
山梨県大月市、笛吹市および河口湖町の境界に連なる大沢山(おおさわやま)、八丁山(はっちょうやま)および御坂山(みさかやま)を歩いて来ました。
笹子峠から見て南側に位置している、御坂山地北東部の山々です。近隣にある清八山や三つ峠などと比べると人気知名度共に極めて低く、ほとんど歩く人はいないマイナーな尾根をつなげて歩く行程です。近年のご当地アルプスブームにあやかり河口湖アルプスとも呼ばれていますが、ほとんど定着はしておらず無名に等しい存在となっています。
生憎の曇天の下、道中で誰ともすれ違わない静かな山々を巡ってきました。
2025年8月9日に旅す。
河口湖アルプスと呼ばれているコースがあるのは、笹子峠から見て南側に連なっている山々です。秀麗富岳十二景の一つである清八山がある辺りだと言えば、おおよその位置が伝わ・・・らないですかね。

この御坂山地の北東部一帯の山々は登山の対象としてはほぼ無名に等しく、歩く人は極めて稀なマイナーな領域となっています。
マイナーエリアに甘んじている理由は、実際に歩いてみればすぐに理解できます。このルートはとにかく地味です。だがしかしそれが良いと思う、ごく一握りの物好きな人だけが訪れる静かなる尾根道です。

この人気エリアの狭間にあるかような空白地帯については、以前に近隣の清八山や達沢山などを歩いた時からずっと気になっていました。何しろ私自身、大変物好きな人間なものですから。
おそらく大多数の人が「どこだその山は?」となるであろう、マイナーな一帯を歩いてきた1日の記録です。

息をのむような絶景などのわかりやすいご褒美は、このルート上には一切存在しません。それでも進む覚悟はできましたか?できたのならのなら出発しましょう。
コース

JR中央本線の笹子駅よりスタートして、奥野稲村神社から送電線の巡視路を辿って大沢山へ。そこから尾根沿いに八丁山および御坂山まで縦走して旧御坂峠まで歩きます。
下山は峠から国道137号(御坂みち)にある藤の木バス停に向かって下ります。
河口湖アルプスと呼ばれているのは清八山から御坂黒岳までの区間であるため、厳密に言うと少し異なるルート取りです。自身の未踏区間を繋ぐために少し変形させた行程です。
1.河口湖アルプス アプローチ編 甲州街道筋の笹子にひっそり立つ奥野稲村神社へ
6時11分 JR高尾駅
中央本線沿線の山へお出かけの際の定番である、6時15分発の松本行き普通列車で笹子を目指します。

本日はイマイチな天気になるとの予報が出ており、初めから捨て日のつもりで、登りたい山リストの片隅に入っていた河口湖アルプスに白羽の矢を立てました。
もともと展望がほぼ無い山域なので、多少天気が悪かろうと何ら不都合はないことでしょう。
7時6分 笹子駅に到着しました。本日の行程は駅から直接スタートします。一応は駅チカ物件の山と言うことになるのだろうか。

曇り予報とは裏腹に、頭上には青空が広がっていました。今後の気温の上昇を思うに、このまま晴れていて欲しいような欲しくないような。

7時15分 トイレと身支度を整えて、本日の行動を開始します。まずは甲府方面に向かって、国道20号線を道なりに進みます。

まだ朝の比較的早い時間だというのに、既に気温はジリジリと上昇を続けており、アプローチの段階からすでにうっすらと汗をかいています。そもそもどう考えても、8月に歩くべき山ではないような気がします。

清八山への案内の道標が現れたところで、左折して脇道に入ります。大月市は町中にもこうした案内の道標が多く立っており、登山者的にはとても助かります。

左折してすぐにY字路が現れます。清八山を目指す場合にはここを右ですが、今回は道なりに左へ進みます。

7時45分 奥野稲村神社まで歩いて来ました。西暦で言うと14世紀の創建となる、歴史ある神社です。大沢山への登山口は、この神社の裏手にあります。

この鹿よけの柵の扉を開けて山中へと入って行きます。大沢山と書かれた案内などは一切ありませんが、それもそのはずでこれから歩こうとしている道はそもそも送電鉄塔の巡視路です。

