青森県青森市と十和田市にまたがる八甲田山(はっこうださん)に登りました。
青森県のほぼ中央部に位置する火山群の総称です。遠目には山と言うよりは丘のようにも見える、溶岩台地が広がります。八甲田山の周辺一帯は世界でも有数の豪雪地帯であり、溶岩丘陵の上には豊富な雪解け水がもたらす広大な湿地帯が広がります。
紅葉が目当てで遠路はるばる訪れた山でありましたが、盛りからは少しばかり遅れてしまったタイミングでの訪問となりました。
2019年10月27日に旅す。
八甲田山は大小18の火山からなる広大な山塊です。八甲田山と言う名のピークは存在せず、最高峰の名は大岳と言います。
東北地方の背骨である奥羽山脈の北端に位置し、世界でも有数の豪雪の山でもあります。標高こそ1,600メートルに満たない高さしかありませんが、冬季には極めて厳しい気象状況下にある山です。
この八甲田山を特徴づけているのはなんと言っても、ほぼ人間の手が及んでいない原始性の高い森と、豪雪の雪解け水がもたらす広大な湿原です。
夏になると数多くの高山植物の花々が咲き乱れ、紅葉シーズになれば草紅葉の平原が出現します。
八甲田山のすそ野に広がる森は、紅葉の名所としても有名です。今回の訪問は、紅葉シーズン最盛期からは少しばかり遅い時期となってしまったため、山頂付近にはすでに冬枯れの光景が広がっていました。
しかしながら、頂上付近から見下ろした中腹から麓にかけての斜面には、素晴らしいまでの紅葉による錦の絨毯が広がっていました。
朝から雲が多めの天気ではあったものの、途中までは青空もチラホラと顔を覗かせてくれる上々の天気でありました。そう、途中まではね。その後に山頂で待ち受けていた光景はというと・・・
コース
酸ヶ湯(すかゆ)温泉よりスタートし、最高峰の大岳を周回します。標準コースタイムおおよそ5時間ほどの、比較的お手軽な行程です。
八甲田ロープウェイを利用した上で、稜線伝いに大岳を目指すことも可能ではありますが、中腹にある毛無岱の湿原を歩いてみたかったので、こちらの周回ルートの方をチョイスしてみました。
1.八甲田山登山 アプローチ編 夜行バスで遠路はるばる730km先の青森県を目指す
10月26日 21時50分 JR東京駅八重洲口
日中の時間をフルに活用すべく、夜行バスにて青森駅を目指します。なにしろ青森は遠い所なので、所要時間は10時間近くにもおよぶ長丁場となります。
本当にどうでも良いことですが、何故東京駅の壁には草が生えているのでしょうか。JR東日本の考えることは理解しがたい。
22時10分発の「ラフォーレ号」に乗車します。3列シートで、料金は9,200円也。
そのどことなくコマンタレブーな感じのする響きかもら察せられる通り、ラ・フォーレとはフランス語です。森と言う意味だそうです。
トイレ付きの車両ですが、途中で2度の休憩がありました。一度目は爆睡していたのでどこだったのか不明で、2度目は花輪パーキングエリアです。・・・そもそも花輪と言うのが、何県のどの辺にあるのかさえもさっぱりわかりませんが。
8時3分 青森駅前へと到着しました。いかに快適な3列シートであろうとも、これだけ長い事座っているとケツが痛くなりますね。
圧倒的なまでのリンゴの群れが、自販機を埋め尽くしていました。やはり青森県と言えばリンゴなのか。
8時15分発の十和田湖行きの路線バス「みずうみ号」に乗車します。路線バス扱いであるため乗車するのに事前の予約は必要ありませんが、紅葉シーズン最盛期だと満席で乗り損なう事も多々あるという事です。
本日はギリギリ並んでいた全員が乗車できる程度の乗車率でした。
発車後しばらくしたところで、のっぺりとした丘の様な八甲田の山並みが前方に見えてきました。今の所、お天気の方はあまり芳しくはありませんな。
バスの車窓から目に飛び込んでくる光景は、今まさしく紅葉の最盛期と言った様相です。それはつまるところ、紅葉前線は既に山頂付近から中腹にまで下って来てしまっているという事を意味しています。
今回の青森遠征は、当初の予定ではもっと早くに実施するはずだったのですよ。そう、あの忌々しき台風19号さえ発生してさえいなければ。。
9時20分 酸ヶ湯温泉バス停に到着しました。ここまでの運賃は1,360円でした。交通系ICカードには対応していないので、あらかじめ小銭を用意しておくと良いでしょう。
乗客の大半は途中にある八甲田山ロープウェイ前で下車し、酸ヶ湯温泉で降りたのは、私を含めて3人だけでした。
