
山梨県甲府市にある興因寺山(こういんじやま)、八王子山(はちおうじやま)および湯村山(ゆむらやま)に登りました。
甲府市街地のすぐ北に連なっている低山群で、甲府市が開府500年を記念して制定した甲府名山にも選ばれている山々です。いずれも標高1,000メートルに満たない山ながらも、所々に視界が開けた場所が存在する好展望のハイキングコースとして整備されています。
秋も深まった甲府周辺の山並みを巡り歩いて来ました。
2025年11月30日に旅す。
今回は極めてマイナーな里山徘徊回です。甲府駅からもよく見えている、甲府市街地のすぐ裏手に連なっている山々を巡り歩いて来ました。恐らく地元甲府の人以外には、ほとんど登られることも無いであろう山域です。

ただ漫然と歩くよりは何か明確な目標があった方が良いかと思い、甲府名山に選ばれている山を目指して歩きます。
甲府名山は山梨県甲府市が平成31年に甲府開府500年事業の一環として制定した、全部で25座の山々です。そのうちの11座が甲府駅の北側周辺に点在しています。

日没時刻が早く行動可能な時間が短い晩秋の時期ということもあり、今回は11座あるうちの6座を繋げて歩いて来ました。
およそ全国区の知名度は全くないと言ってよい山域ながらも、そこは山梨県の山らしく素晴らしい展望が広がっていました。甲府周辺の山々をほっつき歩いて来た1日の記録です。

コース

武田神社バス停よりスタートして、小松山、淡雪山、興因寺山、片山、八王子山および湯村山の6座の甲府名山を巡ります。下山は信玄の隠し湯の一つとして名高い湯村温泉に下ります。
一筆書きに甲府名山を巡りつつ、最後は温泉に向かって下る理想的な行程です。
1.甲府名山巡り アプローチ編 鈍行列車で行く甲府への旅路
6時13分 JR高尾駅
山梨県の山に登りに行く際の定番である、いつもの松本行きの鈍行列車で甲府駅を目指します。山梨県に何か地縁があるわけでもないのに、私はいったい年に何回この電車に乗っているのだろうか。

7時45分 211系の爆音を子守唄に気持ちよく寝ている間に、つつがなく甲府駅に到着しました。誰が何と言おうと、甲府駅は断固として鈍行圏内です。

駅北口2階のデッキ上に進むと、市街地の直ぐ脇にまで山が迫ってきいるのが見えます。本日歩こうとしているのは、あの辺りの山々です。

乗車予定のバス発車時刻まではまだ少し間があるので、甲府駅北口を少し散策していきましょう。こちらは国指定の重要文化財となっている藤村記念館です。もとは学校の校舎として作られた建物であるとのこと。

こちらは武田信玄の父親である武田信虎の像です。南口の駅前にある息子の像と比べると全く目立ちませんが、それでもまあこうして銅像にしてもらえているだけでもまだ扱いとしては良い方なのか。

8時10分発の武田神社行きのバスに乗車します。ちなみに、歩いて行ったところで大した距離ではありません。身も蓋もないこと言ってしまうと、わざわざバスを待つ意味はあまり無いかもしれません。

10分にも満たない乗車時間で、終点の武田神社に到着しました。本日はここを起点にして甲府名山巡りをします。

2.紅葉が見頃を迎えた武田神社
せっかくの機会なので、出発する前に武田神社をお参りしていきましょう。この神社に祭られている御祭神は、名前の通り武田信玄公その人です。山梨県では圧倒的な人気を誇る戦国大名ですが、ついには神にまでなっていましたか。

まあ徳川家康も死後は東照大権現になったわけですから、武田信玄だって神になれない道理はありません
武田神社が建っているのは、もともとは武田氏の居城があった躑躅ヶ崎館の跡地です。

武田氏と言えば「人は城、人は石垣、人は堀」と言う標語があまりにも有名で、甲府に天守閣を備えた本拠地としての城は最後まで築かれることはありませんでした。
甲府駅の南側にある甲府城跡は、武田氏の時代のものではなく江戸時代に築かれたものです。
城ではなく館の扱いだったとは言っても、しっかりと堀は備えており、最低限の防御力は有していたことが伺えます。

