
栃木県日光市にある日光男体山(にっこうなんたいさん)に登りました。
奥日光の中禅寺湖の傍らに立つ、言わずとも知れた日光の象徴的な存在の山です。中禅寺湖側の麓には男体山そのものをご神体とする二荒山神社中宮祠が建ち、神社から山頂へと続く参道が続いています。この表側の参道とは別に、裏側に位置している志津乗越から登る登山道も存在します。
紅葉シーズンの喧騒とは全く無縁の、静かなる裏ルートを歩いて来ました。
2025年11月7日に旅す。
中禅寺湖の傍らに立つ日光男体山は、世界的観光地である日光の象徴的な存在の一つです。かくも存在感のある山を古人たちが放っておくはずはなく、古くから信仰の対象として崇められてきた霊山です。

男体山の麓の中禅寺湖畔には、男体山そのものをご神体として祭っている二荒山神社があります。男体山に登るには、この二荒山神社から参道を辿るのが一般的です。

一般的と言うか、おそらく男体山に登山する人の9割以上はこの参道を登ります。
あまり広く知られてはいませんが、中禅寺湖側から見ると裏側となる、志津(しず)乗越側にも登山道は存在します。表側の参道に比べると歩く人の数は遥かに少なく、ひっそりとしています。

何しろ交通アクセス的にも断然楽である中禅寺湖側に、古くから登られてきた由緒正しき伝統と格式の登山道が存在しているわけですから、わざわざ手間をかけて裏側からアプローチする人がほとんど存在しないのは、当然と言えば当然のことです。
男体山の裏側には、表から見た時の均整の取れた姿とは大きく印象が異なる、大規模な崩落地が広がっていました。あまり知られていない、男体山の裏道を歩いて来た記録です。

コース

三本松バス停からスタートし、途中までは舗装されている林道を辿って志津乗越まで歩きます。志津乗越から先は登山道を登って男体山に登頂します。
下山は参道を下り二荒山神社におります。裏側から男体山を縦断する行程です。
1.男体山登山 アプローチ編 大勢の観光客で混雑する紅葉シーズンの日光を目指す
5時52分 JR東京駅
日光と言えば東武電鉄のテリトリーであるという印象がありますが、本日の行程はそこそこの長丁場となるため、十分な行動時間を確保すべく贅沢に新幹線を使ってアプローチします。

何しろもうだいぶ日が短い季節ですからね。交通費は高くつきますが、致し方ありません。
宇都宮駅でJR日光線に乗り換えます。この乗り継ぎに間に合わせたいがための新幹線利用です。

7時46分 JR日光駅に到着しました。なお紅葉シーズン中の日光は、週末になるとそれはもう混雑します。少しでも混雑を避けるべく、今回は平日の金曜日に訪れました。さて、平日の混雑状況はどんなものでしょうか。

平日であっても、バス停にはしっかりと行列が出来上がっていました。恐るべし、紅葉シーズンの日光。まあそれでも、週末の混雑に比べれば全然マシではあるのでしょうけれど。

バスが混んでいること自体はそれほど気にもしていません。それよりも、いろは坂で渋滞に掴まって立ち往生することを強く懸念してわざわざ平日に出向きました。
7時50分発の湯元温泉行きのバスに乗車します。行列に並んでいた人の多くが中禅寺温泉行きのバスに乗車したこともあって、何とかギリギリ座れました。

いろは坂付近がちょうど紅葉の見ごろの最盛期を迎えており、明知平の駐車場は満車状態で車があふれていました。恐るべし、紅葉シーズンの日光。

男体山の表側が姿を見せました。今日は裏側からお邪魔しましょうと言う趣向であるため、二荒山神社中宮祠バス停では下車せずにそのままバスに乗り続けます。

いろは坂が紅葉の見ごろを迎えているということは、さらに標高の高い奥日光エリアはもうほぼ終わりかけであるということです。紅葉を目当てに男体山に登るには、時期的に少し遅かったようです。

9時2分 三本松バス停に到着しました。戦場ヶ原の只中にある三本松園地の最寄りバス停です。

バスを降りた真正面に男体山が佇んでいます。中禅寺湖側を表とするなら、これはちょうど真横から姿になります。ここから左側にぐるっと回り込んで裏側まで歩いて行きます。

2.長々と車道歩きが続く志津乗越への道程
9時5分 トイレと身支度を済ませて、本日の行動を開始します。進むべき道は、駐車場内を通り抜けた先にあります。

カラマツが見事に紅葉しています。奥日光の紅葉シーズンとしては少し遅い時期であったかなと思っていましたが、カラマツの紅葉に関して言えばちょうど見頃のど真ん中と言えるタイミングでした。