2.送電鉄塔と共に歩む尾根道
取りつきからいきなりの急勾配です。踏み跡がなかったら誰もここが道だとは思わないような勾配ですが、ロープなのどの補助は何もありません。甘ったれんな、自力で這い上がれ。

最初の急登を登りきると、明瞭な尾根道になりました。この先は最後までずっと、尾根筋を辿ることになります。

早速小さな送電鉄塔がありました。このすぐ近くに東京電力の東山梨変電所があるため、周辺一帯の山中にはこうした送電鉄塔が多数林立していて、なんというか電線だらけな場所です。

河口湖アルプスコースの主な特徴は何であるかと問われたら、私なら躊躇なく鉄塔と答えます。
続いてテレビ地上波用だと思われる八木アンテナが、道の脇に無造作に立っていました。電源ケーブルが見当たらないので、もう使われてはいなさそうです。

何時しか周囲は薄暗い杉の植林地帯から、ナラなどの広葉樹林に変わりました。差し込む木漏れ日が気持ちの良い尾根道です。・・・風がそよとも吹かないから蒸し暑いし、羽虫がわんさか飛んでいて鬱陶しいですが、それでも気持ちが良いものは良いのです

木の根元に大量に木屑が積もってします。これはキクイムシによるもので、現在関東地方の山林ではキクイムシが原因のナラ枯れ被害が急速に拡大しています

尾根が真面目に標高を上げ始めました。それでいっちょう、気合を入れていきましょうか。蒸し暑くて既にだいぶやる気が削がれて来ていますが、頑張ってまいりましょう。

名もなき小ピークを越えると、急登は一旦終わりほぼ平坦になりました。登り一辺倒ではなく、緩急のある尾根です。

尾根上に再び鉄塔が現れました。先ほどのものよりもずっと大きく、見上げる高さの鉄塔です。こんなものを良く山の中に建てましたな。

ちょうど真正面辺りに本社ヶ丸(1,631m)があるはずですが、稜線上はすっぽりと雲に覆われていました。天気予報の通りではあるのですが、この様子だといずれは虚無の世界へと突入することになりそうです。

比較的フラットな道がしばし続きます。河口湖アルプスは実は優しいコースなのではないかと言う甘い見通しが頭をもたげてきますが、このコースがその獰猛な本性を露にするのはまだ先のことです。

ここにも鉄塔が立っており、周囲は伐採されていて視界が広く開けています。地味と言えば地味ですが、鉄塔のおかげで以外にも眺めは悪くないコースです。

最初の目的地である大沢山の本体が、ようやく姿を見せました。まあなんと言うか、とても地味です。

木に隠れていてここからでは見えませんが、この谷底に東山梨変電所があります。首都圏への電力供給にも非常に重要な役割を果たしているインフラ施設です。

鉄塔のある所に好展望ありと言うことで、滝子山(1,620m)らしき山が見えています。あちらもまもなく、山頂が雲に没しそうな状況です。

この大量に並んでいる白い袋は、植樹して間もない幼木をシカの食害から守るためのものです。今はまだ眺めが良いですが、あと何年かしたらここも樹林に没してしまうことでしょう。期間限定の眺望です。

地味な登りはなおも続く。そろそろ飽きられて、閉じるボタンを押されてしまう頃合いでしょうか。残念ながら、本日は最後までずっとこの調子です。

女坂峠との分岐地点まで登ってきました。ここからサクッと大沢山の山頂を往復します。

道標には山頂まで5分と書かれていましたが、実際は1分とかからない距離にありました。

10時15分 大沢山に登頂しました。全国各地に同名の山がそれこそ山ほどにもありそうな山名ですが、別名で女坂山とも言うらしい。もういっそう、そちらを正式名称にした方が被らなくて良いんじゃないでしょうかね。

名前も地味ですが景色も地味です。登っても特に良いことはない山ですが、だがしかしそれが良い。

蒸し暑さにやられて既にへばり気味であったため、何故かしっかりとあるベンチで少し長めの大休止を取りました。最初からわかりきった事ではあったのですが、明らかに8月に登るべき山ではないのだよな。
3.女坂峠を越えて行く八丁山への道程
11時 しっかりと休憩して汗も引いてきたところで、行動を再開します。山頂から女坂峠に向かって下ってゆきます。

