新潟県魚沼市と福島県只見町にまたがる浅草岳(あさくさだけ)に登りました。
福島県と新潟県の県境地帯に連なる、越後山脈と呼ばれる山塊に属する古い火山です。豪雪地帯の山であり、雪解けを迎える初夏の季節になると多種多様な花々が咲き誇る花の名峰として知られています。中でも大変希少な花であるヒメサユリが咲くことで名高い山です。
遠路はるばる訪れた秘境の山で待っていたものは、満開のヒメサユリと恐るべき酷暑の世界でした。
2022年7月2日に旅す。
今回はヒメサユリを求めて、福島県と新潟県に境界にある浅草岳へと遠征してきました。
ヒメサユリは正式にはオトメユリと言い、新潟県、福島県および山形県の境界付近にあるごく限られた山域にしか自生していない、たいへん希少な花です。環境省のレッドリストに、準絶滅危惧として登録されています。
浅草岳はアクセスがかなり厄介な山です。浅草岳がある福島県と新潟県の県境地帯は、秘境と呼ぶのがふさわしい深山幽境の地であり、公共交通の不毛地帯となっています。
マイカーでのアクセスが一般的であり、基本的に車の無い奴はお断りな山であると言えます。
一応はJR只見線の大白川駅が最寄り駅と言うことになります。最寄りとは言っても、登山口までは結構な距離があります。
駅から登山口まで乗り入れている路線バスなどは存在せず、ほとんど利用者のいない無人駅であるため、駅前にタクシーは常駐していません。
それでもどうしてもヒメサユリが見たかった私は、大枚をはたいて上越線の小出駅からタクシーでアプローチしました。
多大なコストと労力を費やして訪れた現地で待ち受けていたのは、想像を絶する酷暑の世界です。豪雪地帯にある浅草岳の森林限界高度は低く、かなり早い段階から容赦のない直射日光に晒され続けることになります。
例年だとヒメサユリシーズンは梅雨と重なってしまうことが多いため、なかなか快晴に恵まれる機会と言うのはありません。
そのため、週末の晴れ予報を見てこれは絶好の機会だと思い飛び着いたわけなのですが、しかしこの尋常ならざる暑さは想像をはるかに超えていました
山頂からは、秘境只見地方の山並みを見下ろす大パノラマが広がります。
暑さにすっかりと打ちのめされて、ヘロヘロになりながらもなんとか登頂はしましたが、帰りには思わぬアクシデントが待ち受けていました。
色々とグダグダで波乱万丈だった、浅草岳の訪問記をお送りします。
コース
六十里登山口よりスタートし、大規模なヒメサユリの群生地がある鬼ヶ面山(おにがつらやま)を経由して浅草岳に登頂します。下山は桜ゾネ尾根を下りムジナ沢登山口へ。そこから只見線の大白川駅まで歩きます。
標準コースタイム通りのペースで歩くことさえ出来れば、大白川駅を19時6分に発つ小出行きの最終列車には十分に間に合う算段です。
実際は思惑通りには事が運びませんでしたがね。詳細については本編で。
1.浅草岳登山 アプローチ編 札片を切ってゆく只見への遠き旅路
6時1分 JR東京駅
東京駅の新幹線ホームよりおはようございます。上越新幹線とき号に乗車し、新潟県の魚沼地方にある浦佐駅を目指します。
お金に糸目をつけなければ、浅草岳は東京発でもギリギリ日帰り登山が可能な山です。お金に糸目をつけなければね。大事な事なので2度言いました。
7時33分 快適な新幹線の座席でウトウトとしている内に、新幹線はつつがなく浦佐駅へと滑り込みました。
この駅で降りるのは、自身初めての事です。駅の周囲には、とても新幹線の停車駅とは思えないような長閑な田園風景が広がっていました。
お次は上越線の長岡行きの電車に乗り換えます。上越線は高崎と新潟を結ぶ幹線扱いの路線であるにもかかわらず、何故か本線とは名乗らせてもらえない不遇の路線です。
米所として高い魚沼の田園地帯をひた走ります。車窓から、横一列に居並ぶ越後三山の姿が良く見えました。
越後三山のうち、八海山(1,778m)と越後駒ヶ岳(2,003m)には既に登りましたが、最高峰の中ノ岳(2,085m)はまだ未踏です。とても良い山であると言う評判を良く耳にするので、何れは登りに行かねばなりません。