ちなみに甲府に武田氏の城は一切存在しなかったのかと言えばそんなことは無く、有事の際に立て籠るための詰めの城はしっかりと存在していました。武田神社の裏手にそびえる要害山がその跡地です。
境内に館跡の建物などは一切残っておらず、史跡ではなく神社であることに徹しています。

紅葉はちょうど見頃のど真ん中で、見事な色づき様です。朝日に照らされて輝く姿が美しい。

出発する前から早くも満足してしまいそうな気分になっていますが、ここはまだスタート地点でしかありません。油を売るのはこれくらいにしておいて、そろそろ出発しましょう。

3.最初の小松山でいきなり道を間違える
神社のお参りをすませたところで、本日の行動を開始します。1座目となる小松山を目指して、お濠沿いに西方向へ進みます。

ちなみに本日歩こうとしてるルートは山と高原地図の金峰山・甲武信ヶ岳の範囲に含まれているのですが、一部の登山道しか掲載されていません。
小松山に至っては山名自体が記載されていないので、ルートの詳細に関してはヤマレコなりの他の手段で確認しておく必要があります。
ちょうど前方に見えている山並みの尾根上を目指している訳なのですが、特徴に乏しい同じような背丈の山が並んでいて同定は全くできません。まあとにかくあの辺に登ります。

突き当りを、武田神社駐車場と案内されている方に進みます。あとは基本的にずっと道なりです。道標の類は一切ないため、登山口にたどり着くまでが一番の核心部であるという、里山あるあるです。

今ちょうど前方に見えている山がおそらく、本日最後に登ることになる湯村山です。北側に大きくぐるっと回った後に、あそこまで戻ってくることになるはずです。

ポッポッポ~、はとポッポ~♪一見するとハトと書いてあるようにも見えますが、幅員減少とT字路の標識が並んでいるだけです。

これは通称ハト標識と呼ばれていて、わざわざこの並びがある場所を探し求めて全国各地を旅して回る熱心な愛好家も存在するのだとか。趣味の世界とはまことに奥が深いものですなあ。
ハトの姿は見当たりませんが、かわりにモフモフな毛並みの猫が怪訝そうな表情でこちらの様子を伺っていました。別にあやしい者ではないですよ。

脇道の終端まで登って行くと、枯葉に覆いつくされて既に打ち捨てられている感のある小さな公園がありました。事前に確認した限りではここから取りつけるはずなのですが、さて登山道はあるのでしょうか。

半信半疑のまま奥まで進んでゆくと、笹薮に没しかかている道がしっかりと続いていました。どうやら間違ってはいなかったようです。

しかし安心したのもつかの間。延々とトラバースが続き一向に登りが始まらず、徐々に踏み跡も怪しくなってきました。それでも一応は目印らしきピンクテープは続いています。

遂には砂防堰堤にぶつかってしまいました。このペンキで書かれている上矢印は、ここを乗り越えろと言う意味なんでしょうか。

スマートフォンであらためてルートを確認しなおしてみると、この沢にぶつかるよりもはるか手間の地点から、右手にある山頂に向かって登って行くはずの道筋になっています。

ふむ、どうやら分岐を見落としてしまったようです。一度引き返して正しいルートに復帰すべきか。
ええい、登ればいいのだろう。登れば。という事で、道なき斜面を強引によじ登ることを選択したのですが、これは大失敗でした。

同じことをした経験がある方にはよくわかることかとは思いますが、道でも何でもないただの山の斜面をよじ登るのは、見た目ほど簡単なことではありません。
四苦八苦しつつも、何とか正規の登山道と合流することができました。自分のことは100%棚上げにして言いますが、道を間違えた時にはどんなに面倒でも引き返して正規のルートに復帰しましょう。強引に突っ切ってもロクなことはありません。

案内の標識によると、小松山の山頂まではもと来た方向に向かって約10分とあります。やはり進みすぎていたようです。

という事で、小松山方向に向かって少し戻ります。それにしても、登山道とはまことに良きものでありますな。

興因寺山方面に向かう道との分岐地点が現れました。先に進む前に小松山山頂をサクッと往復してきます。

山頂に取りつく前に、一度小さな鞍部を挟みます。松の文字を冠している名前の通りに、山の上には見事な松林が広がっていました。

山梨県内の山を歩いていると頻繁に目にする謎の標識、やまなしの森林100選がありました。やはりこのアカマツ林がイチオシであるようです。

下から登って来る脇道があります。どうやらこれが、本来歩くつもりだった登山道であるようです。

どこで見落としてしまったのかが気になると言えばなりますが、しかしそれを確かめるためにもう一回登りなおすかと問われると、流石にそれは躊躇します。
山頂に向かって最後の登りです。山頂の一帯が公園として整備されているらしく、登山道と言うよりは完全に遊歩道規格の道です。