一応踏み跡はあるにはありますが、足元の土は柔らかくかなり心許ない感じです。この様子だと、ここを歩く人の数は相当少なさそうです。
見事なブナ林が広がっています。鉄塔からの眺め以外にあまり褒めるべき点が見当たらない大沢山でしたが、このブナ林は素晴らしいと思います。

先ほどから私なりに懸命に、大沢山の良かった探しに励んでおります。こうしてわざわざブログ記事にして紹介するからには、少しでも良いところを見つけてあげたいではないですか。
わざわざこんな地味な尾根を歩くくらいなら、隣の清八山を歩いたほうがずっと楽しいですよ。
峠へと下ってゆく最中に、唐突に立派な石垣がありました。女坂峠を超える林道があるかけでもないし、何を目的に作られたものなのか良くわかりません。

女坂峠まで下ってきました。笹子峠を超えると甲州街道とはまた別に、笹子と藤野木の結ぶ古道がかつてこの峠を越えていました。街道と言うほどの大きな道ではなく、生活のための道であったようです。

今はもう道の痕跡は跡形もなくなっており、かつての峠越えの道筋を辿ることはできません。地図の等高線を見る限りでは、かなり急勾配な道であったはずです。
峠へと下ったからには、その後に待ち構えているのは当然登り返しです。なかなかの急登で、手も使ってよじ登ります。マイナールートながら、しっかりと安全のためのトラロープが張られていました。

登りきると、前方を横切る尾根と合流しました。ここを右に曲がるのですが、道標が一部割れてしまっていて、右方向に何と書いてあったのかが読み取れません。八丁山と書かれていたのか、あるいは御坂山だったのか。

感じるぞ、東京の電力を!私が勝手に東電標準仕様と呼んでいる、送電鉄塔巡視路でよく目にするプラスチック製の階段が埋め込まれていました。どうやらこの尾根も巡視路の一部であるようです。

右手の眼下に国道137号(御坂みち)が見えています。この道もまた古くから存在する街道で、御坂峠を越えて甲府盆地と富士北麓を結んでいました。現在は峠の下をトンネルが貫いており、苦難の峠越えをせずとも往来可能です。

ここまでずっと安心安全な尾根道が続いていましたが、ここにきて両側が切れ落ちた痩せ尾根になりました。

特に通行に支障をきたすほどではありませんが、一部崩落している個所もあります。マイナールートらしくなってきましたぞ。

またもや分岐が現れましたが、今度は左です。右側の行き先は道標の文字が擦れていて読めませんが、方角的に御坂みち方面へ下りれるのかな。地図にはそもそも記載がないのでよくわかりません。

痩せ尾根地帯は終わり、再び歩きやすい広尾根に戻りました。この辺りはあまりアップダウンもなく、鼻歌交じりに歩けそうな道です。

夏の花の定番であるマルバタケブキがポツポツと咲いています。この花はいつ見てもシオシオに萎れていて、キレイに咲いているところを見たことがありません。

残置ワイヤーが目につきます。周囲はカラマツ林になっているので、かつて1度は伐採してその後に植林したのでしょう。

清八山方面からの道と合流しました。河口湖アルプスと呼ばれているのは清八山から御坂黒岳までの範囲なので、これでようやく河口湖アルプスのルート上に乗ったことになります。

そろそろ八丁山の山頂が近そうなところで、再び痩せ尾根区間が始まりました。頭上が開けていて多少は展望がありそうなのですが、間の悪いことに雲に覆われてしまいました。

12時40分 八丁山に登頂しました。まったくピークっぽさがなく、痩せ尾根区間内にあまりにもさりげなくあるので、危うく素通りしかけました。一応は名ありのピークではありますが、実質ただの通り道と言ったところです。

樹木の隙間から、少しだけ展望がありました。左奥に見えている尖った山は、おそらく釈迦ヶ岳(1,641m)です。

4.幾多のアップダウンを乗り越えてゆく、御坂山への道程
八丁山を過ぎると、尾根は大きく下り始めました。この後に御坂山までまた登り返さなければいけなにので、あまり下ってほしくはないのだけれどな。

またもや鉄塔がありましたが、現在は使用されていないらしく送電線が外されていました。

13時10分 八丁峠まで下ってきました。この峠もまたかつては、甲府盆地方面と富士北麓と結ぶ古道が通っていた峠です。メインとなる幹線道路の扱いだったのは鎌倉往還が通る御坂峠の方で、八丁峠はあくまでも補助的な役割でした。