良い山であると言う評判と同じくらいに、キツイ山であると言う評判もよく耳にしますけれどね。。。
7時53分 小出駅に到着しました。小出は上田銀山へと通じる街道の宿場町として古くから栄えてきた街です。現在でも付近一帯の交通の要衝となっています。
浅草岳の最寄りとなるのは、秘境の山間部を走るローカル線として名高い只見線の大白川駅です。その先の登山口までは、タクシーを呼ぶしかありません。
大白川駅は無人駅であり、タクシーを呼ぶにしても結局は小出から呼ぶことになります。大白川駅まで行っても時間が余計にかかるだけで大して安くもならないため、往路では小出から直接タクシーで向かうことにしました。
私は乗り鉄なので、只見線には是非とも乗車したいところです。そのため帰路はタクシーは呼ばずに、下山予定地のムジナ沢登山口から大白川駅まで歩いて下るつもりでいます。
前日の内に予約してあった小出タクシーが、既に駅前で待機していました。料金が相当高くつくであろうことは、もとより覚悟したうえでの計画です。
タクシー車内で何げなしにスマートフォンを操作した際に、アンテナが立っているにもかかわらず「通話が出来ません」と言うメッセージが表示されていることに気が付きました。
いったい何を言っているのだろうと若干の疑問を持ちつつも、この時はさほど気にもとめていませんでした。それが後に、大いなる災厄となってわが身に降りかかってくることになろうとはつゆ知らずに・・・
タクシーは山道を延々1時間近く走り続け、8時52分に六十里登山口に到着しました。とてつもなく遠いのだと言うことは承知しておりましたが、それにしてもえらい山の中です。
標高700メートルを超える地点であるにも関わらず、タクシーから降りるなりむせるような生暖かい空気が出迎えてくれました。今日は暑さに苦しむ一日となりそうです。
ここまでのタクシー料金は堂々の大台越えで14,670円でした。血反吐を吐きそうになる金額ですが、これもすべては車を持たないハイカーがヒメサユリを愛でるために必要なコストなのだと、割り切るしかありません。
登山口の傍らに駐車スペースがあり、車でお越しの人はここまで入ってこれます。ヒメサユリシーズン最盛期とあってか、駐車スペースは完全に埋まっていました。
この六十里越が新潟県と福島県の境界になっています。国道252号の六十里越え区間は、雪崩や落石の危険が極めて大きいため、1年のおよそ半分近い期間が全面通行止となります。
2022年は、私が訪問した8日後の7月10日になって、ようやく通行止めが解除されました。
2.ヒメサユリが見頃を迎えた鬼ヶ面山
9時5分 身支度を整えて登山を開始します。天気予報により相当暑くなると言うことは折り込み済みであったため、本日は水を合計5L担いできています。ズシリと重いザックを担いで、足取りも重くスタートです。
豪雪地帯の山特有の、雪の重みに負けて横に伸びた樹木が目立ちます。ジメジメとしていて蒸し暑く、最初から不快指数が高めです。
地図にも載らないような、小さな沢を何度か横断します。まだ歩き始めて間もないと言うのに、早くも頭から水を被ってクールダウンしました。冷たくて気持ちがいい。
それにしても暑い。まだ樹林帯の中にいるうちからこれほど暑いとなると、直射日光に晒される稜線に出て以降は、一体どういう事になってしまうのだろうか。
その危惧は早くも現実のものとなりました。太陽の下に出るなり、燻されるかのような暑さです。
9時55分 マイクロ中継局まで登って来ました。六十里登山口コースの最初のチェックポイントと言ったところです。
時期的にブヨなどの羽虫の大群に群がられるであろうことを覚悟していましたが、早くもトンボが飛び始めており、羽虫はすでにあらかた食べつくされたのかほとんどいなくなっていました。
マイクロ中継局を過ぎて以降も、送電鉄塔が並んでいて頭上の開けた道がしばしの間続きます。眺めはたいへん良いのですが、当然ながら暑っちいです。
