群馬県みなかみ町と片品村にまたがる至仏山(しぶつさん)に登りました。
言わずと知れた、尾瀬ヶ原の片隅に立つ名峰です。蛇紋岩からなるこの山は、固有種を含む希少な植物の宝庫となっており、山の全域が尾瀬国立公園の敷地内となっていてます。
残雪期の至仏山は、環境保全のために原則登山禁止となります。登ることが許されるのは、ゴールデンウィーク前後のごく僅かな期間だけです。
今回は山の鼻キャン場にテントを張り、残雪期の至仏山をのんびりと歩いて来ました。
2018年4月28日~29日に旅す。
今回の行き先は尾瀬の至仏山です。燧ヶ岳と共に尾瀬ヶ原の両脇を囲うように対峙するこの二つの山は、尾瀬のシンボルとでも言うべき存在です。
この至仏山と言うのは実に難しい山で、環境保全の為の独自ルールがいくつか適用されます。そのルールの中の一に、残雪期の登山禁止と言うのがあります。
このルールは、雪解けと共に芽生える希少な高山植物の新芽たちを登山者達の土足から守ることが目的で、ゴールデンウィークが終わる5月上旬から山開きとなる7月1日までの間、この山に立ち入ることは出来ません。
本州の中央分水嶺近くに位置する尾瀬は、日本でも有数の豪雪地帯の一つでもあります。尾瀬の玄関口である鳩待峠へ通じる道は、4月の下旬頃までは冬季閉鎖されています。
すなわち、この山へ雪のある季節に登ることが出来るのは、冬季閉鎖が解除される4月下旬から、登山禁止となるゴールデンウィーク明けまでの、ほんの僅かな間でしかないと言うことです。
まさに期間限定、今が旬な山というわけです。これはもう行くしか無いでしょう。
直行便の夜行バスが運行されるようになる前の尾瀬と言うのは、何げにアプローチが少々厄介な場所でもあります。
自家用車があればそうでもないのでしょうけれど、少なくとも公共交通機関の利用で日帰りするのはかなり厳しいものがあります。
と言うことで、今回は山の鼻にあるキャンプ指定地にテントを張り、一泊二日の行程でのんびりと残雪期の尾瀬を歩いて来ました。
コース
1日目は鳩待峠から山の鼻へ下りテント設営。その後に尾瀬ヶ原を散策します。二日目に山の鼻から至仏山を往復し、テントを撤収してもと来た道を鳩待峠へと戻ります。
日帰りの強行軍としなかったことにより、ゆっくりと尾瀬ヶ原を散策する時間が取れる充実の行程です。
1.至仏山登山 出発編 尾瀬への道のりは遠く
4月28日 8時 JR東京駅
ゴールデンウィーク前半戦の初日と言うことだけあって、新幹線の指定席はことごとく満席です。
もとより自由席に乗るつもりでいる私には、一切関係の無いことです。群馬・新潟方面と言うのは、GWの行楽地としての人気はいまひとつなのか、上越新幹線の自由席は至って空いておりました。
9時23分 上毛高原駅に到着しました。
高いけれど、やはり新幹線での旅は実に快適です。沼田まで鈍行で行こうかと直前まで悩みましたが、電車を降りてから先も長いので、珍しくケチらずに奮発しました。
戸倉行きバスに乗り込みます。沼田駅から出ている方が本数が多く、上毛高原発の便は少なめです。利用の際は事前に時刻表をよく確認してください。
バスもガラガラです。公共交通機関で尾瀬へ向かう人間と言うのは、少数派なのでしょう。
バスの車窓から望む沼田大天狗。ぼやけて見えるのは単に窓が汚いからです。
融雪剤が撒かれた道を走ることが多いからなのか、関越交通の路線バスは錆びの浮きが目立つボロ車両が多い様な気がします。
11時20分 鳩待峠バス連絡所に到着しました。
上毛高原駅からの乗車時間は1時間30分オーバーで、運賃は2,450円かかります。やはり尾瀬と言うのは車で来るべき場所ですな。