10時5分 小松山に登頂しました。今日はゆるふわな里山ハイクのつもりだったのに、出だしからいきなり道なき道を彷徨う羽目になろうとは。甲府名山は意外と侮れませんぞ。

山頂まですっぽりと松林に覆われており、樹木の隙間越しのわずかな展望しかありません。昔はもっと眺めの良い山だったのかもしれませんが、今では登っても特に良いことはない静かな頂です。だがそれが良い。

4.花崗岩の岩場を越えた先に静かに佇む興因寺山
分岐地点まで引き返して、興因寺山方面へ進みます。この辺りもまだ公園整備されている範囲内らしく、明らかに遊歩道規格の道のままです。

ほぼ水平移動状態のトラバースがしばしの間続きます。道幅の広さからして、かつては軽トラも通行する林道だったのかもしれません。

足元に甲府盆地が広がっているのが何となく見えていますが、なかなか視界の開けている場所が現れません。この先に眺めの良いスポットは何か所かしっかりとありますが、全体を通じて展望が開けている場所は限定的です。

一見すると堆積岩のように見える、小石を敷き詰めたような外観の岩が目につきますが、これらは火山由来の溶結凝灰岩と呼ばれるものです。

結構長々と水平移動が続いたところで、車止めのガードがある分岐地点が現れました。

目指す興因寺山の名前はどこにも書かれていませんが、ここから金子峠を目指して登って行きます。

相変わらず幅の広くて明瞭な道が続いていますが、路面上の枯葉の堆積具合からして、ほとんど歩かれてはいなさそうな雰囲気が漂っています。甲府の裏山とでも言えそうな立地にあるのに、あまり人気は無いのでしょうか。

峠に向かって登って行く道なので、林道ではなく古道由来の道なのかもしれません。大きく九十九折れを繰り返しながら、緩やかに登って行きます。

ここでも紅葉がとても良い感じです。訪問時期的には完璧と言えるタイミングだったようです。11月末から12月の初頭くらいの時期は、里山を徘徊すのにはうってつけのシーズンです。

少しだけ背後の視界が開けて、世界遺産のアイツがひょっこりと頭をのぞかせていました。甲府盆地から富士山は確かに良く見えるのだけれど、手前にある御坂山地に遮られるので見え方としては今一つな印象です。

11時10分 金子峠(きんすとうげ)まで登ってきました。古くは甲州御岳山と呼ばれていた金峰山を目指す修験者達が歩いた、御岳参詣道と呼ばれていた道の一部だった峠です。

峠のすぐ裏手にまで車道が通じており、弥勒館と言う名の建物が建っています。宿泊施設なのかと思いきや、神幽現救世真光文明教団と言う宗教団体が所有している施設であるらしい。

かつては多くの人が行き合ったであろうこの峠も、今ではごく一握りの物好きなハイカーくらいしか立ち寄る者はいない静かな場所です。
弥勒館の敷地のギリギリ外側をかすめるようにして登山道が続いています。ここを過ぎると、ようやく山道らしい山道になります。

前方の視界が開けました。この白い岩は一目でそれとわかる花崗岩です。昇仙峡にある羅漢寺山によく似た雰囲気です。

似ているのも当然で、どちらの山もおよそ一千万年前の地殻変動によって生じた、甲府花崗岩類と呼ばれる岩によって構成されています。
展望が少し開けて、眼下の甲府盆地が良く見えています。昔の金子峠はもっと眺めがよかったという話も聞かれますが、木々が成長したことににより、今では見える範囲は限定的です。

開けている場所はごく僅かで、すぐにまた森の中に戻りました。もう少し眺めが良ければ、昇仙峡のような有名観光地になれたのかもしれません。

それでもこうして所々に開けている場所はあります。やはり山梨県の山からの展望は、こうでなくてはいけません。

興因寺山に向かう途中の尾根上に、淡雪山と言う名前のピークがあります。ここも甲府名山にも選ばれているようですが、特に展望も何もなくただの通り道と言ったところです。

白い花崗岩が山肌に薄く積もった雪のように見えるのが名前の由来なのかな。
淡雪山を越えるたところで、興因寺山の本体に向かって最後の登りが始まります。特に気合をいを入れるほどの登りでもないので、ゆるゆると登って行きます。