こちらが秘湯と名高い酸ヶ湯です。もとは鹿湯と呼ばれていたものが訛って酸ヶ湯(すかゆ)に変わったと言われています。かつてこの場所は、シカくらいしか立ち寄るものがいないくらい山奥だったと言う訳ですな。
映画「八甲田山」のスタッフは、ここに滞在しながら撮影を行っていたとのことです。
登山口前に水場があるので、飲料水は現地調達が可能です。この水場は、下山後に靴の泥を洗い落とす時に大変重宝しました。
大岳への登山口は、酸ヶ湯温泉入り口のすぐ脇にあります。身支度を整えて、9時35分に登山を開始します。
2.一面を枯草に覆われた、広大なる毛無岱湿原
登り始めて早々に、足元にはすでに散ってしまった紅葉が散乱していました。やはり来るのが遅すぎたのか。
僅かながらの紅葉の名残が残っていました。もう本当に終わりかけです。
路線バスみずうみ号の運行は11月10日までで終了します。八甲田山の秋は既に終わりつつあり、冬の訪れが目前へと迫っていました。
ここで何よりもうれしい青空が、頭上に広がり始めました。上空ではかなりの強風が吹いているらしく、雲が猛烈な速さで西から東へと流れて行きます。
所々に木道があります。表面は湿っており、極めて凶悪なスリップ効果を生み出しています。
足元には真っ黄色に染まったシダの葉がチラホラとありました。シダが黄葉すると言う事実を、この日初めて知りました。
歩き始めて程なく、城ヶ倉温泉から登ってくるルートと合流します。
疎らに生えた針葉樹と熊笹がミックスした、灌木帯の森が広がっています。まだ標高1,000メートル少々の場所であるにもかかわらず、これだけ森の密度が薄いのはやはり冬の豪雪が原因なのでしょうか。
この木はオオシラビソかな。ぱっと見ではコメツガと区別がつきにくいですが。豪雪にも負けずに育つ丈夫な樹木です。
突如として現れる圧倒的木階段。濡れているうえに微妙に傾いているので、足を滑らしはしないかとひやひやします。
八甲田山の登山道は基本的に、最初から最後までずっと泥んこです。裾を汚さないように、スパッツを履いてきた方が無難です。まあ、かく言う当の私は履いてきていないのですけれどね。
不意に視界が開けました。毛無岱(けなしたい)と呼ばれている湿原です。なんだかとても親近感を感じる名称の場所です。
正面に見えているのは、八甲田山ロープウェイの山頂駅がある田茂萢岳(たもちやだけ)です。あの場所から最高峰の大岳まで、稜線上を縦走することも出来ます。
その最高峰の大岳の方はと言うと、依然として雲に包まれたままでした。お天気は上向きつつあるようなので、このまま晴れてくれることに期待が高まります。
遠く彼方に薄っすらとシルエットが見えているこの山は、津軽平野の中心にそびえる青森のシンボル岩木山(1,625m)でしょうか。
ロープウェイ山頂駅の周辺は完全に晴れつつありました。本日のロープウェイ組は、それこそ大勝利であったことでしょう。
背後に広がるのは、津軽平野の大パノラマです。雲が多めなのが重ね重ね残念なところです。
八甲田山と言う名称は、大小の火山群からなるこの付近一帯の総称です。このようななだらかな火山丘が、幾重にも連なり独特の景観を生み出しています。
木道の上に水が流れ川のようになっていました。滑るからヤメテ。
残雪が完全に消えてからもう相当な時間が経過していると思いますが、これだけ多くの池塘が残っているのが驚きです。
まあ雪解け水だけが全てではではなく、途中で雨水による補充もなされた結果ではあるのでしょうけれど。
眩暈を起こしそうになる光景です。息を切らせつつ登って行きます。
振り返ると、ここまで歩いて来た湿原の全容を一望することが出来ました。八甲田山の雄大過ぎるスケール感に奮えます。
そして階段を登った先にあったのは、また別の湿原でありました。いったいこの山はどうなっているのでしょうか。
先ほどの階段の下に広がっていた湿原は下毛無岱と呼ばれており、この上にある湿原の方は上毛無岱と呼ばれています。
前方に連なっているのは赤倉岳と井戸岳と呼ばれるピークです。良い感じに晴れて来ました。
そしてこちらが八甲田山最高峰の大岳です。ようやくその姿を見せてくれました。
上毛無岱の方にもまだ池塘が残されていました。泥炭層が持つ保水力は驚異的です。
大岳の上を、凄まじい速さで雲が流れて行きます。相当な強風が吹いていることは間違いありません。なんだか、すごく寒そうです。
3.八甲田山登山 登頂編 そして天は我々を見放した。暴風とガスに包まれた残念な頂へ