ここからさらに鳩待峠行きの小型バスに乗り換えます。運賃は980円です。バスはおおむね1時間に1本の頻度で運転されていますが、その合間でも人数が揃うと乗り合いタクシーを出してくれます。
と言うことで、乗り合いタクシー効果で予定よりも早くに到着しました。
11時55分 鳩待峠に到着です。
自宅を出発してから実に5時間以上もかけて、ようやく辿り着きました。ずっと座っていたのでケツが痛い。
鳩待峠に立つ鳩待山荘。素泊まりだと割りとリーズナブルな宿です。
ここに前泊して翌朝早くに登る事も当然考えましたが、GW初日とあって予約で満室でした。まあ、尾瀬に行こうと思い立ったのが出発の前日だったので、当然と言えば当然でしょうか。
私のように直前になってから行き先を決めるタイプの人間は、好む好まざる関わらず、ここへはテントを背負って来る以外の選択肢はないと言うことです。
明日登る至仏山の姿が見えました。のっぺりとした、なだらかな山容をしています。
2.鳩待峠から山の鼻キャンプ場へ向かう
山の鼻がある尾瀬ヶ原の標高はおよそ1,400メートルです。鳩待峠からは200メートルほどの下りとなります。標準コースタイムは夏道で1時間ほどの行程です。
雪の斜面を下っていきます。グズグズに腐った雪で、アイゼン無しで歩けました。
しばらく下ると、木道が露出して来ました。乗り合いタクシーの運転手さん曰く、今年の雪は例年の3分の1くらいしか残っていないのだとか。
渋滞派生中。対面通行可能なように木道は2本あるのですが、しばし片側が雪に埋まっていて一車線になっていました。
木道が露出しかけている場所は要注意です。うっかり真ん中を踏み抜こうものなら、股下まで埋まります。
上から読んでも川上川、下から読んでも川上川。川上川を渡ると、山の鼻はもうすぐそこです。
13時 山の鼻に到着しました。ここは尾瀬ヶ原の入り口に位置しており、何件かの宿泊施設が立っています。
テント場の受付は至仏山荘で行います。幕営料は800円です。
至仏山荘では朝の6時から16時まで、宿泊者以外でも食堂を利用できます。つまり、お財布を分厚くしてくれば、食事に関しては現地調達が可能だと言うことです。
また500円で入浴も可能です。当然ながら石鹸、シャンプーは使用できません。
受付を済ませたところで、今宵の我が家を設営します。雪のある季節は普段よりもテント場が広くなるそうです。まあ当然ですよね。雪の上に適当に張るだけなのですから。
一応、縄張りはされているので、その範囲内に設営しましょう。
よし、ここに決めた。何気に雪の上にテントを張るのは自身初の体験です。
雪があろうが無かろうがやるべきことは同じです。まずはしっかりと地面を平に整地します。スコップは無いので、ストンピングの嵐で雪を平に踏み固めます。整地はあらゆる土木建築工事の基本中の基本です。
雪上のテント設営と言う行為が土木建築の範疇に入るのかと言う疑問はひとまず脇におき、とにかく基本なのです。
手早く設営を完了しました。竹ペグなんて気の効いた物も無いので、踏み固めた雪面に普通のペグを打ち込んであります。雪が緩んだらあっさりと抜けそうですな。
テント場の中央に自炊場があり、水はここで給水できます。わざわざ雪を融かす必要はありません。
3.雪原と化した尾瀬ヶ原を散策する。
さて、今日はもう特にやることはありません。と言うことで、尾瀬ヶ原の散策に出かけます。
生まれたての池塘。今年の尾瀬の雪解けは、例年にない早いペースで進行中のようでした。
木道の近くは踏み抜き多発で非常に危険です。トレースから外れないように忠実になぞって歩きましょう。
進むにつれて雪が減り、木道が完全に露出した状態になりました。そして、濡れている木道と言うのは、雪の上よりもはるかに良く滑ると言う事実に気が付きました。
