
茨城県つくば市と土浦市にまたがる宝篋山(ほうきょうさん)に登りました。
筑波山地と呼ばれる、茨城県の中部に連なる山塊の南端付近に位置している山です。標高500メートルに満たない低山ながらも、関東平野に面した立地にあることから大変眺めがよく、手軽なハイキングコースとして地元では人気の高い山です。
隣接する筑波山とは尾根で繋がっていますが、間の区間に登山道は存在せず、筑波山スカイラインによって結ばれています。
宝篋山から筑波山まで、筑波山地の南側繋げて歩いて来ました。
2025年12月7日に旅す。
宝篋山は筑波山の南側に尾根伝いに隣接している山です。筑波山(女体山)山頂の岩場からちょうど眼下に見える位置にあるため、それとなしに目にしたことがある人は多いのではないでしょうか

山頂は広く開けており、関東平野や霞ヶ浦を一望することの出来る大眺めの良い山です。半ば観光地化しているお隣の筑波山の人気と知名度には遠く及びませんが、それでも多くの登山者が訪れる人気の山です。

登山コースは複数ありますが、どのルートであっても2時間とかからずに山頂に立つことができます。とても手軽に登ることができる山ですが、歩きごたえを求める登山者からすると、ボリューム不足感があることは否めません。
そこで今回の訪問では、お隣にある筑波山までつなげて歩くことを計画しました。
ですが正直これは失敗でした。宝篋山と筑波山の間には登山道が存在せず、長々と舗装された道路を歩くことになります。

結果としてだいぶ余計な蛇足感がある行程となってしまいましたが、宝篋山そのものは大変素晴らしい里山でした。筑波山の知名度に埋もれてあまり注目されることのない、筑波山地の南側を歩いてきた一日の記録です。
コース

つくバス小田シャトルの小田東部バス停よりスタートして、極楽寺コースを登って宝篋山に登頂します。宝篋山からは筑波山スカイラインを辿って、風返峠を経てつつじヶ丘へ。
つつじヶ丘から筑波山に登頂したのち、下山はケーブルカーを使って筑波山神社まで下ります。神社からは筑波山神社入口バス停ではなく、もっと山の下にある筑波山口バス停まで下ります。
全行程の半分以上は舗装道路歩きとなりますが、宝篋山と筑波山を縦走したかったら他に選択肢はありません。
1.宝篋山登山 アプローチ編 つくばエクスプレスで行く常陸国への旅路
6時 夜明け前の秋葉原駅よりおはようございます。おおよそ登山者には似つかわしくもなさそうな街ですが、この時間帯は山登りの格好をした人の姿をチラホラと目にします。行き先は恐らく筑波山でしょう。

つくばエクスプレスに乗り込み、終点のつくば駅を目指します。一度乗ってしまえば、あとはうたた寝をしている間に運んでもらえるので気楽なものです。

7時 ほぼ1時間の乗車時間で、終点のつくば駅に到着しました。素晴らしい速さです。朝の京王線もこれくらいのスピードを出してくれませんかねえ。

続いて7時15分発の、つくバス小田シャトルに乗車します。この路線は運行本数があまり多くは無いので、時刻表は事前によく確認しておいてください。

補助金を受けて運行している地元の人のための生活路線なのでしょうけれど、これがあるおかげで公共交通機関を利用して宝篋山に登ることが可能となっています。乗って残そう公共交通!
車窓に目指す宝篋山の姿が見えてきました。標高400メートルちょっとしかない純然たる低山なのですが、平野部に面しているためかなり目立ちます。いかにも眺めがよさそうで、期待が高まります。

7時58分 小田東部バス停に到着しました。もっと山の近くにあるバス停なのだと思い込んでいたので、普通に街中にあって少々戸惑いました。一応はここが、宝篋山最寄りバス停という事になります。

