いかにも東北の山らしいスースケール感のある稜線の景色に出会いに、奥羽山脈の最奥部を訪れてみては如何でしょうか。誰しもが気軽に登りに行ける山でないことは明らかですが、苦労に見合うだけのものに出会える山である事は保証いたします。
<コースタイム>
一日目
北野バス停(15:05)-薬師岳登山口公衆トイレ(17:30)
二日目
薬師岳登山口公衆トイレ(4:40)-甘露水口(4:55)-滝倉(5:50)-薬師岳(7:25)-和賀岳(9:00~9:35)-薬師岳(11:00)-滝倉(12:15)-甘露水口(13:00)-薬師岳登山口公衆トイレ(13:10)-北野バス停(15:20)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント
以前、山麓の川を歩いたことなどを思いだしながら楽しく読ませていただきました。
その時は生保内、そして北上線沿いから沢をいくつか歩いたのですが、当時は情報も少なく登ってみようなどとは思いもしませんでした。
もっとも本格的な調査が始まったのが90年代、ネットも普及前なので致し方ないかな。
それにしても、この記事を読んでまた無性に行きたくなってきました。
秋の宮、成瀬、区界、雫石。未訪ですが森吉山、太平山。夏油温泉や遠野あたりにも小粒ながら面白そうな山がありますし。
結論。秋田、岩手は良いです!
たまのみすまるさま
コメントをありがとうございます。
今では割と普通に日帰り登山が出来ますが、登山道が切り開かれる以前の和賀岳は恐らく、積雪期にスキー板を履いて行かないと近寄れない山だったのだろうなと想像します。
岩手秋田の県境地帯には、こうした奥羽山脈の本来の姿が残っている場所がまだまだたくさんあるのでしょうね。公共交通機関でも手が届きそうな掘り出しものの山があれば、また発掘しに出向きます。
まさか和賀岳に公共交通機関だけで登ることが出来るとは思いもよりませんでした!
私は秋田出身ですが現在は関東に住んでいるため、和賀岳に登るにはタクシーに大枚をはたくしかないかぁと思っていました。
なるほど、薬師岳登山口公衆トイレで宿泊という方法があるのですね。
毎度のことながら、オオツキさんの登山口までのアクセス方法、参考になります。
故郷の山というだけで印象がアップするのですが、それにしても和賀岳、素晴らしい山ですね。
ペン子さま
コメントをありがとうございます。
公共交通機関によるアプローチもやってやれないことはありませんでしが、タクシーに大枚をはたくが正解であるとは思います。そのコストに見合うだけの光景に出会えることは、自信をもって保証いたします。