雪解け水を湛えた流れが実に美しい。木道でスリップしたら、最悪水の中へドボンです。多分、死ぬほど冷たいと思います。
圧倒的存在感でもって尾瀬ヶ原の端に佇む燧ヶ岳(2,356m)。この場所に燧ヶ岳を配置することを思いついた奴は、景観作りの天才なんじゃないだろうか。
こちらは背後の至仏山。見るからに急峻な燧ヶ岳と比べて、とてもなだらかな山容を引いています。この全く正反対な見た目の山が両脇に対峙しているところが、尾瀬の景観を唯一無二のものへとしているのです。
ここは定番の逆さ燧スポットらしいのですが、池塘が成長途上で水面の高さがが足りず、不完全なものしか撮れませんでした。
どこまで行くのかも決めずになんとなく歩き出してしまったので、引き返し時を見出せずにどんどん奥へと進んで行きます。
木が少々邪魔ですが、先ほどよりはずっと良い逆さ燧が出来上がっていました。
牛首分岐と呼ばれる地点まで歩いて来ました。地図によれば、ここからさらに竜宮-ヨッピ吊橋と周回すると標準コースタイムで2時間ほど。
時刻は現在15時。ヘッドランプはテントに置き去りで持ってきてはいません。ここいらが潮時か。
まだ広大な尾瀬ヶ原の入り口に立ったに過ぎませんが、本日はここまでにしておきます。またいつか、次回は夏のハイシーズンに訪問しよう。尾瀬ヶ原の全域を散策するのはその時だ。
もと来た道を引き返します。どっちを向いても絶景。尾瀬ヶ原は本当に素晴らしい場所です。
戻ってきたら、テントの数が一気に増えていて少々驚きました。雪上のキャンプなんてあまり一般的ではない行為だと思っておりましたが、世の中には意外と物好きな人が沢山いるものなのですね。
いつものお湯を沸かすだけの晩御飯を手早く済ませます。やはり山メシの基本はカレーである。
日が沈むと同時に、一気に気温が冷え込んで来ました。食事を済ませたら、イソイソとテントへ引き上げシュラフの中に潜り込みました。
夜もすっかりふけった所で、ヘッドランプを装着して再び尾瀬ヶ原へと繰り出します。お目当ては星空です。
人口の光源が一切存在しない尾瀬ヶ原であれば、さぞ綺麗な星空が見えるだろうと期待していたのですが・・・思わぬ伏兵が待っていました。
そう、満月です。
月明かりの照り返しで、雪原の上はヘッドランプなしでも歩けるような明るさでした。人工の光源が無くとも、天然の光源がこれだけ強力だとお手上げです。
駄目もとでカメラを夜空に向けてみると、まるでイメージセンサーに付着した埃のような小さな白い点が、僅かながらに写っていました。
期待していたような満天の星空とは行きませんが、まあ一応星空っぽいものは撮れました。
反対側の燧ヶ岳方向でも一枚。
月明かりというのは、ホワイトバランスの設定が難しい。これは明らかに緑っぽくなってしまいました。
時刻が21時を回ろうかと言う辺りで、濡れていた木道の表面が凍結し始めました。気温が零度以下まで下がったのでしょう。防寒が完全だとはいい難い状態だったので、凍える前にテントへと引き上げました。
4.至仏山登山 登頂編 山の鼻からの急登
明けて4月29日 4時40分
周囲の物音で自然に目が覚めました。外は奥歯がガチガチ鳴るような寒さです。
寒すぎて体を動かさないことにはやっていられません。シリアルバーにゼリーと言う簡素な朝食を手早く済ませて、5時ちょうどに行動を開始します。
薄っすらとですが、尾瀬ヶ原名物の朝霧が発生していました。湿度の高い夏にしか発生しない現象かと思いきや、こんな残雪シーズンでも発生するのですね。
尾瀬ヶ原に陽が上る。寒くてかないません、早く暖めてください太陽さん。
山の鼻からすこし進んだところに登山口がありました。ここは夏道の取り付きであって、残雪期にはどこから登ろうが自由です。