近くにある小田城の跡が、この辺りで一押しの観光名所であるようです。目指す宝篋山とは反対方向にあるため、さすがに今回は寄り道しません。

筑波山まで繋げて縦走するとかはせずに、宝篋山単体に登るだけであれば時間は十分に余るはずなので、下山後に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
2.沢沿いを緩やかに登る極楽寺コース
身支度もそこそこに、8時ちょうどに行動を開始します。目的地は最初から見えているので、道なりに何となく進んで行けば特に迷うことは無いかと思います。

ほどなく小田休憩所と呼ばれている建物が現れました。宝篋山登山者のためのビジターセンタ的な施設です。

地元の行政とボランティアの手によって運営されているとのことですが、このような施設まで存在するとは宝篋山は想像していた以上に人気がある山なのかもしれません。
休憩所の隣にはかなり広い駐車場がありますが、ほぼ満車に近い状態です。

私は宝篋山のことを、筑波山の影に隠れてしまった知る人ぞ知るマイナーな里山くらいに思っていたのですが、これは認識を改める必要がありそうです。
ここで道が二手に分かれます。私が歩こうとしている極楽寺コースは右へ進めとの案内が出ているので、道標に導きに従って右折します。

畑の畔に沿った道に出たところで、ちょうど真正面に宝篋山の全容が見えました。標高400メートル少々でしかない山ですが、登山口の標高自体もかなり低いので、ほぼ標高分きっかりを登ることになります。

農道だと思われる脇道が多くあり、ルートは少々わかりにくいです。基本的には一番明瞭な道筋に沿って進めばよいだけです。

日中でも薄暗い鬱蒼とした森の中へと入っていきます。陽の差さない森の中は、思わず身震いしそうなるような肌寒さです。

極楽寺コースは途中までは小さな沢に沿った谷筋の道です。暖かい季節であれば涼しげで気持ちの良い道なのかもしれませんが、今の季節だとひたすらに寒々しいです。

時期的に最終盤の紅葉が見られるのではないかと期待して訳なのですが、周囲の森はもともと常緑樹が主なようで緑一色の状態です。12月上旬が宝篋山のベストシーズンであるという見立ては、どうやらはずれの様です。

かなりか細い流れではありますが、あらゆるものが乾燥しきっている冬であっても、上流部までしっかりと水流があります。平野の只中にあるこれほど小さな山のどこにこれだけの保水力があるのか、不思議なものです。

谷の上部まで登ってきました。ここで背後の展望が少しだけ開けます。

空気がモヤーと霞んでいますが、薄っすらと東京スカイツリーらしきものが見えています。

かなりぼやけてはいますが、関東平野を挟んだ向かいに薄っすらと富士山も見えました。冬らしくカラっと乾燥した空気ならもっとよく見えるのでしょうが、残念ながら今日はかなり湿度が高めであるようです。

ここまで谷沿いをほぼ一直線に登ってきましたが、谷筋から外れて少しだけトラバース区間が入ります。

ほどなくY字路が現れました、どちらに進んでも最終的には山頂に行き着きますが、最短距離で山頂を目指すならここを左です。

道の傾斜が増して真面目に標高を上げ始めました。ここからはそこそこの急登区間となりますが、それも長くは続きません。一気に登ってしまいましょう。

道中にはベンチなども整備されており、登山初心者やお子様連れにもよさそうな安心安全なハイキングコースです。

よさそうと言うか、周囲を見るにそれがこの山の本来の客層であって、むしろ私のような異常限界中年男性が一人で紛れ込んでいることが間違いであるような気がしなくもありません。
急登区間を登りきると、尾根上の肩のような開けた空間に出ました。周辺一帯に立っているこの木々は、どう見ても桜です。

ふむ、やはり明らかに訪問時期を間違えてしまったようです。宝篋山は4月の桜の季節に登るべき山であったかもしれません。
それでも春は春で霞の影響により展望は望めなくなりますから、花と展望のどっちを取るのか、一長一短であると言えそうです。
僅かではありますが、良い色に色づいた紅葉が残っていてくれました。ありがたやー。