行き先に光徳と書かれた道標の案内に沿って進みます。本日歩こうとしているルートは、途中までは以前太郎山に登った際の下山時に一度通ったことがあります。

轍の跡があるので、かつては車も通行していたことがあったらしい未舗装の道が続いています。一応は三本松園地から光徳園地まで徒歩で移動する場合の最短ルートではありますが、あまり歩く人は多くなさそうです。

右へ入って行く脇道がありました。曲がる場所はここだったっけかと一瞬迷いましたが、確か太郎山と書かれた道標がしっかりとあったはずなので、ここでは曲がらずに直進します。

ほどなく記憶にある通りに、行き先に太郎山・志津としっかり案内された道標の立っている分岐が現れました。ここから右に入って行きます。

カラマツ林の只中を突っ切るように道が続いています。この辺りはまだ勾配もあってないようなもので、ほぼ水平移動に近い緩やかな上り坂が続きます。ウォーミングアップは丁度良い感じです。

光徳の周辺に広がっているカラマツ林はすべて、植生回復のために植林されたものです。光徳の周辺一帯は、戦場ヶ原を観光地として開発する過程において乾燥化が進み、一時は荒廃して荒れ地状態と化していたこともありました。

今ではこうして見事な森になっていますが、これは奥日光本来の植生とは全く別物だと言うことです。
9時45分 梵字飯場跡と呼ばれている地点まで歩いて来ました。駐車スペースがあり、車でお越しの人はここまで入ってこれます。

舗装された道はまだ先まで続いていますが、この先は工事車両のみで一般車は通行禁止です。

梵字飯場跡を過ぎると、ほぼ水平移動状態だった道がようやく真面目に標高を上げ始めました。

三本松バス停から志津乗越までの標高差は約400メートルほどあり、だいたい高尾山一つ分くらいを車道歩きで登る計算になります。この行程をアプローチと捉えるなら、まあまあ重めと言えそうです。
予想の通り、奥日光の紅葉シーズンはすでに最終盤で、既に大部分の木は落葉していました。いろは坂よりも上のエリアで紅葉を楽しみたければ、ベストな訪問時期は10月下旬頃でしょうか。

カラマツの方は今まさに見頃のど真ん中と言ったところで、光徳の周辺一帯が黄金色に埋め尽くされていました。カラマツは紅葉の中では最後発で、晩秋のフィナーレを飾る存在です。

進行方向の左前方に日光連山ファミリーの大真名子山(2,376m)が見えています。いま目指している志津乗越は、この山と男体山との間の鞍部です。

大真名子山と小真名子山は未踏なので、そのうち登りに行かねばなりません。志津乗越へと続くこの道は、その時にもまた歩くことになるでしょう。
続いて正面に男体山が姿を見せました。普段見慣れている中禅寺湖側から見た時の姿とは、ちょうど反対側になります。すぐ目の前にあるようにも見えますが、ここからさらに回り込んで行くため、まだしばらく舗装道路歩きが続きます。

左隣には太郎山の姿がありました。日光連山ファミリーにおける長男坊と言う位置づけの山です。こちらは既に1回登頂済みです。

太郎山方面への分岐地点まで歩いて来ました。ここから先は、自身初めて足を踏み入れる領域となります。

太郎山に登る人のための、登山届の投函ポストが置かれていました。ここに届を出していく人が、果たして年に何人くらいいるのだろうか。ほぼ使われていなさそうな気がします。

太郎山との分岐を過ぎて以降も、特に勾配がきつくなるわけでもなく、九十九折れを繰り返しながらゆったりと登って行く道が続きます。これだけ長いと、さすがに少々ダレてきましたぞ。

再び男体山が姿を見せました。頭上が開けてきており、そろそろ峠が近そうな予感がします。

10時55分 志津乗越まで登ってきました。なんだかんだ、三本松バス停からは1時間50分ほどを要しました。

これだけアプローチが長いとなると、わざわざ裏側から登ってみようと思う人がほとんどいないのにも納得がいきます。単純に面倒ですからね。
3.針葉樹の森の中にひっそりと建つし志津難小屋
長いアプローチがようやく終わり、これで登山道を歩けると意気上がるのに水を差すかのように、林道歩きがまだもう少しだけ続きます。