と言うことで、雪の斜面を適当に登っていきます。山頂までは、夏道の標準コースタイムで3時間の行程となります。
豪雪地帯ならではの、すごい成長の仕方をしている檜。一度折れたものの、その後しぶとく生き延びたのでしょうか。
登り始めて30分ほどで、あっさりと森林限界を超えました。
至仏山は、金属を多く含み植物の発育を阻害するという蛇紋岩で出来た山です。豪雪との組み合わせもあって、植物にとっては相当に厳しい環境であり、森林限界の標高が低めです。
シリセーダー達が遊んだ跡がいたるところに付いていました。今のところ雪は締まっていて、非常に歩きやすいコンデションです。気温が上がれば腐れ雪になってしまうのでしょうけれど。
軽い恐怖を感じような急勾配の斜面を直登していきます。ちなみに、この日私はピッケルを携行しておらず、履いているのはアイゼンではなくチェーンスパイクという軽装です。
森林限界を超えたことにより、背後の展望が開けます。いや、カッコ良すぎるでしょう燧ヶ岳。
登るにしたがってさらに斜度が増してきました。つま先を蹴り込みながら登ります。ちゃんと前爪があるアイゼンを履いて来るべきだったか。
振り返るとこの傾斜です。登る分には何も問題ありませんが、下るのは怖そうです。残雪期の至仏山へは、ピッケルを持ち込むべきですね。
いかにも尾瀬らしい木道が続いていました。斜めになっていますが、カメラが傾いているわけではありません。木道が傾いているのです。
雪と言うのは、気温の高い麓の方から融けて行くものだと思うのですが、上の方が先になくなっているのは何故なのでしょう。日当たりの問題か。
蛇紋岩は従来非常に滑りやすい石です。ただ、この季節はアイゼンの刃で引っかき傷だらけになっており、ザラザラになった表面は良くグリップしました。
このまま最後まで木道が続くのかと思いきや、頂上付近にだけまだ雪が残っていました。
山頂直下最後の登りです。北側は断崖絶壁になっており要注意です。
7時35分 至仏山に登頂しました。朝一で鳩待峠側から登ってきた人たちと合流するため、山頂は人で溢れかえっていました。
山頂の様子。
ゴツゴツとした岩場になっています。かなりの広さがって、休憩スペースには困りません。その極めて宗教色の強い山名とは裏腹に、山頂に社寺や像などは一切ありませんでした。
5.至仏山の山頂に広がる大展望
至仏山は周囲を上信越地方の名だたる名山に取り囲まれています。当然ながら山頂からの展望は圧巻です。
こちらの平たい山は会津駒ケ岳(2,133m)。夏になると、山頂付近に美しい高層湿原帯が出現する山です。
続いて北側、新潟方面の山々です。こっち方向の山はどこもまだまだ真っ白です。
この平たい山はその名も平ヶ岳(2,141m)です。見た目そのまんまのネーミングですね。
こちらは越後三山と呼ばれる山々です。やはり新潟の山は雪の量が桁違いですね。
どれのことか分かり難いかと思うので、越後三山の山名入りを一枚。
こちらは巻機山(まきはたやま)(1,967m)です。日本百名山に選ばれている一座ですが、その中では割とマイナーな山ですかね。
こちらは西側。上越国境地帯の山々。
眼下に見えているのは奥利根湖です。利根川水系最大級の規模を誇る超巨大人工湖で、東京を始めとする首都圏上水道の供給源となっています。
つまり私は普段から、至仏山の雪解け水を飲んでいると言うことか。
このギザギザでデコボコした山は武尊山(ほたかやま)(2,158m)。相当古い火山なので大分侵食が進んでいますが、もともとは富士山形をした円錐形成層火山だったと考えられています。