この宝篋山の山頂にはかつて山城が存在していました。現在でも土塁なのどの痕跡が僅かに残っています。

これは掘割の跡かな。よくよく周囲を観察してみると、明らかに人間の手による改変が行われた痕跡があるのが、なんとなしに見てとれます。

真っすぐ山頂に向かうのであればここを直進ですが、宝篋城ルートと銘打たれた脇道があったので、そちから回り道して行きます。

確かに人為的に平坦にならされているように見える地形になっています。今では木々が大きく育ち、痕跡と言えるほどのものはもうほとんど残っていない状態です。

この宝篋城と言うのは麓にある小田城に付随する詰の城ではなく、逆に南朝方の小田城を攻めるために北朝側の武将が陣を置いた攻城のための城塞であったらしい。

最終的に小田城は落城し、常陸国から南朝の勢力は一掃されることなります。それだけ古い時代に造成された地形が、今なおを残っていると言うのだから驚きです。
山頂手前にある広場までやってきました。トイレまであります。宝篋山は決して全国区の知名度がある山だとは思えませんが、これだけ至れり尽くせり状態なのは、それだけ地元の人から愛されてかつ登られている山なのでしょう。

山の麓からもよく見えていた山頂の巨大なアンテナ塔が、いつの間にか目の前にありました。平野に囲まれた場所にある山なので、周囲に電波を飛ばすにはうってつけの場所と言えそうです。

9時45分 宝篋山に登頂しました。バス停からのんびり歩いても2時間とかからない、実にお手軽な行程でした。

宝篋山は低山がらも大変眺めの良い山です。さっそく周りを見渡してみましょう。
3.宝篋山山頂からの展望
ちょうど真正面に筑波山の姿がありました。遠目からでも大変目を引く、特徴的なシルエットの双耳峰です。江戸時代から「西の富士、東の筑波」と並び称されていたくらいに、関東地方においては際立った存在感のある山です。

平野部に隣接しているため遠目には独立峰のようにも見えますが、実際は筑波山地と呼ばれる山塊の一部です。現在地の宝篋山も、その筑波山地の一部です。
筑波山の左後方には、うっすらと冠雪した日光連山の山並みが見えています。あのあたりはもう、完全に冬の装いです。

南西方向には、関東平野越しに富士山が良く見えています。先ほど見た時よりは、少し霞が取れてきました。

東側の土浦方面には、霞ヶ浦が良く見えています。陽だまりが気持ちよさそうなベンチが複数置かれていますが、軒並み先客で埋まっていました。宝篋山の人気のほどがうかがえます。

琵琶湖に次いでに日本国内で2番目の大きさを持つ霞ヶ浦は、海かと思うくらいには巨大です。

私は大昔のアオコが異常発生して酷い悪臭を放っていたころの霞ヶ浦しか知らないので、この湖に対して良い印象を持っていません。今では少しは水質が改善しているのだろうか。
4.速度違反の車が行き交う、つつじヶ丘までのデスロード
さて、このまま下山してあとは小田城跡の見物でもしてから帰れば、ごく普通の宝篋山登山となっていたことでしょう。しかし私は何をトチ狂ったのか、筑波山まで縦走しようとしています。

始めに断っておきますと、宝篋山から筑波山への縦走は、正直全くおすすめはしません。理由は、この先へ進んで行けばすぐに明らかになります。
ロープによる封鎖などはされていませんが、危険立入禁止と書かれた立札が立っています。はて、山と高原地図にも記載のあるルートなはずなのですが、通り抜けはできないのでしょうか。

これは誤進入を防ぐための警告なのだろうと、ひとまずは都合よく解釈して進みます。もし怒られたら、その時は平謝りして速やかに退去しましょう。
山頂のアンテナ施設を保守するためのものと思われる、簡易舗装された道が続いていました。反対側から登って来る登山者の姿もチラホラとあり、やはり普通に登山道として認識されているように見えます。

