山梨県笛吹市にある達沢山(たつざわやま)に登りました。
甲府盆地から河口湖方面へと向かう御坂路の傍らに立つ里山です。山麓には一面の桃畑が広がっており、花の季節になると桃源郷の如き光景が広がります。眺望にはあまり恵まれておらず、桃の花シーズン以外には至って地味で静かな山です。
生憎の曇天の空のもと、達沢山から笹子峠へと至る山域を巡り歩いて来ました。
2022年1月30日に旅す。
達沢山は、桃の生産量日本一を誇る山梨県笛吹市にある里山です。桃源郷の山として地元の人々から愛され、山梨百名山にも選ばれている一座です。
しかし今回は、訪問時期がよろしくありませんでした。
時は厳冬期の真っ盛りの1月下旬。展望のない地味な山頂には「この光景の一体どこが桃源郷だッ!」と叫びたくなるような、冬枯れの殺風景が広がっていました。
冬枯れの達沢山に登るだけではあまりにも物足りなさを感じたので、笹子峠へと続く尾根道を縦走して来ました。山と高原地図では破線扱いとなっているルートです。
特に何かがあると言う訳でもない山域ですが、それ故に殆ど人と行き交う事もない静かな山行きを楽しむことのできる場所だと言えます。
甲府盆地と笹子の境界に位置する地味な山域をほっつき歩いて来た一日の記録です。終日に渡りどんよりとした天気で撮れ高もイマイチであったので、軽くさらっとお送りしようかと思います。
コース
立沢バス停よりスタートし、達沢山に登頂します。登頂後は笹子峠まで破線ルートを歩き、天然記念物である矢立の杉を見物しつつ笹子駅へ下山します。
甲府盆地側から笹子嶺を越えて歩く行程です。
1.達沢山登山 アプローチ編 御坂路の沿線に広がる笛吹桃源郷を目指す
6時12分 JR高尾駅
山梨県へお出かけの際にすっかり定番の、6時14分発松本行きの鈍行列車に乗り込みます。地元民でも何でもないのに、私は一体年に何回この電車に乗っているのだろうか。
笹子トンネルを抜けて甲府盆地内に入ると、車窓に富士山の頭が見えて来ます。今はまだこうしてかろうじて見えていますが、本日の天気はこの後下り坂になる予報です。
7時37分 石和(いさわ)温泉駅に到着しました。特急あずさも停車する駅ですが、この後のバスの乗り継ぎ時間の都合上、鈍行列車でやって来ました。
駅から御坂山地の山並みが良く見えました。目指す達沢山はこの中のどれかであるはずですが、特徴に乏しいため良くわかりません。
温泉地らしく駅前には足湯コーナーがありましたが、まだ利用可能時間前であるため、お湯は張られていませんでした。
山梨県内にある中央本線の駅前では定番の、富士山型のイルミネーションがここにもしっかりとありました。
点灯しているところを見てみたい気もしますが、本日は笹子峠へと抜ける予定であるため、もうここへは戻って来ません。
8時3分発の富士山駅行きのバスに乗車します。このバス路線は、新御坂トンネルを通って甲府盆地と富士五湖エリアとを結んでいます。
市街地を抜けると、周囲の光景は何時しか一面の桃畑に変わっていました。なるほどこれが笛吹桃源郷と呼ばれている光景ですか。春にはさぞや華やかになるのでしょうね。
当然のことながら、今は冬なので花は一切咲いていません。・・・やはりどう考えても、訪問する時期を誤っているのではなかろうか。
8時35分 立沢バス停に到着しました。達沢山の山頂に到る登山ルートは複数ありますが、もっとも近いのはこの立沢から登るルートです。
目指す達沢山は、奥まった場所にあるためバス停から直接その姿は見えません。今正面に見えているこの手前の山を越えて行った先にあります。
2.達沢山登山 登頂編 地味を極めたのか如き、冬枯れの里山を行く
バス停の目の前にさっそく達沢山への案内が掲げられていました。一応は山梨百名山のブランド(?)を持つ山なので、入山者はそれなり多いのでしょう。
道標の導きに従い道なりに進みます。この道の先には採石場が存在しており、主にそこへ出入りする車両のための道であるようです。
この橋の欄干の高さは、明らかに歩行者の事など一切考慮していません。作業道を通らせていただいているのだと考えた方が良さそうです。
背後を振り返ると、白く輝く甲斐駒ヶ岳(2,967m)の姿がありました。この山はどの角度から見てもカッコイイ。
採石場の脇を過ぎると、森の中に入り展望は一切なくなりました。なお、この先は基本的に最後までずっと展望はないので、あらかじめ覚悟しておいてください。