ほどなく道の脇に登山口が現れました。ここから山中へと分け入って行きます。

入口からして既に藪っぽく、前途に一抹の不安を感じます。さて、大人気の山の裏側にはどんな光景が広がっているのでしょうか。期待していってみましょう。

幸いにも笹薮っぽかったのは入り口付近だけで、すぐにごく普通の山道になりました。もっと道なき道なのかと身構えていましたが、拍子抜けするくらいには普通です。

ほぼ水平移動に近いような道を進んでゆくと、森の中に丸太づくりの小洒落た小屋が立っていました。

志津避難小屋です。そんなに利用者が多いとも思えない立地にありながら、かなり大掛かりで立派な小屋です。

大真名子山を日帰りで登るのは少々厳しそうなので、この小屋に前泊して翌日に霧降高原まで抜ける計画を前々から温めております。志津避難小屋がどんな様子なのかを偵察しておきたいと言うのも、本日の訪問における重要な目的の一つでした。
と言うことで中の様子を見学しておきます。中心に十字の土間があり、4か所に別れた板の間スペースがあります。2階にも宿泊スペースがあるようです。

シャクナゲシーズンの週末にどれくらいの利用者がいるのかは全く読めませんが、キャパは大きそうなのでよほどのことがない限りはあぶれる心配はなさそうです。
小屋の正面に水場がありますが、完全に涸れてしまっていました。当然季節にもよるのでしょうが、この水源はあまりあてにはしない方がよさそうです。

小屋のすぐ裏手に日光二荒山神社の志津宮(しずのみや)がひっそりと建っています。志津避難小屋も、もとは二荒山神社の社務所を前身としています。わざわざ裏側で修行する物好きな行者も居たということなのでしょうか。

4.原始性の高い深い森に覆われた男体山の裏側
だいぶ前置きが長くなりました、ここからようやく登山道らしい道が始まります。枯葉に埋もれてはいますが、踏み跡はしっかりとあり至って明瞭です。

全体を通じて、道を塞ぐ倒木がかなり多めです。やはり表の登山道程こまめには整備がされていないのでしょう。

志津避難小屋10分ほど歩いたところで、早くも1合目が現れました。この時点ではまだ勾配も緩やかで、気持ちよく歩ける森の道です。

登山道は小さなガレ谷に沿いに続いており、こうした砂防堰堤が点在しています。こんな人知れぬ山中であっても、しっかりと防災のための手が加えられているのには驚かされます。

北側斜面を登っているため、全体を通じて薄暗い登山道です。明るくてときより眼下に中禅寺湖が見える表側の参道と比べると、かなり陰鬱な印象が付きまといます。

1合目から10分ほどで2合目が現れました。この間隔が続くなら、山頂までは1時間40分ほどで登れてしまう計算になりますが、本当にそんなものなのでしょうか。

ガレ谷の直ぐ脇に登山道があり、申し訳程度にトラロープが垂らされていました。登る分には特に危険は感じられません。

ガレ場のある所に好展望あり、と言うことで背後に立つ太郎山の姿がよく見えています。もっと上の方まで登ればさらに展望が開けてくるので、ひとまず背後のことは気にせずに先へ進みましょう。

登山道が大きく洗堀されているのが目につきます。男体山はもともと火山性の柔らかい土壌であるため、表側の登山道のように土嚢を詰むなどの対策がされていない裏側は、抉れて行くのに任されている状態です。

3合目を過ぎた辺りから、傾斜が増してきて本格的な登りが始まります。今のうちに呼吸を整えておきましょう。

何時しか周囲の光景は、苔むした針葉樹林の森にかわりました。標高が上がったことにより、亜高山帯の領域に入ったようです。

12時10分 5合目まで登ってきました。半分まで登って来た現時点でもなお、まだ一人の登山者とも遭遇していません。どこまでも静かな登山道です。ここは本当に、紅葉シーズンの男体山なのか。

5.ガレ場と急登を乗り越えて山頂へ
ここまでずっと薄暗い森の光景が続いていましたが、前方の視界が開けて森の中に光が差し込んで来ました。展望が開けそうな予感に期待が高まります。

進んでゆくと大きな崩落地にぶつかりました。男体山の山体には、こうしたひっかき傷のような崩落地がそれこそ無数に存在しています。

崩落地のすぐ脇の結構きわどい場所に道が続いています。そう遠くはない将来に通行不能になり、付け替えられることになると思います。

眼下に見えている女峰山のすそ野にも、大規模なカラマツ林が広がっています。カラマツはスギやヒノキよりも寒冷な場所でも育つため、主に標高の高い地域に大々的に植林が行われてきた歴史があります。

ただヤニが多いため歪みが生じやすく、木材としての価値はスギやヒノキよりもずっと低いようです。そのため、大きく育ち既に収穫すべき時期を迎えているにもかかわらず、その多くが伐採されることもなしに放置されてしまっています。
12時30分 7合目まで登ってきました。ここを過ぎると、登山道はさらに勾配を増してきます。男体山は後半になるほど傾斜がきつくなっていくタイプの山です。