隣接する守門岳(1537m)が見えました。冬になると、東洋一の規模であると称されるほどの大雪庇が形成されることで名高い山です。
冬に登ってみたい気もしますが、浅草岳と同様に極めて交通アクセスが悪い、車の無いヤツはお断りな山であるため悩ましい所です。またもタクシーで札片を切るしかないのだろうか。
ようやく日陰が現れて人心地つきました。もっともこれは束の間の安息でしかなく、この後まもなく森林限界を超えます。
遂にその時がやって来てしまいました。標高が1,200メートルを超えた辺りで、頭上を覆う樹木が無くなりました。いくら豪雪地帯の山と言えども、森林限界を超えるのが少々早すぎませんかね。
背後の展望が開けました。秘境の山間部として名高い、福島県の只見地方が眼下に広がります。見渡す限り一面の山また山な光景です。
遠目にも目立つこの特徴的な双耳峰は、尾瀬ヶ原の傍らに立つ燧ヶ岳(2,356m)です。東北地方最高峰の肩書を持つ山だけに、周囲に山の中でも頭一つ抜けた標高を持っています。
前方に目指す浅草岳が姿を見せました。現在地点からはもうあまり標高差がなさそうに見えますが、この後激しくアップダウンを繰り返すことになります。
カール地形のように、山腹が大きくえぐれています。これは雪崩によって形成された雪食地形です。豪雪地帯の山らしい姿であると言えます。
次なるピークある南岳が見えて来ました。ここから先はずっと、この雪食地形のフチに沿って進むことになります。片側が切れ落ちているので足元に集中してまいりましょう。
10時50分 南岳に到着しました。周囲をすさまじい数のトンボが飛び回っていました。普通に歩いているだけで、体に何匹も衝突してくるくらいの密度です。
眼下に見えている十字型の湖は田子倉湖です。田子倉ダムの堰き止めによって作られた、水力発電用の人工湖です。水力発電所としては、隣接する奥只見ダムと並んで日本国内で最大規模のものです。
それにしても凄まじい秘境感があふれる光景です。秘境感と言うよりは実際に秘境なんですけれどね。眼下には見渡す限りの広葉樹林が広がっているので、紅葉シーズンになれば圧巻の光景を目に出来るだろうと思います。
遠くに越後三山が並んで立っているいのが見えます。その手前にある山は毛猛岳と言う名前で、登山道がないため積雪期にしか登れないと言う藪山であるらしい。
南岳から先も、日陰一切なしのお日様ギラギラな道が続いております。こと夏山においては、雲一つない快晴と言うのは「良いお天気」であるとは一概に言えないのでは無かろうか。
正面に次なるピークである鬼ヶ面山が見えて来ました。この鬼ヶ面山の周辺が最大規模となるヒメサユリの群生地となっています。
早速咲いていらっしゃいましたよ。ようやく念願のヒメサユリ様とのご対面が叶いました。淡いピンクの花弁が印象的です。ありがたやー。
大きさはだいたいニッコウキスゲと同サイズです。ササユリの一種であるという事で、確かに笹っぽい葉をしております
道の両脇いっぱいに咲き誇る、ヒメサユリロードが始まりました。絶滅危惧種がバーゲンセール状態です。素晴らしい。
こうして撮影に熱中している最中にも、容赦なく直射日光により体力が奪われて行きます。大真面目に、日傘でもさしながら歩くべきなのかもしれない。
11時30分 鬼ヶ面山に到着しました。ヒメサユリが目当ての人は、ここまでで引き返す事も多いようです。この先に待ち受けているアップダウン地獄を思うに、それで正解なのかもしれません。
鬼ヶ面山から浅草岳の山頂までは、単純な標高差でいえば100メートル少々しかありません。単純に数字だけを見えているとうっかり騙されそうになりますが、この先はかなり激しくアップダウンを繰り返します。
そして例のごとく日陰は一切りません。六十里登山口コースは、鬼ヶ面山を過ぎてからが本番であると考えた方が良いです。
振り返って見た南岳方面です。一見するとなだらかで歩き易そうな稜線に見えます。きっと涼しかったら気持ちよく歩ける道なのでしょうけれどね。
3.浅草岳登山 登頂編 灼熱のアップダウン地獄を越えて、秘境を見下ろす頂へ