小さな駐車スペースのある登山口へとやってきました。車でお越しの人はここまで入ってこれます。
なおこの先は全面通行止と案内がされてはいるものの、ゲートなどの物理的な封鎖は一切無いため、突っ込む気があるのならもう少し先まで車で入れます。
まるで奥多摩のような圧倒的杉林・・・と言いたいところですが、これは杉ではなく檜です。まあ、どちらであっても似たようなものではありますが。
前方を横切る尾根が見えて来ました。あの高さまで登って行きます。
頭上が開けて来ましたが、しかし天気の方は順調に悪化してどんよりとした空模様です。
本日は微妙な天気予報だったので、捨て日のつもりであえて眺望の無い山をチョイスした次第であります。そのためか、始めからちょっぴりテンションが低めです。
9時55分 林道終点まで歩いて来ました。一応転回できるだけのスペースはありますが、駐車スペースと言えるかどうかは微妙な広さしかありません。二輪車でならば、普通にここまで入ってこれるかな。
登山道に入ってすぐに、小さな堰堤の手前を渡渉します。僅かな水流しかなく一跨ぎです。
日中だと言うのになんとなく薄暗い、圧倒的檜林が続きます。始めからわかってはいた事ですが、やはり地味ですな。
本格的な登り坂が始まりました。森の中をジグザクと九十九折れに登り上げて行く、面白味はありませんが最も効率的に標高を稼げるタイプの登山道です。
登山道を見下ろすように、栗の巨木がポツンと立っていました。かつて達沢山の山中では炭焼きが行われていましたが、この栗の木はその時代から既にここにあり、象徴的な存在であったのだそうです。
恐らくはその炭焼きの釜があった跡だと思われる、石垣が残っていました。
そこそこ急な道をえっちらおっちらと登るうちに、割とあっけなく尾根が見えて来ました。
この時に一瞬だけ陽の光が森の中にまで差し込んで来て、もしやこのまま晴れくれるのかと大いに期待したのですが、この直後にまたどんよりと曇ってまいました。がっくし。
林道終点からは1時間とかからずに、稜線まで登って来ました。稜線上は広葉樹の森となっており、新緑の頃や紅葉シーズン中にはもう少し華やかなる光景を見せてくれるのかもしれません。
右へ進むと笹子峠方面で、達沢山の山頂は左です。まずは軽くサクッと、達沢山の山頂をピークハントして来ましょう。
稜線上に出でて以降は、特に急坂もなく至って歩きやすい登山道です。あえて難点を挙げるとしたら、展望が一切ないことくらいでしょうかね。
あっさりと山頂が見えて来ました。しかしこれはまた、とびっきり地味な山頂ですな。
10時40分 達沢山に登頂しました。特にこれといった見るべき点もない、冬枯れの殺風景な山頂です。やはりこれは、明らかに訪問時期を誤りましたな。
山頂には展望がありませんが、こうしてごく一部に森が切れて視界が開けている場所もあります。正面に小楢山(1,712 m)らしき山が見えているので、眼下の街並みはたぶん山梨市のあたりだと思います。
八ヶ岳も木の隙間からちょっとだけ見えました。こうして僅かにであっても周囲が見えるのは冬限定で、グリーンシーズン中には、山頂からは恐らく何も見えません。
3.謎多き名前のピークナットウ箱山と、双耳峰の片割れの京戸山
展望の無い山頂に留まっていても、得るものは何もありません。僅かな滞在時間で山頂を後にして行動を再開します。もと来た道を引き返して、一度鞍部まで下ります。
左手に見えているこの山並みは、甲州アルプスこと小金沢連嶺です。大菩薩嶺から南に向かって伸びている、長大な尾根道です。
反対側に見えているのは、御坂山地の最高峰である黒岳(1,793m)です。達沢山とは谷を一つ挟んでいるだけなのに、あちらには結構な量の積雪があるようでした。
鞍部まで下ってからは登り返しです。結構急な上に、足元は乾燥しきった砂地の斜面で滑りやすく油断がなりません。
向かいの達沢山からも見えていた、大規模な崩落地があります。このまま拡大が続ければ、やがては今歩いている登山道も呑み込まれてしまう事でしょう。
背後には甲府盆地が広がっているのが何となくわかりますが、やはり木が邪魔をして綺麗には見えません。
山頂まで登って来ました。ここもやはり、展望は一切ありません。
11時20分 ナットウ箱山に登頂しました。・・・ナットウ箱山???