こちらは上州の名峰として名高い赤城山(1,828 m)。流石にもう雪は残っていないらしく、黒々とした見た目です。
これまた薄っすらとですが、遠く彼方に浅間山(2,568m)の姿も見えました。
逆光なのでシルエットになってしまっていますが、日光の名だたる名峰たちの姿が見えました。
こちらの山頂部に広がる平原は、アヤメ平と呼ばれている一画です。夏になると高層湿原帯が出現する場所として知られています。
これ程の晴天の日に、この場に居合わせることが出来る機会と言うのは、一生の内にどれほどあるのでしょうか。この貴重極まりない光景を、心行くまで目に焼き付けました。
6.至仏山登山 下山編 恐怖の雪の急斜面
8時20分 下山を開始します。気温が上がって暖かくなって来ました。雪の状態が実に気がかりです。
なお夏山シーズン中は、このルートは登り専用の一方通行となります。尾瀬ヶ原に向かって下山できるのは残雪期限定です。
スタート地点の山の鼻が眼下に見えています。直線距離で言うと3kmくらいしかありません。
シリセーダー達の宴が繰り広げられます。ピッケルを持っていない私には出来ません。やったらただの滑落になってしまう。
溶け始めた雪の急斜面を下るのは、実に心臓に悪いです。体を横向きにして一歩一歩慎重に下っていきます。ピッケルを持ってこなかったのは大失敗でした。
樹林帯まで下ってきて、ようやく人心地つきました。こんな気の抜けない下山は久しぶりです。
樹林帯に入ってからは快調に飛ばして、あっという間に山の鼻まで戻ってきました。
テントの数が大分減っています。ここに荷物をデポして至仏山を往復すると言う人は、あまり多くは無いようですね。
体がしょっぱい食べ物を切実に欲していたので、山荘の食堂でとんこつラーメンを頂く。お値段は800円也。この群馬ちゃんのコップいいな。
朝は奥歯を鳴らして寒さに震えていたというのに、今や薄っすらと汗ばむような陽気です。夏だったら躊躇無くダイブしたくなるような光景ですが、今やったら多分死ぬほど冷たいでしょうね。
鳩待峠までの登りは、標準コースタイムで1時間30分の行程です。何気に結構遠い。
行きには気づかずに素通りしていましたが、道中に至仏山のビュースポットがあります。
12時50分 鳩待峠に戻って来ました。
ジリジリと照りつける太陽で、猛烈な暑さです。なんと言う寒暖差でしょう。
この時間帯は利用者の数が多いので、ほとんど待たされることもなく乗り合いタクシーに乗り込めました。
戸倉温泉で一風呂浴びて汗を洗い落とし、長い長い帰宅の途に付きました。
二日とも最高の晴天に恵まれて、残雪期の尾瀬訪問は大満足の内に幕を閉じました。
尾瀬のハイシーズンと言えるのは、湿原に花々が咲き誇る初夏の頃かと思いますが、残雪期の尾瀬もそれに負けず劣らずの魅力に溢れています。雪原と化した尾瀬ヶ原と、その先にある白く染まった燧ヶ岳の組み合わせは、この季節にしか見ることの叶わない光景です。色々と制約があって面倒ではありますが、それでもあえてこの季節に訪れる価値は十分にあると思います。ハイシーズンほどには込み合わないのもポイント高しです。
尾瀬へはまた季節を変えて再訪したいと考えております。次回は燧ヶ岳と尾瀬沼散策かな。何しろ広大な場所なので、一回の訪問ですべてを見て回ると言うのは不可能です。リピーターが多いと言うのにも納得の山行きでした。
<コースタイム>
山の鼻(5:00)-至仏山(7:35~8:20)-山の鼻(10:25~11:40)-鳩待峠(12:50)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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