先へ進みましょう。一見すると爆裂火口なのかと思うような岩壁が連なっていますが、前述のとおりこれらは火口壁でなく雪食地形です。
浅草岳は古い時代の火山ですが、浸食が進み火口の痕跡はすでに残っていません。
こうしてモリモリと小刻みにアップダウンを繰り返します。右側は鋭く切れ落ちていて所々崩れており、地味に歩き辛い道です。
ヒメサユリは鬼ヶ面山の周辺が最大規模の群生地であると言う事でしたが、山頂を通り過ぎて以降もこうしてチラホラと道の脇に咲いていました。
登れど登れどすぐに新手登り返しが現れる、まさに地獄のような登山道です。いや本当にもう勘弁しててくれませんかね。ありえないくらいに暑いんですけれど。
本日が猛暑日であると言うことは事前にわかっていたはずなのに、晴天であると言う事にだけ注目して飛びついたのは、我ながら浅はかな判断であったようです。さほど標高が高いわけでもない浅草岳は、猛暑日の日中に登るべき山ではありません。
振り返って見た浸食壁です。見ての通りの断崖絶壁で、なかなか際どい所に登山道があるのが良くわかります。足を滑らせたら最後、滑落ではなく墜落することになるので注意を要します。
この辺りから大幅にペースダウンしました。まだバテて動けなくなっていたわけではありませんでしたが、既に体温が危険な域にまで上昇しており、このままのペースで動き続ければ熱中症になる言とう予感めいたものがあったためです。
水分は十分な量を携行しており不足はしていなかったのですが、ここまで暑くなってしまうと、もう発汗したくらいでは体温の冷却が追い付かなくなります。
小さな日陰を見つける度に立ち止まって小休止し、体温の上昇を抑えながらのろのろと進みます。
ヒメサユリは満開御礼状態です。訪問時期としてはベストなタイミングであったのはであったのは間違いありませんが、しかし本日はいかんせん暑すぎました。
ヒメサユリに混じって、ニッコウキスゲも花を咲かせていました。
黄色とピンクの競演が繰り広げられます。どちらも実によく青空に映える花です。ありえないくらいに暑いけれどね。
前方に立ちはだかるこのピークは、浅草岳の本体ではなくその手前の前岳です。登山道は前岳の山頂を通らずに、左側から回り込みます。
背後に、ここまで上を歩いて来た浸食壁が連なっているのがよく見えました。こうして遠目に見る分にはほとんど標高差がないのですが、しかし実際に歩いてみるとなかなか骨の折れる道程でありました。
前岳への最後の登りです。少しだけ樹林帯があり、ほっと一息が付ける日陰の空間です。
13時35分 前岳の山頂をぐるりと回り込んだところで、ようやく浅草岳の本体が姿を見せました。この時点で既に、標準コースタイムを大幅に超過してしまっております。
このペースだと、19時6分までに大白川駅までたどり着くのは難しいのではないかと言う考えが頭ともたげましたが、そうは言っても熱中症になって動けなくなってしまったら元も子もありません。
引き続き体温の上昇を抑えるべく、セーフモードのままノロノロと前進します。
前岳の裏手に、大きな雪渓が残っていました。これには思わず大喜びです。うぉぉぉぉぉぉー、雪渓の上超すずしぃぃぃぃー。
ステップがしっかりと切ってあったので、特にチェーンスパイクなどのすべり止めは使用せずに登れました。常にアイゼンなしで登れると言う保証はないので、初夏の浅草岳に訪問の際は軽アイゼンの携行を強く推奨します。
山頂の周辺には木道が整備されていました。鬼ヶ面山周辺の群生地には遠く及びませんが、山頂付近にもチラホラとヒメサユリが咲いていました。
この前岳と浅草岳の間の空間には、小規模ながらも高層湿原帯が広がっていました。危惧していたブヨの襲撃もなく、相変わらず大量のトンボが飛び交っています。
もうほぼ終わりかけでしたが、ワタスゲも咲いていました。しかし何度見えても不思議な植物ですよね。
山頂へのビクトリーロードです。暑さにすっかりと打ちのめされてヘロヘロ状態である今の私に、勝者の要素などは微塵にもありはしませんが、ともかく登ります。
山頂が見えました。しかしまあ、本当に憎たらしいまでの快晴な青空ですね。