現在も一応は峠越えの道が存在しており、ここから林道にエスケープすることもできます。脱出したところで、その先に交通機関があるわけでもないので、ここからエスケープする意味はあまりないとは思います。

ここから先は小さなコブのような小ピークが連続する、アップダウンの多い区間となります。河口湖アルプスの本番と言えるのは、この八丁峠を越えてからです。気を引き締めてまいりましょう。

名もなき小ピークに登ったところで、前方に絶景の予感がする場所が現れました。

ここまで歩いてきて、ようやく河口湖が姿を見せました。なにせ河口湖アルプスを名乗っているくせに河口湖が全く見えないものですから、どうしてくれようかと思っていたところでした。

この後もダラダラと小さなアップダウンを繰り返すのですが、特にこれと言った見所もないので中略します。
13時50分 場面は飛んで御坂峠まで歩いて来ました。もう歩くのに飽きたという人はここから天下茶屋に下山することもできますが、バスの本数が非常に少ないので、結局は三つ峠入口バス停まで歩くことになろうかと思います。

ちょっとややこしいのですが、かつての鎌倉往還が越えていたのは現在地の御坂峠ではなく、ここから御坂山を越えた先にある旧御坂峠の方です。
現在の御坂峠は、自動車交通が主役となった近代になってから変遷したものです。この峠の真下を自動車道のトンネルが貫いているのですが、そのトンネルは旧御坂トンネルと呼ばれており、現在の御坂トンネルは旧御坂峠の下を貫いています。
・・・つまりどういうこと?となりますが、時系列を追って説明しますと
①鎌倉往還が越えていた御坂峠は地形的に自動車の交通には適していなかったため、現在の位置に御坂峠が変遷する。(これによりかつての御坂峠は旧御坂峠となる)
②御坂峠の下に御坂トンネルが作られて、昭和6年より供用を開始。以降甲府盆地と富士北麓を結ぶメインルートとなるが、狭隘な断面のトンネルであったため、増加する一方の交通量を捌ききれなくなる。
③御坂トンネルの慢性的な渋滞を解消するため、旧御坂峠の下に新たな御坂トンネルが作られて昭和42年より供用が開始される。(これにより現御坂峠の下を通るトンネルは旧御坂トンネルとなる)
と言う経緯を経たことにより、峠とトンネルの新旧が入れ違いなるという奇妙な状態が作り出されました。
御坂山に向かって登り返しが始まりました。御坂山の標高は先ほど通ってきた八丁山よりもわずかに標高が高いため、下った分プラスアルファを登り返す必要があります。

河口湖の見える場所が何か所かありますが、その背後にいるはずの世界遺産アイツは完全に雲隠れを決め込んでいました。裾野らしき部分だけが僅かに見ているので、本来はどんな光景が見えるはずだったのかは心の目で見て想像しましょう。

このまま真っすぐに登って行くのかと思いきや、ここでも小さくアップダウンを繰り返します。流石に疲労もたまってきて、徐々に足が前に出なくなってきました。

何度かアップダウンを繰り返したのちに、ようやく御坂山の本体に取りつきました。ここが本日最後の登りであるはずだということで、ラストスパートをかけていきましょう。

14時40分 御坂山に登頂しました。何気に自身初めてとなる訪問です。御坂山地と言う山系の名を冠した山とは思えぬぬ、とびっきり地味な空間が広がっていました。だがしかしそれが良い。

おそらくは御坂峠の名が先にあって、その隣にある山だからという理由で無造作に付けられただけの名称ではないかと想像します。
5.河口湖アルプス 下山編 旧御坂峠から鎌倉往還の跡を辿る
ここでもしっかりと長めに休憩を入れて、15時に下山を開始します。先ほどから休憩ばかりしていて、遅々としてペースが上がりませんが、だって暑いし、しんどいですもの。

まるでこの森の主であるかのようブナの巨木が、登山道の真ん中に立っていました。大沢山と同様に、御坂山のブナ林もまた素晴らしいです。これで無事に御坂山の良かった探しもできました。わーい良かった!