湿原を抜けると、再び灌木帯の登りが始まります。急坂は無く、登りやすい勾配の道です。
徐々に周囲から背尾の高い木が無くなって来ました。森林限界高度に近付きつつあるようです。先ほどまでは見えていた大岳が、再びガスに包まれてしまいました。
眼下に広がる上毛無岱も、間もなくガスに没しようとしている所でした。そのうちまた晴れる瞬間もあるだろうと、この時はまだそう思っておりました。
11時50分 大岳避難小屋に到着しました。稜線に出でるなり、凄まじい風にさらされました。あまりの寒さに、慌てて小屋の中へと避難しました。
暖かい小屋の中で昼食休憩を取ったのち、ジャケットを羽織り手袋を装着して行動を再開します。
避難小屋から山頂までは、標準コースタイムで30分ほどの行程となります。もうあと一息と言ったところです。
樹林帯から出るなり、歩行に困難をきたすような猛烈な風にさらされました。さささ、寒い。
暴風に揺さぶられながら必死になって歩く内に、山頂が見えて来ました。
12時30分 八甲田山大岳に登頂しました。この暴風さえ吹いていなければ、登山口からここまでずっと、比較的緩やかで歩きやす山道でありました。
山頂の様子
柵に囲われた広々とした空間です。森林限界高度を超えた場所にあるため、周囲には視界を遮るものの無い360度の展望が広がります。・・・晴れていればね。
ガスが取れる瞬間が訪れないものかと、山頂で少しばかり粘りましたが、一向に晴れてはくれません。このまま立ち続けていると、後藤伍長のごとく仮死状態になってしまうかもしれないので、あきらめて下山を開始します。
4.八甲田山登山 下山編 生きている火山の荒々しき光景と、泥まみれの登山道
山頂から少し下ったところに、鏡池と呼ばれる池がありました。その名の通り、水面がまるで鏡の世にリフレクションする場所なのでしょう。晴れていればね。
眼鏡が曇ってどうにもならないため、先ほどから裸眼で歩ています。おかげで、ますますもって何も見えません。
如何にも火山らしい、ザレた坂を下って行きます。晴れている時ならばきっとここは、眼下に広がる広大な湿原帯を一望することが出来る場所なのでしょうね。
風を避けられる樹林帯まで下ってきて、ようやく人湖落ち着くことが出来ました。やれやれ、凄い風でしたよ。
山頂から40分ほど下ったところで、平坦地が広がる場所へとやって来ました。仙人岱と呼ばれる場所です。
仙人岱には水場があります。強風の影響なのか何やら色々なものが浮いていたので、飲むのは遠慮しておきました。
この場所にもかつては湿原が広がっていましたが、登山者の土足に踏み荒らされてすっかり失われてしまいました。まったく登山者の奴らは最低だな!
・・・なんと言うかその、ごめんなさい。
もともと高層湿原と言うのは、極めて微妙なバランスによって成り立っている、とても脆い生態系です。一度そのバランスを破壊してしまえば、もう元には戻せません。
この八甲田の美しき原始の山を後世に遺すためにも、我々登山者は節度を持ってルールを遵守し、決して定められたコースの外を土足で踏み荒らすようなことがあってはいけません。
仙人岱から五分ほど脇にそれたところに避難小屋があるらしいのですが、特に用もないので偵察はしませんでした。
ここからしばしの間、仙人岱から流れ出る小川に沿って下って行きます。
やがて前方に、大きくザレた谷が広がっているのが見えて来ました。
地獄湯の沢と呼ばれる場所です。今なお火山活動が続いている一帯で、周囲には濃厚な硫化水素臭が漂っていました。
先ほどから、気のせいではなく明らかに目と喉に痛みを感じます。それはつまるところ、結構な濃度の火山性ガスが周囲に漂っているという事です。
植物が一切生えていない山の斜面と言うのは、雨風の浸食に対して無力です。周囲は大きく崩壊が進んでいました。
地獄湯の沢を抜けると、後はひたすら泥にまみれた道が続きます。悪路と言ってしまってよい道です。
地面に黄葉の絨毯が残っていました。この辺りの落葉が始まったのは、まだ比較的最近の出来事であったようですね。
鳥居が見えてきたら、この泥んことの格闘もようやく終わりです。なかなかどうして酷い道でありました。
14時45分 酸ヶ湯温泉に戻ってきました。温泉の売店で八甲田山の山バッチが買えるので、バッジコレクターの方は忘れずに立ち寄りましょう。
この後は酸ヶ湯でひとっ風呂浴びて行くのが理想なのでしょうけれど、ちょうどよいタイミングでバスが来てしまったので、このまま撤収に移ります。