13時55分 浅草岳に登頂しました。実に5時間近くをかけてようやくの登頂です。いやはや、比喩的表現ではなく死ぬほど暑かった。
4.浅草岳山頂からの展望
浅草岳の山頂からは、視界を遮るものが一切ない文字通り360度の展望が広がります。ヒメサユリばかりが注目されがちな山ですが、眺めの方も抜群です。
山頂からの眺めの中でも一番目を引くのがやはりこちら。田子倉湖です。まるで手裏剣のような十字形をしているのが印象的です。
湖の脇をかすめるように只見線の線路があるのが小さく見えます。かつてはここに秘境駅として名高い田子倉駅があり、駅から浅草岳へ登ることも可能でした。
田子倉駅は平成25年に廃駅となり、現在大白川駅から只見駅の間には駅がありません。
北東には福島県の只見地方を一望できます。当地は日本有数の豪雪地帯であり、まさに秘境と呼ぶのに相応しい山間部が広がっています。
反対に西側に目を向けると、お隣の守門岳が大きく裾野を広げて佇んでいました。この山もだいぶ以前から登りたい山リストに名を連ねておりますが、浅草岳と同様にアクセスが大変悪く、札片を切らないと辿り着けません。
守門岳にはできれば冬に登ってみたいのですけれど、そうなるとますますアクセスのハードルが上がるんだよなあ。
南側には、ここまでずっと歩いて来た六十里登山口コースの全容が一望できます。かつてはこの内側の部分に山頂が存在したのでしょうけれど、長年の雪崩による浸食ですべてえぐり取られています。
遠くには越後三山の山並み。一番手前に重なって見えている尾根上にピョコっと飛び出しているピークが、鬼ヶ面山です。
最後にお隣の前岳方面です。先ほど何気なしに横断してきた雪渓ですが、思った以上に巨大な塊が残っていました。冬の浅草岳の積雪量の程が伺えます。
5.浅草岳登山 下山編 樹林帯に入ろうと暑いものは暑い桜ゾネ尾根を下る
14時15分 もう時間もだいぶ押してしまっているし、なによりも暑くてかなわないので、僅かな滞在時間で山頂を後にします。
お目当てヒメサユリに関しては、本当に見頃のド真ん中です。こうしてそこかしこに咲いています。
雪渓の上に戻って来ました。ここでおもむろに雪の上にレジャーシートを広げて、大の字になって寝そべりました。外部から強制的に体温を冷却しようと言う試みです。こうでもしないことには排熱が追い付かない気がしたものですから。
だいたい10分ほど体を雪に密着させて、くしゃみが出るくらいにまで体が冷えたところで行動を再開します。
雪による強制冷却の効果はあらたかで、嘘の様に足取りが軽やかになりました。やはり熱中症になりかけていたようですね。
14時45分 前岳の分岐に戻って来ました。もと来た六十里登山口方面には戻らずに、直進してムジナ沢登山口を目指します。
もう時間的に、大白川駅発の最終列車には間に合わないことがほぼ確定しています。必然的に帰りもタクシーを呼ぶことになりそうです。ここまで大きく失速してしまおうとは、誤算もいいところです。
ちなみに浅草岳山頂へ最短で到達することのできるルートは、今日登って来た六十里登山口でもこれから下るムジナ沢登山口でもなく、北側にあるネズモチ平登山口です。
眼下にそのネズモチ平の駐車場が見えます。あそこへ下るのが最短ではあるのですが、携帯の電波が入らない場所であるためタクシーは呼べません。結局は電波のある場所まで林道をトボトボと歩いて下ることになります。
ヒメサユリの群生地を通らないルートとなるため、浅草岳への登頂そのものが目的でない限り、ネズモチ平ルートは推奨しません。アップダウンが多くて苦労はしますが、それでも六十里登山口から登るべきです。
さて、これから下山に使う桜ゾネ尾根ですが、こちらにもやはり日陰はありません。カンカン照りです。暑いですはい。
登ってきた六十里登山口方面の尾根を横目にしながら下って行きます。
六十里方面ほど激しくはないものの、桜ゾネ尾根にもしっかりとアップダウンや崩れかけた崖際の道があります。どこから登ろうと鉄壁な山ですね。