まあ恐らく厳密に言えば関係者以外は立入禁止なのでしょうが、少数の登山者が通り抜けるくらいは実害も無いので、お目こぼしされている状況と言ったところでしょうか。
入口まで下って来ると、しっかりとゲートによって封鎖されていました。ここにも立入禁止の文言があります。

という事で、もし宝篋山から筑波山の縦走を計画中の方がいらっしゃいましたら、現状は黒寄りのグレーであると言うことをご認識おきください。
筑波山スカイラインに合流しました。かつては有料の自動車専用道路でしたが、現在は無料化されて県道の扱いとなっており、歩行者の立ち入りに制限はありません。ただ出自が自動車専用道路であるため、当然歩道はありません。

ここからはこの筑波山スカイライン上を歩きます。隣接しているのだからスカイラインとは別に登山道があるものだと勝手に思い込んでいたのですが、残念ながら他の選択肢はありません。宝篋山と筑波山の縦走は、まったく一般的なものではないようです。

時々こうして視界の開けている個所があることにはありますが、全般的に木々が鬱蒼としていてあまり眺めは良くないスカイラインです。

距離の長さもあって、大多数の人は途中でこのスカイライン歩きが嫌になるだろうと思います。縦走はお勧めしないといった理由をご理解いただけるのではないかと。
ただ長いだけならまだいいのですが、いかにも北関東らしくDQNカー運転が少々荒っぽい方が多くて、なかなか神経がすり減ります。何というかMad茨城怒りのデスロード状態です。V8を讃えよ!

これ以上読者の皆様を退屈させるのも忍びないので、道中の模様はバッサリと省略いたします。
12時30分 という事で場面は飛んで、風返峠と呼ばれている地点まで歩いて来ました。有料道路だった時代には料金場が置かれていた場所です。

風返峠からそのまま車道沿いに登って行けばつつじヶ丘に至るのですが、筑波山神社方面に少し下った位置にどうやら登山道が存在するようなので、そちらから登ることにします。

ほどなく道の右脇に登山道への入口がありました。良く見ていないと見落としてしまいそうなくらいさりげなくあるので、道の右側に注視しながら歩いてください。

と解説しておいてなんですが、私と同じ道筋を辿ろうとするもの好きは、果たして存在するのだろうか。
踏跡は割としっかりありますが、蜘蛛の巣の跋扈具合からしてほとんど歩かれてはいなさそうな道です。普通に筑波山へ登りに来た人からすれば、わざわざこんなところを歩く理由なんて一切ないですからね。

そこそこの急登をえっちらおっちら登って行くと、道路脇にある駐車スペースの裏手に飛び出しました。こんなところに道があるという事を知っている人は、ほとんど存在しなさそうです。。

つつじヶ丘と筑波山山頂を結んでいる筑波山ロープウェイが、ちょうど目の前に下ってきているところでした。

13時30分 つつじヶ丘に到着しました。つつじヶ丘は筑波山の中腹付近にある肩のような空間で、つくば駅から発着している路線バスでここまで登ってくることが可能です。

なんだかんだで筑波山に登るときはいつも筑波山神社からスタートすることが多く、何気に自身初めてこの場所を訪れました。初訪問がよりにもよって宝篋山から歩いて来るとか、我ながら意味の分からないことになっております。
つつじヶ丘にはガマの油売りをテーマにしたガマランドと言う小さな遊園地があり、B級観光スポットとしてひそかな人気があったらしいのですが、コロナ渦による来園者の減少を受けて令和3年に閉園しています。

現在跡地を利用した再整備の計画が進んでいますが、一番肝心(?)のガマ洞窟の復活については何も言及されていません。
ちょっと登った位置から見下ろしたつつじヶ丘の全景です。筑波山の山頂から見下ろしたことしかなかったのですが、思っていたほどには広くなく、コンパクトにまとまっている空間です。