十和田湖から青森駅方面へと帰って行く人の数がピークを迎えるのが、大体何時頃になるのかは分かりませんが、「紅葉最盛期には、バスに乗れない場合もあります」と言う事前情報が常に頭の片隅にちらつき、少々神経質になっていたかもしれません。
バスの車窓から望む紅葉は、相変わらずの素晴らしさでした。そして案の定、ロープウェイから乗車しようとした人々の多くが、満員でバスに乗れないと言う事態に陥っていました。
温泉をあきらめて早々と撤収したのは、どうやら正しい判断であったようです。
16時40分 スタート地点の青森駅へと戻って来ました。途中で新青森駅を経由するので、新幹線でお帰りの人はそこで下車すると良いでしょう。
5.青森駅周辺をブラブラしたのち、弘前へと移動
せっかくの機会なので、すこし青森駅周辺をブラついて行くことにしましょう。青森駅のすぐ裏手には海が広がっています。
現在の青森市はもともと、江戸時代に津軽藩が港として整備したのが発端となっている港町です。かつてはこの青森港は、青函連絡船が発着する北海道の玄関口でもありました。
その青函連絡船の一隻だった八甲田丸が、今も港に係留されて保存されています。観覧料を払えば、中を見物することも出来ます。氷川丸みたいなものですかね。
この謎の三角形の建物は青森県観光物産館アスパムです。端的に言えば、土産物店と展望台が一体化した観光施設です。なお、これは海側から見た姿で、入り口があるのは反対側です。
表側から見ると、このように緑の照明でライトアップされています。針葉樹の姿をイメージしているとのこと。
陸奥湾を挟んだ向かいに見えている山並みは、陸奥半島のものです。ここからでは北海道までは見えません。
何故かカモメに睨まれる。なんだ?かっぱえびせんなら持ってはいないぞ。
この橋は八甲田丸と並ぶもう一つの青森港のランドマークである、青森ベイブリッジです。なんと言う安直なネーミング。
時刻が17時を回ったところで、周囲はすっかり暗くなりました。ずいぶんと陽が短くなりましたな。
翌日は平日であるわけですが、実はちゃっかりと有休を取得しております。という事で本日は一泊して、翌日にもう一座行きます。
という事で、奥羽本線の鈍行列車へ乗り込み、本日の宿泊地である弘前(ひろさき)へと移動します。
青森駅から40分ほどの乗車時間で、弘前駅に到着しました。
さて唐突ですが、青森県の名物はなにかと問われたとき、真っ先に思い浮かぶのものはなんでしょうか。答えはほぼ一つしかありません。それはリンゴです。
その青森リンゴの大半は、津軽平野で栽培されています。そして、その津軽平野の中心にあるのが弘前です。言うなればここは、日本のリンゴ栽培における中心地な訳であります。
改札を出るなりいきなり巨大なリンゴのモニュメントが飾られている駅は、日本広しと言えもここ弘前駅くらいなものでありましょう。
そしてハロウィンまでもが、カボチャではなくリンゴ仕様です。
青森と言えばリンゴと言うのは、決して間違ってはいない正しいイメージなのだという事が大変よくわかりました。
本日のお宿は駅の目の前にあるこちらです。夜行バス疲れもあってか、部屋に入って横になるなり、あっと言う間に眠りに落ちました。
紅葉に染まる山々を求めて決行した青森遠征でしたが、訪問時期としては少々遅きに逸してしまったようです。八甲田山の季節は、完全に秋から冬へと移ろおうとしていたタイミングでありました。紅葉目当てであらば、10月上旬から中旬ごろにかけてがベストなシーズンであろうかと思います。
若干の空振り感がある山行きではありましたが、広大な八甲田の懐に抱かれた湿原帯は、これまで目にしたことのあるものの中でも最大級の規模を誇る別天地のような世界でした。これは是非とも、花の最盛期である初夏に再訪せねばなりません。
東京在住の人間からすれば、そうそう気軽に訪問することは出来ない遠隔地の山ではありますが、その手間に見合うだけのオンリーワンな光景に出会うことの出来る、良い山であると思います。隣接する十和田湖辺りで一泊し、時間をかけてゆっくりと巡るのが一番良いでしょう。
<コースタイム>
酸ヶ湯温泉(9:35)-大岳避難小屋(11:50~12:05)-大岳(12:30~12:40)-仙人岱(13:20)-酸ヶ湯温泉(14:45)
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