ヒメサユリもポツポツと咲いていますが、やはり鬼ヶ面山周辺にある群生地の規模には遠く及びません。
守門岳の姿を横目にしながら、尾根歩きが長々と続きます。眺めは大変良いのですが、いい加減日陰のある樹林帯に逃げ込みたい。
ようやく樹林帯の中へと下って来ました。青々と茂った木々が頭上を優しく覆ってくれます。風がそよとも吹かないため涼しくはありませんが、直射日光が避けられるだけでもだいぶマシにはなりました。
やがて「浅草の鐘」と銘打たれた櫓が現れました。なんでも1993年の皇太子御成婚記念に建立されたものなのだとか。
鐘があったらとりあえずは鳴らす主義です。勢いよく叩いたら、ハンマーのヘッドがすっぽ抜けてしまいました。だいぶ年季が入っているようで。
16時5分 桜ゾネ広場と呼ばれる地点まで下って来ました。分岐となっており、ここからでもネヅモチ平方面へ下ることも出来ます。
前岳からここまでは、標準コースタイムよりも少し早いくらいのペースで下ってこれました。やはり、雪による強制冷却がかなり効いたようですな。
桜ゾネ広場を過ぎると、樹林帯の急坂で一気に標高を落として行きます。写真だと分かり難いですが、かなりの急勾配です。逆にこちら側から登るのはかなり辛そうです。
ここでスマホを確認したところ、アンテナが1本だけ立っていました。であれば今のうちにムジナ沢登山口への配車を依頼しておこうと思い、小出タクシーの配車センターへコールをしましたが、一向に繋がりません。
「電波が悪いのかな」と、この時は特に事態を深刻に受け止めてはいませんでした。その時思いもよらぬ事態が起こっていたのだとはつゆ知らずに。。
急坂を下りきると、尾根道の水平移動に移りました。標高が下がって来たからなのか、またもやジワジワと暑さが増してまいりましたぞ。
この辺りはやたらと毛虫が多く、いつの間に這い上がって来たのか肩の上を歩いていて、思わず叫び声をあげてしまいました。
開けた場所で小休止がてらに再びタクシー会社に電話を掛けるも、やはり繋がりません。呼んでからやってくるまでにも時間はかかるだろうし、できれば先に呼んでおきたかったのだけれどな。
休憩したのはせいぜい5分少々だったのですが、その間に3匹もの毛虫がザックによじ登って来ており、またもや叫び声をあげるところでした。さっきから一体何なんだお前らは。
17時 ヤヂマナ沢渡渉地点まで下って来ました。山と高原地図ではここに水場のアイコンが描かれていますが、沢水なので飲みたければ浄水器があった方が良いと思います。
ここで靴を脱いで、手と足を沢に浸けて再び強制クールダウンタイムを取りました。またジワジワと危険な水準にまで、体温が上昇しつつある感じがしたものですから。
足元がドロドロの道です。花は咲いていませんでしたが、水際に水芭蕉らし植物が茂っていました。
もう一度渡渉があったので、ここでふたたび手と顔を洗ってクールダウンします。日中の一番暑い時間帯はもうとっくに過ぎていると言うのに、相変わらず尋常じゃなく暑い。
18時 ムジナ沢登山口に到着しました。苦行のような灼熱の下山がようやく終わりました。意外に遠かったあ。
登山口から少し歩いたところに無料の駐車場があります。時間が時間だけに既に車は一台も止まっておらず、周囲は静まり返っていました。
全身が汗まみれで不快窮まりません。駐車場にトイレがあったので、とりあえず全身をアルコールティッシュで拭って、着替えだけ済ませました。
アンテナが三本立っていることを確認し、再び小出タクシーの配車センターに電話を掛けます。しかし、何度かけてもやはりつながりません。
ネットには繋がる状態であっため、一体何事が起きているのかを調べて、ここでようやく今朝からAUに大規模な通信障害が発生している事実を知りました。おいおい、なんと言うタイミングの悪さなのだろう。
どうやら繋がらないのはAUだけであるようです。となれば、誰かドコモかソフトバンクのスマホを持っている人に頼んで、タクシーを呼んでもらしか方法はありません。
ドコモかソフトバンクのスマホをお持ちな方、いらっしゃいませんかー?