ガレ場の上部を横断します。一応は申し訳程度にトラロープが張ってありますが、道自体が斜めと言うか、ほぼ道があってないようなものなので、慎重に通過しましょう。

背後の視界が開けてきました。今見えているこの日光と尾瀬の間に挟まれているかのような山域には、鬼怒沼山などの面白そうな山がたくさんあるのですが、公共交通機関によるアクセスが悪いと言うかほぼ不可能なのが惜しまれるところです。

光徳周辺のカラマツ林が本当に見事です。カラマツは先駆樹種(パイオニア樹種)と呼ばれ、山火事や伐採などによって裸になり荒れた土地にも、いち早く定着して育つことで知られています。

こうした大規模なカラマツ林が広がっている山と言うのは大抵、何らかの理由により1度はげ山状態になった過去があることが多いと言うことです。
奥秩父の東京都水源林になっている山などが分かりやすい例です。
燧ヶ岳(2,356m)の頭だけがひょっこりと覗いています。あの辺りはもう東北地方だということです。

手も使わないと登れないような勾配になってきました。急な個所にはしっかりとお助けロープが張られており、決して放ったらかしにされている訳ではないことが伺えます。そのわりに、未だに一人も他の登山者を見かけてはいませんが。

表側の参道も6合目よりは上はかなりの急勾配な道なので、表から登ろうと裏から登ろうと難易度に大きな違いは無いように感じます。裏の方が若干荒れ気味ではありますが、通行に支障をきたすような崩落箇所は存在しません。

8合目まで登って来ると、背の高い木は無くなり周囲の視界が大きく開けてきます。

赤茶けた溶岩石が散乱する、如何にも火山らしい光景になってきました。男体山は現在、噴気などの目に見える火山活動は完全に停止している状態ですが、気象庁の分類上では活火山に指定されています。

南の中禅寺湖側から見ると綺麗な円錐形をしている男体山ですが、北側では大きく山体崩壊が進んでおり、中央の部分が抉れて馬蹄形状の尾根が形成されつつあります。

この崩落地は御真仏薙(ごしんぶつなぎ)と呼ばれており、現在進行形で拡大を続けています。
視界が大きく開けてきました。御真仏薙の先に日光最奥部に位置する山々を一望できます。表側の登山道にはある中禅寺湖のパノラマビューが一切ない代わりとだとでも言わんばかりに、素晴らしき山岳展望が用意されていました。

表から登ろうが裏から登ろうが、総じて眺めの良い山であると評して問題なさそうです。
戦場ヶ原を挟んだ向かいに日光白根山(2,578m)の姿もよく見えています。関東地方最高峰のタイトルを持つ山ですが、火山活動によって現在も標高が伸び続けている浅間山(2,568m)に、いずれは追い抜かされると考えられています。

湯ノ湖の背後に、峠に向かって伸びる金精道路が見えています。車に乗って移動している最中には気にもしませんでしたが、あらためて見ると凄いところを通っています。

大真名子山の背後には、日光連山ファミリーのお母さんである女峰山(2,483m)の姿がありました。ああ、よいですね。やはりこれは1度繋げて歩く必要がありそうです。

この日光連山ファミリーの中にしれっと紛れ込んでいる帝釈山(2,455m)について、間男なのではないかと言うたいへん興味深い説を唱えている知人がおりました。
女峰山の右後方に見えているこの山は、最初は那須連山かなと思ったのですが、位置的に高原山(1,795m)ですね。全国区の知名度はない比較的マイナーな山ですが、遠くから見た際にかなりの存在感があります。

前方に山頂らしき場所が見えてきました。あまり気にしたこともありませんでしたが、二荒山神社の奥宮は背後から見ると崖際の結構際どい場所に立っていました。

これまで全く見えていなかった、関東平野の広がる南東方向の展望も開けました。ただ惜しむらくは、この時期にしては気温が高めで空気が霞んでおりモヤッとしています。

崩落地が山頂部のすぐ背後にまで迫っています。男体山の裏側がこんなことになっていることは、意外と知られてはいないのではなかろうか。

上から見下ろした御真仏薙です。万年単位のスパンで見れば、男体山は浸食による開析が進んで、やがては複数のピークに分裂した山になって行くはずです。

富士山にある大沢崩れも、やがてはこんな感じに拡大していくのでしょうな。
男体山の裏側の光景を大いに満喫しました。わざわざ裏側から登るなんて、ただのひねくれ者もいいとところではないかとも思いましたが、裏ルートには裏ルートなりの見所はしっかりとありました。