ここからケーブルカーに登れば一気に山頂までワープ可能であるし、何ならもうバスに乗って帰ってもいいくらいの時間ではありますが、せっかくここまで来たのですから、真面目に山頂まで歩いて登ることにします。
5.正午すぎの時間から登るおたつ石コース
時刻はとっくに正午を回っており、「え、本当に今から登り始める気ですか。さては山を舐めていますね?」と言われかねない状況ではありますが、ともかく本日2度目の登山を開始します。

背後に宝篋山の姿が良く見えています。こうしてあらめて眺めると、結構な距離を歩いて来たものです。まあ、ほぼすべてが舗装道路でしたけれどね。

つつじヶ丘に来たことそのものが初めてであったわけですから、当然このおたつ石コースを歩くのも初めてのことです。立ち上がりから容赦のない階段地獄が続いていました。やっぱりもう帰ろうかな。

最初の急登を登りきると、東屋が置かれた平坦な場所に出ました。ここからの眺めもなかなかのもので、何ならもうここを山頂という事にしても良いのではないかと言う気分になってきます。

最初に一気に標高を稼いで以降は、あまり標高差のない緩やかな道になりました。つつじヶ丘から筑波山山頂までの標高差はだいたい350メートルほどで、運動強度的には小田東部バス停からの宝篋山登山より少し緩いくらいです。

緩いとは言っても、さすがに1日に2度も山に登っていると、それなりに疲れはします。
サクサクと足早に登って行くと、まだ新築ピカピカ状態のように見える東屋の建っている場所が現れました。

ここは弁慶茶屋跡と呼ばれている場所で、筑波山神社から登ってくる白雲橋コースとの合流地点です。以前は何もないただの空き地になっていたのですが、いつの間にかこんな立派な東屋が建っていました。

という事で、この先はもう過去に何度も歩いたことのある領域となります。

筑波山と言えば大定番のスポットである、弁慶七戻りと呼ばれている岩です。頭上の岩が今にも落ちて来そうに見えるため、豪胆なことで知られるかの武蔵坊弁慶すらも通ることを躊躇して七回も引き換えしたという伝承があります。

この先のルートについては過去記事で何度か詳細にレポートしているので、今回はバッサリと省略いたします。



14時45分 という事で場面は飛んで、筑波山に登頂しました。割ともう遅い時間であるにもかかわらず、あまりの人の多さに面くらいました。まあ、ケーブルカーやロープウェイで簡単に登ってこれる場所ですからね。

山頂は切れ落ちた岩場になっています。以前はもっと先まで進めたのですが、現在はロープで囲まれていて立ち入りできる場所が制限されています。

スタート地点の宝篋山が、ちょうど真正面の眼下に見えています。ここまで本当によく歩いて来ました。

左に目を向けると、ここまで歩いて来た筑波山スカイラインのある尾根の全容が見えました。よもや車道しかなく登山道が全くないとは、まったくの予想外でした。

宝篋山が登山の対象として拓かれたのは実はごく近年になってからのことで、一昔前までは立ち入ることもままならない藪山でした。尾根上を辿る登山道が存在しないのは、そもそも登る人のいない山であったからです。
筑波山は二つの頂を持つ双耳峰です。最高地点である現在地は女体山という名称で、もう一つのピークである男体山はすぐ隣に見えています。

相変わらず霞んではいますが、この時間になってもまだしっかりと富士山が見えていました。終日に渡って本当に良いお天気でした。

筑波連山は筑波山の北側にもずっと続いています。こちらは加波山(709m)へと続く稜線です。宝篋山ほど手軽ではないし展望もあまりありませんが、登山道はしっかりと存在して登ることは可能です。