駐車場には一台も車が止まっておらず、周囲は静まりかえっています。
・・・・あははははははー。さーて、困ったことになったぞ。ここからどうしてくれようか。
6.浅草岳登山 帰還編 夕闇が迫る山道を、大白川駅へひた歩く
18時30分 意を決した私は、おもむろに大白川駅を目指して再び歩き始めました。駅までの標準コースアイムはちょうど2時間で、今から向かったのでは19時の最終列車には到底間に合いません。それは先刻承知しています。
当初の計画ではもともと大白川駅まで歩くつもりでいたため、前日にうちにGoogleストリートビューで駅までの道程を下見をしていました。
その時に確か、大白川駅の駅舎に公衆電話らしきものがあるのを見たように記憶しています。
さほど解像度が高い画像でもないので確信は持てませんが、とりえずは駅を目指すこととしました。もしも電話が無かったら、その時はもう、明日の始発列車の時間まで駅のベンチにでも寝かせてもらうことにしましょう。
破間川ダムの脇を進みます。時期的に雪解け水が大量に流入していると思うのですが、堤体の高さに対してやけに水位が低く見えます。もともとそういうものなのでしょうか。
続いて山の神トンネルと言う名の長ーいトンネルを通ります。しっかりと歩道があり照明も灯っているので、通行に際して特に怖いと感じる要素はありません。
周囲がかなり薄暗くなってまいりました。ヘッドライトはしっかりと持っているので、暗くなっても問題ないと言えばないのですが、やはり真っ暗闇な山の中を歩くというのは、決して愉快な行為ではありません。
半分駆け足のような早足でひたすら下ります。公衆電話が本当にあるのかどうかと言う点の他に、もう一つの懸念すべき材料が小出タクシーの営業時間です。
24時間いつでも何処でもタクシーが呼べると言うのは、東京などのごく一部の都市部に限られた話です。あまり時間が遅くなってしまうと、そもそも配車センターの営業が終了してしまっている可能性も考えられます。
大白川の集落まで下って来ました。駅は集落の中心からは少し外れた場所にあるので、まだもうひと道あります。
ISO感度をあげたため妙に明るく写ってしまっておりますが、既にライトなしでは足元が良く見えないくらいの薄暗さです。
本数は極めて少ないですが、一応は路線バスもあります。場所的にも時間的にも、浅草岳の登山に使うのはちと難しそうです。
照明があるスノーシェッドの中の方が明るくて歩きやすいと言う、奇妙な逆転現象が発生していました。ここを潜れば駅まではもう目の前です。
20時 大白川駅に到着しました。標準コースタイムで2時間とされている道程ですが、少し急いで歩いて1時間30分でした。
途中で暑さにやられずにペースを維持できてさえいれば、本日の当初の計画は十分に実現可能なものであったかと思います。
記憶にある通りに、公衆電話がありました。やはりいかなる時も、下見はとても大事ですね。
幸いにもタクシー会社の営業はまだ終了しておらず、何事も無く配車を依頼することが出来ました。公衆電話を使ったのは、一体何年ぶりの事だろうか。
大白川駅に居るのだと告げ際に、相手が明らかに苦笑しているのが電話越しにも聞こえました。そりゃそうですよね。この時間にこんな山奥から電話をかけて来る客なんて、そうはいないでしょうから。
登りは3本、下りは4本。これが只見線の運行本数のすべてです。いくらなんでも少なすぎるでしょう。どれだけローカルなんですか。
最終列車を送り出した後の無人のホームが、煌々と灯に照らされていました。只見線にも乗りたかったのだけれどな。まあ、それは次回の課題と言う事で。次回は守門岳かな。
たまたま近くを通りかかっていたタクシーがいたと言う事で、依頼してから20分少々の待ち時間で迎えがやって来ました。
そんな訳で21時に小出駅へ戻って来れました。料金はぴったり1万円でした。只見線の最終列車に間に合ってさえいれば500円少々で済んだはずであったのですが、こればかりは致し方ありません。本当に高くついた山行きでありました。
この時間帯の上越線は1時間1本しか走っていません。せっかく思ったよりも早くに戻って来れたものの、結局は小出駅で結構な待ち時間が発生しました。
浦佐駅から東京行き最終の新幹線に乗り込み帰宅の途につきます。自宅に着いた時には、時刻は24時を回っていました。何とも波乱万丈な一日でありました。
今回の山行きで得た人生の教訓は「猛暑日の日中に浅草岳に登ってはいけない」です。山頂到着時には、熱中症になる寸前の状態であったと思われます。2022年梅雨明け直後の猛暑は、例年とは明らかに異なる異常なものでしたが、いずれにせよヒメサユリが咲く季節の浅草岳が相当過酷な環境下にあることは間違いありません。
車で前日の内に乗り入れて前泊し、早朝のまだ涼しいうちに登ってしまうのが最も無難な登り方であろうかと思います。
尋常ならざる暑さに加えて、タイミング悪く携帯電話が不通になると言う不運にも見舞われた散々な山行きでしたが、浅草岳が良い山であることに関しては疑念を挟む余地はありません。アクセスの悪さだけはいかんせん何ともしがたいですが、万難を排してでも訪れるだけの価値がある山だと思います。
札片を切る覚悟が出来たなら、是非とも訪れてみてください。熱中症にはくれぐれもご用心を。
<コースタイム>
六十里登山口(9:05)-マイクロ中継局(9:55)-南岳(10:50)-鬼ヶ面山(11:30)-前岳(13:35)-浅草岳(13:55~14:15)-前岳(14:45)-桜ゾネ広場(16:05)-ヤヂマナ沢渡渉地点(17:00~17:20)-ムジナ沢登山口(18:00~18:30)-大白川駅(20:00)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント
なんか写真からもその日の太陽の熱気が伝わってくるような感じがしましたwでも晴れてて遠くも見渡せて、その界隈のすごい秘境感も感じましたよ。今回はやばい暑さや電波トラブルなどいろんなことが盛りだくさんでしたね。無事にその日に帰還何よりでした。
しょうへいさま
コメントをありがとうございます。
只見はもともと夏はかなり暑くなる場所なのですが、今年の梅雨明け直後の暑さはやはり記録的なものであったようようです。ヒメサユリを見るのも楽ではありません。
紅葉の時期も大変すばらしいようなので、季節を変えてまた訪れたい一座です。
ヒメサユリは上品で清楚なピンク色でとても美しいですね!クルマユリの真逆のような。俳優に例えると若い頃の吉永小百合さんかなーと。
途中からハラハラしながら読みましたが、無事に帰られて良かったです!下見(下調べ)は大切だと思える投稿をありがとうございます!