見覚えのある、天を仰ぐ大剣の裏側に出ました。結局山頂に着くまでにすれ違った他の登山者の数は、最後まで0人のままでした。どこまでも静かな裏ルートです。

13時20分 男体山に登頂しました。なんだかんだで、志津乗越からはしっかりと2時間以上の時間を要しました。

山頂標識は例の大剣のある場所から少し下がった場所にありました。みなあの剣の前で記念撮影をしたがるので、こんな標識があることに気がつきもしない人も結構いるのではなかろうか。

紅葉の見頃が眼下のいろは坂よりも下の一帯に広がっている様子が良く見えます。訪問時期的には、11月に入ってからではやはりちょっと遅かったようです。

明知平の駐車場が、朝の時点から変わらずに満車状態のままなのがここからでもよく見えます。それに比べて、男体山の裏道のなんと静かだったことよ。

この髪型をしている人の銅像はすべて日本武尊なのかと思ってしまいますが、男体山の化身である二荒山大神の像です。

確か神話では二荒山(男体山)の化身は大ムカデなのではなかったっけか。この人が頭上にベーターカプセルを掲げるなリ変身ベルトを装着してバク宙するなりをすると、大ムカデになるのだろうか。
男体山山頂からの展望と言えば、やはりこの中禅寺湖を一望するパノラマビューでしょう。今日は男体山の表と裏の両方の絶景を満喫することができました。これでもう思い残すことは何もありません。

6.日没時間が迫る中、二荒山神社へ足早に駆け下る
14時 山頂でゆっくりくつろいでいたら、だいぶ時間が押してきてしまいました。もう日没時間まであまり猶予も無いので、足早に下山を開始します。

森の中に入ったら、あとはもう消化試合です。この下山と言うあまり気乗りのしない作業に、黙々と取り組みます。

所々に開けた場所があり、中禅寺湖のパノラマが広がります。それで、表側に素晴らしい眺めのこれだけ立派な道があるのに、わざわざ裏側から回り込んで登ったことに何か意味はあったのかと問われると、何とも答えにくいところではあります。

15時40分 5合目避難小屋を通過します。このペースなら、ギリギリヘッドライトは出さずに下山できるかな。

男体山の登山道は基本的に一直線の急登続きです。これは表も裏も一緒で、大きな違いはありません。

サクサクと4合目まで下ってきました。ここで一度林道歩きが挟まります。

この区間はちょっと遠回りすることになるのですが、急坂続きで足にきている人からすると、程よい休憩の時間にはなろうかと思います。

向かいの山並みに向かって陽が沈んでいきます。秋の日はつるべ落としとはよく言ったもので、今の季節は本当に陽が短い。

黄昏時の残光が残っているうちに、急いで下山してしまいましょう。

最後のエリアもかなりの急坂です。裏の方が歩行距離が長い分だけ、まだ多少はマイルドであったかもしれません。

日が完全に沈みました。二荒山神社にある登山道入り口の門扉は、夜間は閉門されるという話を以前耳にしたことがあります。何時に閉まるのかを正確には把握していないのですが、ともかく急ぎましょう。

何とか門が閉まる前に降りてくることができました。なお、閉門時間は17時とのことです。

16時45分 荒山神社中宮祠バス停に到着しました。なんだかんだで、結構いいお時間になってしまいました。

この時間ならバスは空いているかと思いきやそうでもなく、何とかギリギリ座れるくらいの混雑具合でした。

往路では新幹線を使ってアプローチするという大変な贅沢をしてしまったので、帰路は東武の鈍行列車で帰ります。往路の倍近い時間をかけて、長い長い帰宅の途につきました。

男体山に裏側から登ってみよう編は、こうして無事に何事もなく完遂できました。
多くの人が当然抱くであろう、表側に素晴らしい参道があるのに、わざわざ裏側から登る意味はあるのかと言う疑問についてですが、裏側には裏側なりの見所がたくさんありました。
もし初めて男体山に登るのであれば、当然ながら表側から登るべきです。2度目3度目以降の訪問で、これまでとは一味違った男体山を体験してみたいという人か、あるいは人の少ない静かな山行をしたいと言う人にオススメ出来ます。もの好きな方は、わざわざ遠回りしてでも裏側から登ってみてはいかがでしょうか。
<コースタイム>
三本松バス停(9:05)-梵字飯場跡(9:45)-志津乗越(10:55)-5合目(12:10)-男体山(13:20~14:00)-5合目(15:40)-二荒山神社中宮祠バス停(16:45)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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