ここでもアカマツが目につきます。アカマツは乾燥して栄養に乏しいやせ地を好む植物です。風化した花崗岩が露出している山なので、もともと土壌の栄養分が極めて乏しいのでしょう。

山頂らしき場所まで登って来ると、巨大な送電鉄塔が陣取っていました。

11時50分 興因寺山に登頂しました。金子峠からの所要時間は僅か40分ほどで、実にお手軽な道程でした。この場所が本日の行程における最高地点となります。

ここでも樹木が大きく育っており、展望は全くありません。あるものと言えば鉄塔くらいな地味で静かな頂です。だがそれが良い。

5.中峠を経て千代田湖へ下る
鉄塔があるだけの山頂に長居したところで、得るものは何もありません。僅かな山頂滞在時間でもと来た道を引き返します。

サクサクと足早に淡雪山を越えて、弥勒館の屋根が見える場所まで戻って来ました。

12時40分 金子峠まで戻って来ました。このまま真っすぐに、往路ではトラバースした尾根沿いを進みます。

この尾根上はほとんど歩かれてはいないらしく、目に見えて踏み跡が心許なくなりました。と言うか、どうやらそもそも道ですらないようです。性懲りもなくまた道では無いただの山の中を歩いております。学ばないおっさんです。

ピークらしき場所に、カズとユキの峰と書かれた手製の標識が掲げられていました。それで、君たちはいったいだあれ?

遂には踏み跡と言えるものが完全に消滅しました。国土地理院の地図と自分の地図読みを信じろ!という事で中峠があると思われる方に向かって下って行きます。

道なき斜面を下って行くと、峠らしき場所が見えてきました。という事で、またもや自分のことは100%棚上げにして言いますが、この区間は尾根上ではなく素直にトラバース路を歩いたほうが無難です。

13時15分 中峠まで歩いて来ました。峠の名前を記した標識などはありません。脇にぽつんと置かれたお地蔵さまだけが、この場所が古くから峠道が存在する場所であることを示していました。

ここからは一旦山から下ります。甲府盆地北側の山間部に位置している帯那地区方面へと下ります。

金子峠と中峠は峠の両側で大きく標高が異なる片峠になっており、やけにあっさりと町中まで降りてきました。

前方に見えているのは千代田湖です。湖と称してはいますが、正式名称は丸山貯水池と言い、農業用のため池です

甲府のすぐ裏手の高台上に湖が存在することは地図を見て知ってはいましたが、実際に訪れたのは自身初めてのことです。前々から気になっていた場所でしたが、ようやく目の前で見ることができました。
湖の北側に見えているこちらの山は、方角的におそらく帯那山(1,422m)であるはずです。一応は山梨百名山と言うタイトルを保持している山ですが、まあ知っている人はごく僅かでしょう。


ダムの提体は単に土を盛っただけの、いわゆるアースダムです。見たところ何の洪水調整機能も備えていなさそうです。

提体上のちょうど真正面に、ニセ八ヶ岳の異名を持つ茅ヶ岳(1,704m)が見えています。なるほどこういう位置関係になるのか。

千代田湖の湖畔は桜の名所として知られている場所なので、甲府名山巡りをするのであれば、ベストシーズンと言えるのは4月の初旬ごろかもしれません。晩秋の紅葉シーズンは次点と言ったところでしょうか。

6.武田の杜として山全体が公園整備されている片山
甲府名山巡りの次なる一座である片山は、この千代田湖のすぐ傍らにあります。例のごとく道標も何もありませんが、このガードレールの脇からまた山中へと入って行きます。

山百合の道と称していますが、今は当然シーズンオフであるため一輪も咲いてはいません。落ち葉と笹の道です。

片山は山全体が公園として整備されており、何なら山頂の直ぐ直下まで車で登れます。ただ今歩いているこの山百合の道は裏道的な扱いのルートらしく、あまり歩かれてはいないのか全般的に荒れ気味です。