加波山には以前一度登ってはいるのですが、終日に渡り曇り空で撮れ高もイマイチだったので、ボツにして記事化はしていません。気が向いたらそのうち再訪することにしましょう。
6.ケーブルカーで楽々下山したのち、筑波山口まで歩いて下る
時刻は15時を過ぎました。なにしろ日の短い季節であるので、いい加減そろそろ下山に移りましょう。

この時間になっても一向に減る気配のない観光客にもまれつつ、御幸ヶ原まで下ってきました。ここは男体山と女体山の鞍部に広がっている平坦地です。

主に南側の展望が開けている女体山の山頂に対して、御幸ヶ原からは北側の展望が開けています。ここでも日光連山の山並みが良く見えました。

流石にもう時間も押して来ているので、帰路はケーブルカーを使ってラクラク下山します。時期によっては大行列ができることも珍しくないケーブルカーですが、この時間はさすがに閑散としていました。

麓の宮脇駅までの片道運賃は590円なり。されど得られた快適さはプライスレス。この偉大なる文明の力により、標高差500メートルを僅か8分で下ることができます。

山の中よりも登山口周辺の紅葉が一番綺麗で見頃だという、晩秋の時期の登山にありがちな光景がここでも繰り広げられました。

普段は大混雑していることが多い筑波山神社も、この時間にもなると流石に空いています。という事で、人込みを避けて参拝がしたいと言う人は、15時過ぎくらいに訪れると空いていて良い感じだと思います。

バス停までは再び舗装道路歩きです。なんだかんだ、本日の行程の半分くらいは舗装道路歩きでした。これでは縦走に人気が無いのも当然と言ったところでしょうか。

筑波山神社の鳥居付近からでも、宝篋山の姿は良く見えています。まあ、繋げて歩いた意味はあまり無かったかな。

15時50分 筑波山神社入口バス停に到着しました。ここからつくば駅行きのバスが出ているのですが、このバス停を通るバスはつつじヶ丘発であるため、大抵は最初から満席状態です。

という事で、さらに下った地点にある筑波山口バス停まで歩きます。つくば駅までは何気に1時間近い長丁場になるので、立ったままは辛いのですよ。その点、筑波山口バス停から出ているつくバスは、いつも空いていることが多いのです。

だいぶ日が傾いて来ましたが、何とか暗くなる前には下山を完了できそうです。いったいなぜ私はこうも毎度毎度、下山が日没ギリギリの時間になってしまうのか。

何故も何も、意地汚く予定を詰め込みすぎるているからですよね。はい。
ため池に映った逆さ筑波山を写真に収めたところで、今度こそ本日のミッションは完了です。

16時30分 筑波山口バス停に到着しました。今日もたくさん歩いて大満足です。

思惑通りガラガラに空いているつくバスに乗り込み、帰宅の途につきました。

未踏の宝篋山に一度登ってみようという思い付きから始まった今回の山行でしたが、何故か速度超過の車がビュンビュンと行き交うデスロードを長々と歩くという意味の分からない展開となりました。筑波山まで繋げて歩いたのは無意味な蛇足であり、本来宝篋山登山には全く必要のないピースです。
宝篋山自体は手軽に登れる里山として非の打ちどころのない存在であり、軽めの登山を楽しみたい人や、関東平野の広さを感じたいと言う人に自信をもっておすすめ出来ます。小田城跡の観光と合わせて巡って見てはいかがでしょうか。
最後に大事なことなので2度言いますが、筑波山まで繋げて歩いたのは全く意味のない蛇足です。おすすめしません。
<コースタイム>
小田東部バス停(8:00)-宝篋山(9:45~10:20)-風返峠(12:30)-つつじヶ丘(13:30)-筑波山(女体山)(14:45~15:00)-御幸ヶ原(15:10)~ケーブルカー移動~宮脇駅(15:30)-筑波山神社入口バス停(15:50)-筑波山口(16:30)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。



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