この納豆巻きは、たまたま偶然にも昼食として持っていただけで、写真撮影のためにわざわざ用意していたわけではありません。ですが、せっかくなのでここで食べて行きます。
この不思議な名前の由来が何なのか気になって帰宅後に調べてみたのですが、どうにも良くわかりません。少なくとも納豆の事ではなさそうです。
ナットウ箱山からはしばしの間、ほとんど高低差の無い尾根道歩きです。今は殺風景ですが、新緑の頃にでも歩けば、きっと気持ちの良い縦走路なんでしょうね。
11時35分 京戸山に登頂しました。達沢山は遠目には双耳峰の姿をしており、ここがそのもう一つのピークにあたる場所です。広義にはここも達沢山の一部であると言えます。
京戸山もまた眺望は全くないため、足を停めずにそのまま素通りします。
分岐地点へと下って来ました。道標に従い左へ進むと、京戸山林道方面へ下山するルートとなります。笹子峠へ向かう場合は、ここを直進です。
4.崩落した痩せ尾根が連続するカヤノキビラノ頭への道程
ここから先は、山と高原地図で破線ルートの扱いになっている領域となります。気を引き締めて参りましょう。
落ち葉に埋もれた踏み跡が、だいぶ心許なくなって来ました。早速破線ルートらしくなって来ましたよ。
基本的にずっと尾根沿いに進むのですが、紛らわしい支尾根への分岐があったりするので注意を要します。ちなみにここは左へ進むのが正解です。
道標は一切無いので、ある程度の地図読み能力が求められます。現在地がどこなのか、よく地図を確かめながら慎重に進んで下さい。
少し展望が開けて、御坂山地の主脈と黒岳の姿が良く見えました。朝の時点ではまだわずかに残っていた青空は完全に消えて、すっかり曇り空になってしまいました。
黒岳の背後に、富士山の裾だと思われるものが僅かに見えていました。ご本体の方は完全に雲隠れ中です。
反対側の正面に見ているこの禿山は、甲州高尾山(1,120m)と棚横手山(1,306m)かな。眼下には、笹子トンネルに向かって高度を上げて行く国道20号線と中央自動車道が見えます。
徐々に崩落気味のヤセ尾根が目立つようになって来ました。今のところ、前進が困難となる様な致命的な崩落こそありませんが、油断のならない道が続きます。
「本当にここであってるの?」と思わず自問自答したくなるような急な下り坂などもあり、やはり一般登山道とは一線を画しているルートだと思います。
ルート上に山と高原地図で危険マークがついている場所がありますが、恐らくはこの崩落地の事です。
現在進行形で崩れつつある、砂地のヤセ尾根です。今回の行程では向き的に登りになるからまだ良いようなもので、反対向きにここを下るときは、滑らないように足元注意です。
通り抜けてから振り返ると、こんな状況です。まあ万が一滑り落ちたとしても、即墜落死となるほどの傾斜は無いので、何とか這い上がってはこれるかな。
先ほどから眼下にスキー場らしき場所が見えており、時より風に乗って能天気な音楽が聞こえてきます。地図によると、カムイみさかスキー場と言うようです。
こんなところにスキー場があるとは、まったくもって知りませんでした。所沢にある狭山スキー場を除けば、恐らくは私の自宅から最も近い場所にあるスキー場であると思われます。
12時35分 カヤノキビラノ頭に登頂しました。破線地帯のど真ん中にある、極めて地味かつ静かな場所です。
まだまだ歩き足りなと言う人は、ここからさらに大沢山を経て清八峠へと至る破線ルートを歩くことも出来ます。私はもう十分に満足したと・・・と言うよりはもうたくさんな気分なので、当初の計画通りに笹子峠方面へと下山を開始します。
6.達沢山登山 下山編 転げ落ちるよな急坂を下り、笹子峠へ
あとは下山するだけな訳なのですが、そうは言っても現在地はまだ破線地帯の只中です。引き続き気を引き締めて参りましょう。
カヤノキビラノ頭を過ぎてからも、下り一辺倒とはならず小刻みにアップダウンを繰り返します。