MMさま
コメントをありがとうございます。
この日は終日に渡り、熱中症になって身動きが取れなくなっても、救助を呼ぶことが出来な状態であった訳です。知らぬが仏と言うか、後になってからそのことに思い至り背筋が冷たくなりました。
夏山登山をするにあたっては、熱中症対策に関する知識がとても重要であると痛感させられ山行きでした。
この夏、初心者を連れてきて10年ぶりに登山することになり、八ヶ岳に行ってきましたました。
天狗岳を検索していてオオツキさんのブログを発見、はまってしまい、一つずつランダムに読んでいます。
私も温泉は絶対はずさないんですけど、この前は唐沢鉱泉に降りたらコロナで日帰り入浴はやってなくて物凄くショックでした。トラウマになりそうなぐらいです。だからオオツキさんの今回の号も他人事とは思えなかったです!
あと疑問なんですけど、お酒は召し上がらないんですか?
ようこさま
コメントを頂きましてありがとうございます。
決して酒が飲めない訳ではありませんが(強い弱いで言うなら強い方です)、山で酒を飲むとほぼ百パーセントの確率で頭が痛くなるので、下山するまでは基本的にアルコール類は一切口にしません。
・・・大昔に一度、山小屋の床を汚してしまい大いに迷惑をかけてしまったことがあるものですから。
返信ありがとうございます。拝読していてふと、登山→温泉→ビールでぷはーっていう流れがないなぁ、と思っていたんです。私自身はビールは度数が足りないからやらないです。
この号のオオツキさんに比べれば、私のトラブルなんてミジンコのようなものです。いわんや、オオツキさんの遭遇した災難をや。
御無事で凱旋、よかったです。これらもお気をつけてくださいね!
本当に お疲れ様でした
手に汗握る展開で、ドキドキしながら拝読しました❗
匿名さま
コメントを頂きましてありがとうございます。
今回はともかくタイミングが悪すぎました。異常な暑さと通信障害のどちらかがなければ、こんなグダグダな展開にはならなかったはずですからね。
浅草岳自体は大変すばらしい山でした。もっと涼しい季節に再訪したい一座です。
オオツキ様
山頂からの只見地方の写真は素敵ですね。北アルプスや八ヶ岳は好きですが、それとは違って町並みが見えない秘境的な景色はあまり見ることが出来ませんので新鮮です。
自分の登山歴では雲一つ無い鹿島槍とか、早朝の一面雲海だった北岳の記憶が有りますが、それよりもトラブルが発生した登山のほうか記憶にあるので、この山行はオオツキさんの記憶に残るのではないでしょうか?
昼休みに何度も拝見しているブログですが、気のせいかなんか変わっている気がしますが気のせいでしょうか?富士山の写真も高川山方面から撮っている都留市のような気もしますが、それとはチョッと違う気がしました。
もうもうさま
コメントをありがとうございます。
只見地方は秘境的と言うよりは実際に秘境です。これほど山深く隔絶されている地域は、日本国にそうそうありません。・・・よりにもよって、そんな場所に居る時にトラブルに遭遇してしまったわけですがね。
変わっていると言っているのはヘッダー部分の画像の事でしょうか。であれば、季節に合わせて定期的に変更しています。現在の画像は秋の小楢山から見た甲府盆地です。