またもや鉄塔がありました。鉄塔のある所に展望ありの法則はここでも健在で、広く視界が開けています。

何気にこの場所が、今日一番の眺めが良い場所でした。今は完全に雲隠れを決め込んでしまっていますが、晴れていれば目の前に富士山がドーンと見えるはずです。

この鉄塔も現在は既に使用されていないらしく、電線をすべて外されてた裸の鉄塔だけが点々と山中に取り残されています。

電線と共に取り外されたのであろう碍子(がいし)が、無造作に置いてありました。このセラミック製の皿のような物体は絶縁のための部品で、これがないと鉄塔自体にも電流が流れてしまうらしい。

もう後は下るだけだと思っていたのに、まだ登り返しがありました。河口湖アルプスはなかなか一筋縄ではいきませんぞ。

15時40分 旧御坂峠まで下ってきました、前述の通りこの場所が、かつて鎌倉往還が通っていた本当の御坂峠です。日本武尊が東征の際にこの場所を越えたという伝承があり、御坂と言う名前もそれに由来しています。

この峠からさらに1時間ほど登ると、御坂山地最高峰の黒岳に至ります。黒岳までが河口湖アルプスの範囲と言うことになっているのですが、もうだいぶ時間も押して来ているので、今日はここまでにしておきます。
河口湖方面に下っても、インバウンドで混雑していることは目に見えているし、富士急行線の運賃も高いしでなにも良いことは無いので、下山は甲府側に下ります。

この登山道は、かつての鎌倉往還のルートを概ね踏襲しています。古道由来の道らしく、緩やかな勾配で少しずつ標高を落としていきます。

かなり風化した地蔵さんが置かれているあたりも、古くから人の往来がある道であることをうかがわせます。

尾根の勾配が増してきましたが、それでも道が急坂になることは無く、大きなスパンで九十九折れしながら緩やかに下っています。

行者平と呼ばれている場所です。すぐ近くにある釈迦ヶ岳といい、御坂山地には宗教色を強く感じる地名がわりと多く存在します。

林道まで下ってきました。ちょうどいい具合に沢があったので、沢水で顔と言うか頭全体をザブザブと洗ってすっきりしました。不快な汗を洗い落としたことにより、これで多少は涼しくなりました。

もう下山は終わったかのようなムードが漂い始めておりますが、この先の林道歩いがまだまだ結構長いです。最後まで頑張って歩きましょう。

後半はだいぶ端折りましたが、無事に文明社会まで下ってきました。

17時 藤の木バス停に到着しました。御坂トンネルを通り甲府と河口湖を結んでいるバス路線のバス停です。ここで甲府行きのバスを待ちます。

ちょうど正面に、今日歩いてきた尾根が見えています。なんだかんだで、結構な距離を歩きました。

この甲府河口湖間のバスは慢性的に遅延が発生しており、基本的に時刻表通りにはやってきません。時刻表では17時23分に来ることになっているバスが現れたのは、17時40分を過ぎてからでした。

甲府駅行きのバスですが、途中で石和温泉駅の前も通るのでそこで途中下車します。

笹子駅から始まった今回の山行は、甲府分地内にある石和温泉駅でゴールとなりました。往路と同様に中央本線の鈍行列車に揺られて、帰宅の途につきました。

今回は往年の峠越えの苦労を偲ぶかのような1日でした。恐らく大多数の登山者は興味を示さないであろう御坂山地北東部の尾根上には、見事なブナ林とひとけの無い静寂が広がっていました。ちなみに、この日1日で私がすれ違った登山者の数は0人でした。どれだけマイナーなんだろうという話です。
清八山に登った人でも、もと来た笹子駅に戻るかあるいは三つ峠山に抜ける人が大多数で、なかなかこの河口湖アルプスのルートを歩いてみようという訴求力は見出しにくい場所であるか思います。だがしかしそれが良いと思う物好きな方は、良かった探しに繰り出してみてはいかがでしょうか。オススメはしません。こういうのが好きな人はどうぞ。
<コースタイム>
笹子駅(7:15)-奥野稲村神社(7:45)-大沢山(10:15~11:00)-女坂峠(11:15)-八丁山(12:40~12:55)-八丁峠(13:10)-御坂峠(13:50)-御坂山(14:40~15:00)-旧御坂峠(15:40)-藤の木バス停(17:00)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。








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