ひと気の全くない薄暗い道を登って行くと、すぐに舗装された道に出ました。この先には駐車場もあります。まあ、公園ですなあ。

駐車場から山頂までの距離は、5分以上10分未満と言ったところです。しっかりと山道ではありますが、スニーカーでも全く問題は無いと思います。

14時10分 片山に登頂しました。平坦な山頂は見るからに人工的にならされた曲輪のように見えますが、実際に要害山城の出城として狼煙台が置かれていた場所であるらしい。

狼煙台があったという事は、当然ながら当時は周囲を広く見渡せる場所だったのでしょうけれど、今では木々が茂り展望は限定的です。と言うか、今日登った甲府名山はどこもそんな山ばかりですな。

さて、時間もだいぶ押してきてしまっているので、どんどん先に進みましょう。登って来た山百合の道ではなく、反対側の舗装道路を下って行きます。

山頂からよりも何気ない道中からの眺めの方がずっと良いという、里山あるあるの光景がここでも繰り広げられます。

この片山を含む周辺一帯を含めて、武田の杜と言う名称で公園整備されています。何というか、山梨県においては今なお武田と言う名称が最高ブランドなのであろうことがうかがえるネーミングですな。

7.甲府名山きっての好展望地、八王子山
ここまで来れば甲府名山巡りもいよいよ佳境です。道路を横断して、すぐ向かいの山道に取りつきます。

どうやらここは武田の杜に付随しているキャンプ場であったようですが、施設の老朽化に伴い現在は既に閉鎖されています。

山の斜面上に張り出すようにして建てられていたバンガローが、倒壊して転げ落ちそうな状態になってしまっています。

山登りを趣味していると、こうした山中に打ち捨てられているキャンプ所の跡地を割とよく目にします。
当初はいろいろな夢なり理想なりを詰め込んで建設するのでしょうが、山の中に建てられた建造物を使用可能な状態に維持し続けるけるのは、容易なことではありません。
雨風雪やら虫やら野生動物やらその他諸々の大自然が、絶え間なく建造物の耐久度を削り取って行くわけですから。
今歩いている尾根からは少し外れた位置に、天狗山と言うピークがあります。この天狗山も甲府名山に選ばれている一つであり、当初の計画では往復して行くつもりでいました。

なのですが、もうすでにだいぶ時間が押して来てしまっているので、無念ではありますが訪問は見送ります。出だしの小松山でいきなり躓いた影響が、ここにきて出てきてしまいましたな。
という事で天狗山はスキップし、次なる八王子山に向かって進みます。しっかりと手すりまで完備しているあたり、この辺りもまだ武田の杜の範囲内なのでしょう。

ここにきて展望が大きく開けました。このあと最後に登ることになる、湯村山へと続いている尾根がすべて見えています。良い眺めじゃないですか。

標高600メートルほどの里山からの眺めとは思えないクォリティの展望です。もう終わりが近くなって来てから真打が登場するとはまた、甲府名山もなかなか侮れません。

八王子山も興因寺山と同様に花崗岩で出来た山です。山頂に近づくにつれて、白い地面が目立つようになってきました。

背後の展望も開けて、茅ヶ岳の左後方に八ヶ岳の頭の部分が見えました。ニセモノと本物の競演です。

山頂らしきまで登って来ると、小さな石のお社の裏手に出ました。

15時20分 八王子山に登頂しました。山梨県に何故八王子が?と怪訝に思うところですが、八王子と言う地名はもともと八王子権現を祭ったことに由来するもので、全国各地に存在します。

麓から見上げると花崗岩の露出した山肌が白く見えることから、地元では別名で白山(しろやま)とも呼ばれています。
八王子山の山頂に立つ八王子神社です。軽く調べてみましたが、牛頭天王と言う神様の八人の子供たちを祭っているため八王子と呼ぶそうです。何というか、そのまんまな名称です。

その八人の王子たちのプロフィールもしっかりと解説されていました。現在では神社を名乗っていますが、もともとは神仏習合の神様であったようです。

山頂からの眺めはこの通り、大変すばらしいものがあります。僅かな山頂滞在時間でしたが、大変満足しました。甲府名山の中ではこの八王子山が一番のオススメです。

8.縦走最後の湯村山と、武田信玄の隠し湯湯村温泉
下山はもと来た道には引き返さずに、南の湯村山方面に向かって下って行きます。どうやら南側の方が八王子山のメインルートであるらしく、階段状のステップまで刻まれていて大変よく整備されています、登山道と言うよりは、参道の扱いなのでしょう。