ここで少し展望が開けて、先ほど袂を分かったばかりの大沢山方面の山並みが見えました。この付近一帯の山々は何れも山深くアクセスの手段も限られているため、歩いた経験のある人は少ないのではないでしょうか。
ギコギコと小刻みに登って降りてを繰り返すうちに、再び山頂らしき場所が現れました。
13時45分 中尾根ノ頭に登頂しました。ここも展望の無い地味なピークです。
山頂に沢山あるこの蕾は、どう見てもヤマツツジものです。やはり、明らかに訪問時期を間違えてしまったとしか思えませんな。
中尾根ノ頭を過ぎると、もう登り返しは無くなり、笹子峠に向かって一気に標高を落とし始めました。正面に見えているのが笹子雁ヶ腹摺山(1,358m)なのかな。
写真だと分かり難いですが、かなりの急勾配な道です。そう言えばたしか峠を挟んだ笹子雁ヶ腹摺山も、ひたすら急登続きの山だったように記憶しています。
急坂を黙々と下り続け、ようやく峠まで下ってきました。反対側から登るのは相当辛そうな急坂でありました。
14時10分 笹子峠に到着しました。ここはかつて昭和13年に笹子隧道が完成するまでは、甲州街道最大の難所として長きに渡り君臨していた場所です。
かつては交通の要衝であったことを偲ばせるような面影は今では一切残っておらず、どこにでもある小さな峠越えの山道のようにしか見えません。
この峠のすぐ下を、笹子隧道が貫いています。眼下に見えているこの1車線の道は、国道20号(甲州街道)の旧道です。
トンネルまで下って来ました。この笹子隧道は昭和13年に完成し、昭和33年に現在の笹子トンネルが開通するまでの間、東京都と山梨県の自動車交通を一手に担う存在でした。
こんなすれ違いも出来ないようなちっぽけなトンネルでよくもまあと思いますが、当時は自動車交通よりも鉄道輸送の方がより重要視されていた時代であるので、このような小断面トンネルでもさほど問題にはならなかったのでしょう。
隧道の土被りは、せいぜい100メートルあるか無いか程度の高さでしかありません。たったこれだけの高さを省略できるだけでも、当時の貧弱な動力の車両にとっては、大きな意義があったのでしょう。
7.天然記念物の矢立の杉を見物しつつ、笹子駅へ下る
さあ、あとはもう笹子駅へと下るだけです。舗装道路を道なりに下って行きます。
この旧道は現在でも通行止めにはなっておらず、車両でも通り抜け出来ます。しかしこの枯れ葉の堆積具合からして、きっと交通量はほぼゼロなんでしょうね。
このまま道なり下っても下山は出来ますが、途中から沢沿いの登山道があるので当然そちらへと進みます。
どうやらこの登山道は、江戸時代の甲州街道を忠実に辿っているようです。
しかし、ちょっと甲斐にまで行きたいと言うだけでいちいち毎回山越えをしていたとは、昔の人はみな健脚だったんですね。健脚にならざるおえなかったと言った方が正確か。
なにやら展望デッキらしきものが整備されている場所に行きつきました。山梨県の天然記念物にも認定されている、矢立の杉です。
こちらがその矢立の杉です。この巨木は樹齢が約1,000年とも言われており、葛飾北斎の浮世絵にも描かれた甲州街道における名物的な存在でした。
戦国時代には、武田の軍勢がこの杉に矢を射たてて戦勝を祈願したと言う伝説が残されており、それが名前の由来となっています。
全高は28メートあります。見上げる高さの巨木です。大きいことは良いことだ。
老いた巨木にはありがちなように、中はすでに空(うろ)になってしまっています。保全のために、目の前まで接近することは禁止されています。
テーマ曲まであります。杉繋がりだと言うことなのか、歌手の杉良太郎氏が唄っています。
ちなみにこの曲はハンドルを20回まわせば聞くことが来ます。ゼンマイ動力だと言う事ですが、思いのほか音量が大きくて少々焦りました。
曲の感想は、なんと言うかド演歌ですね。