ここでも、昇仙峡の光景とよく似た花崗岩の稜線が続いています。甲府市街地のすぐ裏手にこんな風光明媚な場所があろうとは、まったく知りませんでした。

東屋などもしっかりと整備されています。全国区の知名度はありませんが、地元ではよく知られているハイキングコースなのでしょう。

少し離れた位置から見た八王子山は、確かに白い姿をしていました。

だいぶ陽が傾きつつあるので、ここからは少しペースアップしていきましょう。八王子山から湯村山の区間には、あまり大きなアップダウンこそありませんが、横方向への移動距離は結構長めです。

途中で法泉寺山と言うピークを越えますが、山頂には特に何もなくただの通り道と言ったところです。

緩やかなアップダウンを繰り返していて、なかなか湯村山の本体が見えて来ません。流石に少々ダレてきましたぞ。

復元した狼煙台が置かれています。湯村山は先ほどの片山と同様に、かつては要害山城の狼煙台が置かれていました。

そのため湯村山の山頂部も、明らかに人工的に改変されていることが見てとれる地形になっています。湯村山に関しては、登山の対象と言うよりは、史跡巡りの範疇と考えるべき場所かもしれません。

16時15分 湯村山に登頂しました。武田信玄の隠し湯の一つされる、湯村温泉のすぐ裏手にあることからついた名称です。となれば当然この後は、温泉に寄って行きますよ。

正面が少しだけ伐採されており、甲府盆地越しの富士山が良く見えています。それでももうあと何年かすれば、木が成長して何も見えなくなるでしょう。

さあ帰りましょう。すでに私の頭の中は完全に温泉モードに切り替わっております。という事で、脇目も触れずにサクサクと参りましょう。

山道なのは山頂付近だけで、すぐに舗装されている道になりました。やはり湯村山は、登山の対象と言うよりは完全に観光地ですな。

16時35分 何とか暗くなる前に湯村温泉まで下ってくることができました。さあ風呂だ風呂。

湯村温泉には日帰り入浴を受け付けてくれる温泉宿が何件かあります。今回はこちらの旅館明治に立ち寄って行きます。日帰り入浴の料金は1,000円ちょうどで、フェイスタオルが付いて来ます。

ひと風呂浴びてすっきりしたところで、バス通りまで歩いて行きます。湯村温泉を訪れたのは自身初めてのことでしたが、レトロチックな温泉街の雰囲気があってとてもよいですねここ。変に小奇麗に再開発されてしまうよりも、私はこの方がずっと好きです。

17時25分 湯村温泉入口バス停に到着しました。せっかくバスがあるので利用しますが、その気になれば甲府駅までは直接歩けないことは無いくらいの距離です。

タイミングよくさしたる待ち時間もなくすぐにバスはやってきました。本数はあまり多くないので、ここに下山する予定の人は、時刻表を事前によく確認しておいてください。

甲府駅に戻って来ると、武田信玄像がクリスマス仕様(?)にライトアップされていました。キラキラ系戦国武将と言ったところでしょうか。

帰りも当然(当然だよね?)鈍行列車に揺られて、帰宅の途につきました。

今回の山行は、甲府駅の近くにある甲府名山に1日で登れるだけ登ってみようと言う趣向で計画しました。特に非常識なところはない計画にまとまっていたと自分では思っておりますが、いかがだったでしょうか。
今回登った甲府名山6座をおすすめの順に並べると、1位はなんといっても八王子山です。昇仙峡にもよく似た独特な外観の花崗岩の稜線に、甲府盆地越しの富士展望と、この山だけを目当てに遠方から訪れるだけの価値が十分にある山だったと思います。
2位以降は・・・特になしです。甲府名山を完登したいという明確な目的意識がある方か、もしくはだがそれが良いと思う物好きな方はぜひどうぞ。あと、ハト標識が見たいと言う方にもおすすめです。
<コースタイム>
武田神社バス停(8:20)-小松山(10:05)-金子峠(11:10)-興因寺山(11:50~12:10)-金子峠(12:40)-中峠(13:15)-片山(14:10~14:30)-八王子山(15:20)-湯村山(16:15)-旅館明治(16:40~17:20)-湯村温泉入口バス停(17:25)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。






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