長居が過ぎてだいぶ時間も押して来ました。寄り道は程々にして下山を続けましょう。何しろ日が短い季節ですからね。
明治13年に明治天皇が山梨を巡幸した際に、ここを通ったことを記念する碑が立っていました。ほんの短い区間でしかないのに、様々な歴史ロマンが凝縮されている道です。
再び甲州街道の旧道と合流しました。この先はもう駅までずっと舗装道路歩きとなります。
そして何故か先ほど聞いた矢立の杉が頭から離れなくなり、脳内で延々とループ再生され続けております。「やたてのぉーすぎぃーのぉーものーがーたぁりぃー♪」
新田の集落まで下って来ました。ここでクマ鈴は収容し、マスクを装着します。
下から登って来た新田行きのバスとすれ違いました。下山地点にバス停があると言う事は知っていましたが、本数が極端に少ないため始めからアテにはしておらず、笹子駅まで歩くつもりでいました。
しかし、今バスが登って来たと言うことは、折り返しの便が間もなくやってくるタイミングなのではなかろうか。
15時45分 終点の新田バス停から一つ下った新田下バス停の前までやってきました。時刻表を確認すると、次の便は4分後です。そういう事であれば、バスに乗りまーす。
程なく大月駅行きのバスが折り返して来ました。実にナイスタイミングでした。
かくして思いがけず、最後の笹子駅までの下道歩きを丸ごと省略することが出来ました。
せっかく笹子に来たのだから、お土産に笹子餅を買って帰ることにしましょう。かつては特急あずさの車内販売でも売られていたと言う定番のおやつです。
パッケージについ先ほど見てきた矢立の杉が描かれていました。中身はあんこ入りのヨモギ餅です。10個入りでお値段1,000円なり。
さしたる待ち時間もなくやって来た高尾行きの鈍行列車に乗り込み、帰宅の途につきました。
・・・軽くさらっとお送りするとか言っておきながら、結局はいつものようにダラダラと冗長な記事になってしまいました。文章を短く簡潔にまとめるのは、意外に難しい。
明らかに訪問時期を間違えてしまったとしか思えないこの日の山行きは、延々と歩き続けて笹子峠を越えたところで幕を下ろしました。もし仮にこの山が山梨百名山でなかったら、恐らく訪問することは無かっただろうなと思える山行きでありました。
達沢山への訪問を考えているのであれば、桃の花が咲く4月中旬頃に訪れることを強く推奨します。なにしろこの山は、桃源郷の山なのですから。
笹子峠まで歩いたのは完全なる蛇足です。あまり一般向きとは言い難い荒れ気味の道を延々と行くことになるため、物好きな人以外には推奨しません。花のシーズンに立沢バス停からサクッと往復するのがオススメな一座です。
<コースタイム>
立沢バス停(8:40)-林道終点(9:55)-達沢山(10:40~10:50)-ナットウ箱山(11:20)-京戸山(11:35)-カヤノキビラノ頭(12:35)-中尾根ノ頭(13:45)-笹子峠(14:10)-矢立の杉(14:45~15:00)-新田下バス停(15:45)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
コメント
マニアックなエリアですね。オオツキさんの山DBはほんとに幅広いです!
6:14の高尾発のこの電車に乗れたら私も日帰りで行ける範囲が広がるなーと思い調べたところ・・・
自宅最寄りの地下鉄駅からですと始発に乗っても4分の差でわずかに間に合いませんTT
オオツキさんが自転車で三鷹駅に行かれたのを思い出し検索したら…私も両国駅まで行けば6:14高尾発に間に合うことがわかりました!
もう少し日の出が早くなったら試してみようかと思います。
MMさま
コメントありがとうございます。
自転車登山にまで手を広げてはじめてしまったら、登山道楽もいよいよ極まれりですね。この電車に乗ることが出来れば、山梨県内の多くの山が日帰り圏内に収まり、選択肢の幅は大きく広がります。
ぜひチャレンジしてみてください。